第31話 海軍大将閣下
海軍大将閣下
1887年8月
横須賀に入港する昇龍を見る為に、病気がちの海軍大将閣下は是非連れて行けと小官の元に無理を押して駆け付けて来た。
「益田君、来てやったぞ、さあ儂の注文した潜水艦を見せに連れて行け。」
元気そうに見えるが、恐らく既に立って居るのもやっとなのでは無いでは無かろうか、大分お痩せになったように見受けられる。
「海軍大将閣下、お体はもう宜しいので?」
当然こんな言葉はただの社交辞令だ、後半年はもつようには見えない。
「はははは、潜水艦を見て搭乗して見るまでは死んでも死に切れんさ、儂の念願の艦船だからな。」
さり気なくフラグ立てるのは止めて貰いたかったが・・・
「昇龍型壱番艦-昇龍は隠密裏に先程横須賀に入港したそうです。」と山田准尉が情報を伝えに来た。
「おお、そうだったな、潜水艦は隠密行動をせねばならん。
関係各所への就航の連絡も最小限で無ければ成らん。」
元テニスプレイヤーの海軍大将閣下、元々脳筋だった彼が此処までの潜水艦の知識を持ち合わせて居るとは相当自ら研究したのだろう・・・とは思うのだけど入港前に何であんた知ってんのよ。
「はい、現在乗員は各巡洋艦駆逐艦より抜粋し特に能力の高い者たちを引き抜き、書類上は未だその所属艦に所属したままになっております、我々から情報漏れをしてしまうのも憚られる徹底ぶりで秘密にしてあるので、どうぞ嬉しくても派手に騒がないようお願いいたします。」
「はっはっは、流石は益田君、手痛い諫め方をしてくれる。
しかしどうにもこう、気が逸ってしまってな、早速だが、儂を連れて行ってくれんかね?」
「海軍大将閣下なのですから、海軍から迎えの車を出して貰えば良かったんじゃ有りませんか?
むしろこの兵科技研からでは怪しまれそうです・・・まぁ良いですが。」
兵科技研上層部全員は潜水艦を見に行く手はずになって居たので紛れさせて仕舞えば特に問題は無いだろう。
「閣下、こちらをご覧に成りますか?
潜水艦主要諸元であります。」
「おお、是非見せてくれたまえ。」
車に乗り込むや否や、移動中の暇つぶしに主要諸元を書き記した書類を手渡した、閣下の性格上、車の中でずっと喋って居そうで面倒だったのだ。
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昇龍型-昇龍 主要諸元
排水量 基準 (海上)3000t (海中)6200t
全長 100m
全幅 12.4m
吃水 7m
機関 ディーゼル 4機2軸 8600馬力
電動機 2機 2800馬力
最大速力 (海上)20kt (海中)8.2kt (予測値)
航続距離 (海上)3600浬 (海中)46浬 (予測値)
安全航行深度 40m
最大兵員 130名
兵装 艦橋上部収納式3連装35㎜機関砲 2門
400㎜魚雷 4門 (12本搭載)
533㎜魚雷 2門 (4本搭載)
機雷管 2門 (一九式機雷60個搭載)
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この時代では十分過ぎる性能を誇って居ると思う。
もう少し居住空間を狭めればもっと兵装を増やす事も可能ではある。今は割と艦内の居住空間は広めなのだ。
「益田君、このエンジンは之だけの力をどうやって発揮してるのかね?」
「益田君、この電動機は・・・」
「益田君この魚雷は・・・」
「益田君・・・」
「益田君・・・」
ウザかった、結局こうなるのかよ・・・
小官はまだ閣下を甘く見て居たらしいです、御免なさい。
同乗している小官の副官の山田准尉は終始苦笑していた、少しは助けろよお前・・・
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横須賀に到着、基地警備官に、取次を頼みしばし待機
基地内部でも未だ潜水艦の存在は隠匿されて居て恐らく全体の半分も知らないのでは無いか。
「これはお待たせしてしまいすみません、閣下に益田殿、兵科技研の御一行様もどうぞ此方へ。」
昇龍の艦長が直に出向いて下さった。
「此方の第三ドックに停泊しております、機密なので外に停泊する訳にも行きませんので。」
横須賀にもドックを新設して置いたのが功を奏したようだ。
遂に目前に現れた潜水艦に閣下が大興奮して居る。
「おい君!機関部を案内してくれ!」
閣下、権力を振りかざして迄強制的にそこらに居る整備士に命令せんでくれ、頼むよこの暴走老人が、その辺の新兵から見たら一人暴走一個艦隊”みたいな脅威なんだからね、あんたの怒鳴り声は・・・
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一通り内部を廻って見学した後、特別に基地内食堂でカレーが振舞われた、やはり一番のご馳走と言う意識らしい。
閣下は未だに興奮気味であったが、余り興奮されると病気がちになってるお体に滅茶苦茶障ると思うので辞めて欲しいと思ったものであるが、本人は「思い残す事は無い。いつ死んでも構わぬ。」とまで言い出す始末。
どうしたもんだかこのジジイは・・・
何だか最近ボロクソ言ってる気はするが、(頭の中なので良いだろう。)
帰りの車の中でなんだかスコーンと魂抜けたみたいに静かになって心配したのだった。
寝てただけだったけど・・・燥ぎ過ぎて疲れた子供のような人だな、本当に。
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10月
突然閣下の入院している病院に呼び出されて飛んで行くが、元気そうに笑って居た閣下であった。
「おお来たか、早かったな益田君。」
「閣下、突然呼び出さんでください、危篤かと思って驚いたじゃ無いですか。」
「いや、そうはイカン、お主に言っておかねばならん事が有ったのでそんなすぐ死ぬ訳にはいかんのだ。
苦言もせねばならんしな。」
それは小官に遺言が有ると取って良いのだろうか・・・
人払いをしてどんな話に成っても良いように気を使うと、閣下が話し始めた。
「儂の素性は話した通りだからわかっとるな、其処でお主に頼みがある、儂亡き後、恐らくは海軍も多少は混乱するであろうが、儂の後は既に後進共に任せて有るので混乱もすぐに収まるだろう。
しかし政界の方はそうも行くまい、恐らくは強硬派が強くなって侵略戦争を始めようと画策するだろう、もしもそうなってしまってもお主の今の階級では意見も通るまい、いくら神童たる貴様でもだ。
そこでだ、もしそうなってしまっても焦るな、焦って更迭でもされたら日本は同じ轍を踏んでしまうだろう、暫くは耐えて実績を積み、階級を高みに揚げる事で発言力を付けるのだ、そうしないと政界にまで権力を行使するのは難しい、そして鷲の事も心配せんで良い、儂は天照大神の眷属らしいからな、直ぐに転生してお主の前に現れてみせる。」
この人が言うと本当にすぐ現れそうで不思議だ・・・
マジで遺言されてしまった、何と返答して良いのか判らん・・・
だがここはこれ以外の答えは無いだろう。
「判りました閣下、いえ、”歴史的同邦”、後の事はお任せください、とは言え、目的こそ概ね同じでも契約した相手はこちらは悪魔ですがね。
今言われた事、しっかり守って頑張りますよ。
歴史の修正力に負けないよう心掛けるつもりです。」
歴史の修正力、そんな物が本当に有るかどうかは知らんが、実際に日本は清国との関係も悪化して来て戦争になっても可笑しくない事態になって来た。
ロシアにしても、日本に対する意識こそ違えどやはり陰で様子を窺って居るのは事実だ。
小官が答えた直後、閣下の体から力がフッと抜けるのを感じた、慌ててナースコールを押して看護婦と医者を呼ぶが、寝てしまっただけであった、脅かすなよこのジジイめ。
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翌日、閣下はお亡くなりになった。
非常に満足げな笑顔を浮かべての他界であった。
医師の話だと、まるで苦しむ様子も無くスッと息を引き取ったらしい。
まさに大往生と言う感じだったそうだ。
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