第19話 医学士
医学士
コレラの流行が有る程度落ち付いた頃、兵科技研へ一人の人物が小官を訪ねて来たのだった・・・
どうも彼は東京医学校の生徒であったらしい。
コレラの流行が有った時、たまたま近くの病院へ研修に出ていたらしく、其処でペニシリンや小官の噂を耳にして、陸軍省へ面会を申請して居たらしい。
彼の名は北里柴三郎・・・そう、あの大学病院や東京大学医学部感染症研究所を設立するかの偉人である。
小官は少々驚いたが、お会いする事を承認した、何故ならば、彼はペスト菌を発見する等、優れた研究者で細菌学に精通している名手である筈だからである。
ペニシリンを生合成する位迄ならば小官の持つ豆知識でも可能であるが、コレラのワクチンを作るとなるとやはり知識が足りないのだ。
「失礼いたします、この度医学士と成りました北里柴三郎と申します、幾つかの薬を作り流感やコレラを最小限の被害に抑えた益田少佐と言う御仁が此方に御在籍と伺い、是非お会いしたく陸軍省より許可を頂きました。」
村田大佐が招き入れる。
「宜しい、許可します、入りたまえ。」
「執務中お忙しい中失礼いたします。」
小官も声を掛ける。
「これは良くお越し頂きました、小官が益田です。」
「え?・・・こど・・・え?・・・こちらの方かと。」
「ははは、何時も通りの反応ですな、良く驚かれます、小官が少佐だなんてね。」
「いえ、失礼しました。 そうか、思い出しました、数年前に義塾に神童が入学したと噂になって居たのを思い出しました、あなたでしたか。」
「いえいえ、神童なんて大層な物では有りませんよ、たまたま物理であるとか化学と言った方面に興味を持って、語学にも精通して居たと言うだけの物覚えの良い子供です。
実際少佐と言われても小官本人に実感があまりありません。
ペニシリンにしてもスルファニルアミドにしても、たまたま悪戯していて見つけただけです。
実際にペニシリンの最終段階に差し掛かった時に自分がコレラに掛かって自分で投与して臨床実験しちゃいましたけどね。
死ぬかと思いました。」頭を掻きながら言うと。
「いえ、自分で人体臨床試験などそうそう出来るものでも有りません、感服の次第です。」
「いえ、たまたま最終段階になって居ただけで、自分で試さないとどの道死ぬと思っただけです。」
「尊敬する益田殿に、一つお願いが有ります、今日はその為に伺いました。」
「何ですか?」
「研究者として私にお手伝いをさせて頂きたいのです!」
「うん、何となくそう言う話だとは思いましたが、しかし小官の本分は医学では無く物理学と化学です、むしろ小官の方が貴方にお願いしたい事が有る。
その為に招き入れました。」
「え、貴方程のお方が私如きにお願いですか?」
「ええそうです、北里柴三郎殿、貴方には、小官が先行投資します、今から留学し、コレラのワクチンを作って貰いたい。
検体のコレラはここに保管してあります、小官の血を抜いて採取したものです。」
「今からですか、留学して迄細菌の勉強が出来るなんてこんな有り難い話は有りませんが、宜しいのですか?」
「勿論、小官は色々な特許を持って居るので金は有ります、ですが自分で留学して迄細菌の勉強をする迄には至りません、何故ならば小官の得意分野は物理、空を飛ぶ乗り物を作るのが今の目標なので、その為には小官の持てる物理の知識をフル活用しても何年掛かるか判らんのです、ですから貴方のような方が出て来るのを待って居ました、思いの外早く現れてくれたので少々驚いては居りますが。」
「そうですか、判りました、お申し出、快くお植えさせて頂きます。」
「ただし、期間は2年、其れ迄にワクチンを開発して戻って来て頂きたい、戻られた暁には研究施設も小官に作らせて貰えないだろうか。 願わくばそこで幾人かの細菌学者も育てて邁進して頂きたい。」
「これ以上ないお申し出、ぜひ!頑張ります!」
「宜しい、それでは、貴方が来ると伺って準備をしていた、ここに千五百円用意してあります、これだけあればあちらでの生活に必要な物もそろうでしょう、生活費も逐一送ります。」
「せ、千五百円!? そんなに頂けるのですか?お返し出来るとは思えません! その上生活費もですか!?」
「気にしないで下さい、小官が使うには余り有りすぎる額、将来の細菌学の権威に投資出来たと思えばむしろ安い物です。」
金は使い所を間違えてはいけないと言うのは小官の前世からの座右の銘でも有る、そして本当に細菌学の権威になる彼になら投資する価値もあろうと言うものだ、今金を使わないで何時使えと言うのだろうかと言う程のタイミングだと思う。
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一週間後、彼は海軍大将閣下へと紹介され、最新鋭戦艦で海外留学へと旅立ったのだった。
これで三年後の大流行直前までには予防接種が間に合うだろう。
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