第9話 兵科技術研究所・始動
兵科技術開発研究所始動
陸軍省の小火騒ぎを聞きつけて、中将閣下も駆けつけて来た。
「何事だ、何があった?」
「中将閣下、申し訳ございません、小官の留守中とは言え、管理不行き届きです、自動小銃完成時に試し撃ちをする為に用意して保管していた無煙火薬が自然発火してしまい小火を出してしまいました。」
「そうか、いやそれは貴官の責任とは言い切れぬ、但し陸軍省が全焼するようなことはあってはならぬな。」
「はい、ですが自然発火の可能性が有るとは解っていた小官の落ち度であると思って居ります、是非とも小官に処罰を。」
「いや、実はな、陸軍元帥寄りの命により、兵器開発部が正式に組織として認められたのだ、なので無碍にも出来ない。
兵科技術開発研究所と言う新たなる名を頂いて滝野川に移転、滝野川反射炉施設を増築、移転を申し付ける。
これならば吾輩の采配だけでもできる措置だろう。」
「小官の厳罰は如何されますか?」
「そうだな、休暇中であった事も踏まえて、敢えて問わないつもりであったが貴官だけにそのように甘い措置では周りが納得せぬだろう、3か月間二割の減給とする。」
「ご寛大な采配、感謝いたします。」
「早速例の施設の増設は手配してある、今週中に移転できるよう手配してあるから支度したまえ。」
「は、了解いたしました。」
「ちなみにこの陸軍省には兵器開発部と言う部屋は残しておく、隣の倉庫室は無くなるがな、資料室や製図等、好きに使い給え。」
「あ、ありがとうございます中将閣下。」
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一週間後・・・小官はこの真新しい執務室で荷物を整理し終えた。
直ぐに今度は開発作業室に移動、早速ニトログリセリンの制作に取り掛かって居る。
「少尉殿、何故また今度は液体火薬なのでしょうか?」
「井上軍曹、この化学式を読めるかね?」
「いえ、小官にはあまり理解できないです。」
「宜しい、では説明しよう、これが前回作ったニトロセルロースの化学式、で、こちらが今から作り出す、ニトロセルロースを生成する途上過程のニトログリセリンの化学式だ。
ニトログリセリンはそれだけだとニトロセルロースよりも発火しやすい極めて危険な爆薬になるのだが、ニトロセルロースにニトログリセリンを反応させると、化学式がこのように変化する、その後ここにワセリンを添加した物にアセトンを添加するとこのような化学式に変化、固まって固形となる。
この固形物をコルダイトと言う物質と仮定する、これは蝋に近い状態の固形で、火薬なのだ。
当然、固形なので綿状であったニトロセルロースよりも自然発火し難い、扱いがより簡単になる、とは言っても火薬である以上自然発火を全くしない訳では無いし、此方の方が破壊力も高いので取り扱いは今まで通り慎重に頼むぞ。」
「は、前回の轍を踏まないよう、しっかり管理致します。」
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コルダイトの精製を実験中に、中将閣下より名指しで呼び出しを受ける。
「何?急ぎ出頭しろと?」
「は、何でも緊急で相談したい事が有るとの事でしたが。」
「相談、ねぇ、何だろう、小官のような子供に・・・」
「今の実験の次の作業を指示しておく、やってくれるか?慎重にやってくれよ、井上軍曹。」
「は、拝命致します、ご指示をお願いします。」
「今起こってる化学反応が完全に収まってから行って欲しい、ここにアセトンを添加するだけだ、分量はその試験管に入れておいた物を全部入れるだけで宜しい、くれぐれも慎重に少しづつ入れる事、全部入れ終わったら反応が終わるまで放置するように、以上だ。」
「了解しました、行ってらっしゃいませ。」
「うむ、直ぐに戻るので頼んだぞ。」
出来の悪い子と言った印象だった井上軍曹も最近では大変勤勉であり信頼に値するようになって来た、その上小火騒ぎの時に留守番をしていた経緯で本人もかなり責任を感じていたらしい、小官の言葉を一語一句聞き漏らさないよう真剣に話を聞くようになった。
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「益田少尉、只今参上いたしました。」
「うむ、入りたまえ。」
入室すると、中将閣下は眉を寄せて困り顔であった。
「如何されましたか?」
「うむ、貴官の専門分野では無い事は分かって居るのだが、前回の脚気の件でな、何故か提督閣下が奴にやらせろと聞かぬのでな、こうして相談するしかなかったのだ。」
「どのような内容ですか?」
「うむ、今、帝国海軍呉基地内で、スペイン風邪と言う風邪の一種が流行っておるらしいのだが、それを鎮静化できぬかと言う事でなぁ・・・」
「す・・・スペイン風邪でありますか・・・」
「知っておるようだな、一応は。」
「はい、知っては居るのですが、寄りによってスペイン風邪でありますか・・・・・」
スペイン風邪と言うのは、インフルエンザの事である。この時代に特効薬を作れるとは到底思えないが、ある程度の物なら作れるかな・・・
「どの程度効果が出るかは判りませんが、今すぐにとなると一つだけ試しても良いかと思える薬は出来るかと思います。 但し、化学薬品となるので、臨床試験が必要かと思うのですが・・・そのような時間はありません・・・よね・・・」
「うむ、わしも無茶だと思うのだがな、どうしてもと聞かんので困っとるのだ、もしも何かあった時はわしが庇ってやるからその薬を少しで良いので作って見ては貰えぬか?」
「はぁ、中将閣下が言うのであれば、この間の小火の時にはお世話になりましたので、やっては見ますが。」
インフルエンザなら確か、タミ〇ルやリレ〇ザが出るずっと以前、丁度第二次大戦頃のアメリカで、行軍中の部隊がインフルエンザに罹った時に辛うじて感受性を示したサルファ剤、スルファニルアミドを使って居たはずだ。
元々、スルファニルアミドは肺炎球菌等の風邪の菌の駆除に開発されたものだが、その抗菌作用はと言えば令和の時代でも抗菌目薬に使われる程で信頼性も悪くは無い、スルファニルアミドならば現在兵科技研にある化学薬品や金属を駆使すれば出来ない事は無い、それも割と早めに。
何となく豆知識として記憶していた製法で出来るはずと早速作成する、念の為ラットへの投与実験をして二日様子を見たが問題はなさそうだと最終的に自分で副作用が出ないかを確認、取りあえず40人3日分のスルファミルアミドを作り、液状のまま瓶詰にして、横須賀港に停泊中の呉に向けて出る巡視艇に持たせる事にした。
後は効果が有る事を期待しよう。
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出頭直前に井上軍曹に頼んだ実験は成功を収めていた。
これでコルダイトは完成した。
それに間に合わせるかのようなタイミングで、もう一つの必要なものが・・・
「益田君、遂に頑丈な金属が出来たぞ,反射炉のおかげで容易になった炭素濃度1厘程の炭素鋼にクロムを1厘に満たない程度とニッケル2厘程を混ぜた所、強度がかなり上がったぞ、これで自動小銃の作成に掛かれる。」
まさにニッケルクロム鋼、銃などに最適な柔軟性と硬度を兼ね備えた金属だ、大正以降は大砲の主要材料にもされる程強度が高い筈だ。
錆び難さも有るのでこれをそのまま戦艦の大砲にも流用できそうである。
これならばライフルの銃身も大砲の砲身すらもうまくすれば国内生産出来そうだ。
「やりましたね少佐、こちらも火薬の精製を終えました、後は薬莢と弾丸を薬室や銃身に合わせて作るだけです。」
「うむ、そうか、では早速今まで強度の問題で作れなかった部品を作成するとしよう。」
7.62㎜ライフル弾自体は、現状存在するものを流用させて貰うとして、中身の火薬を取り換えれば試作品はそれで良い。
問題は、アサルトライフルになると使用弾数が大幅に増えるであろうと言う処だ、量産体制を整えなければいけないのだが・・・やはり軍で独自に生産するのは無理が出そうだ、ここは民間の協力を仰ぐしか無いか・・・
民間の協力、とは言っても、やはり軍とはツーカーの仲になる三大財閥のいずれかに協力を頼むのが良いと思われる。
と、其処でふと閃いた、と言うか思い出した事が一つあった。
そうだよ、益田家ってアレじゃん! パパンったら〇井物産の社長たまではないれしゅか!
ごほん、あまりの閃きに一瞬呂律が・・・
そうだったのだ、父上は〇井物産の社長では無いか、ここはグループ会議のような席で一つ御紹介頂けないかとせがんでみよう。
きっと小官自らが強請ればあの自己顕示欲が強い癖に気が弱い父の事だから、自分の思い通りにならないと思って居た息子がまだ自分の手の内にあると思い込んで大喜びで操り人形になってくれる事だろう。
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父に手紙を書いた、直接話をするよりもこのような場合効果的だと思ったからだ。
すると後日、兵科技研に〇井グループ首脳陣と言うべき集団が訪れる事となるのだった。
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