第8話 初帰省

              初帰省

 省庁に似つかわしく無い厚みがあり質感も重厚感溢れる装飾された木製の扉をノックする。

「益田准尉、お呼び出しに応じ只今参上いたしました。」

 中将閣下の少しだけテンション高めな声が帰って来る。

「入りたまえ。」

「は、失礼いたします。」

 良くぞ頑張ったと言いたげに少し笑みをたたえた中将閣下。

「益田一太郎准尉、只今より辞令を申し渡す、脚気の低減に努めた功績により、昇進を認めるものとする、以下の者を少尉とし大日本帝国作戦参謀本部付兵科技術開発参謀の任を与えるものである。」

「拝命致しました、益田准尉改め少尉、ご期待に応えられるよう、日々精進致します。」

 いきなり言い渡された辞令に咄嗟に答える事が出来てホッとして居ると

「おめでとう少尉、お主の賢さには本当に脱帽する限りだ、今のも咄嗟であの様にしっかりした返答を返せるとは、ますます子供とは思えん。」

「本当に突然なので驚きましたよ、中将閣下は本当に人を脅かすのがお好きなようですね。」

「はっはっは、そう言ってくれるなよ、このような役職についてしまうとな、仕事詰めで面白くないのだよ、こうやって人を驚かしたりするのは言わばわしの精神を保つのに必要な娯楽のようなものだ。」

「は、納得であります、そのように記憶して置きます。」

「ところでだ、君は実家も近いから何時でも帰れるとは思うが、こちらに来てからまだ一度も帰って居らんのだろう? 正月休暇をやる、明日より六日間、三箇日迄ゆっくり休んで来るが良い。」

「は、それでは休暇を有り難く頂戴いたします。」

 こうして実家に帰る前に昇進と言う花を頂戴した。

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 休みを頂いたのは、一月三日迄の六日間であったが、やっておかねばならない事が山積みだったので、二日間宿舎で残務を熟し、大晦日に帰路に付いた。

「一太郎只今帰りました。」

 小官は今、休暇で実家の門を跨いだ。

「一太郎!良くぞ戻りました、母は嬉しく思います!」

 奥から、母が全力疾走で現れた、良くあんな速度で走れるものだと感心する。

「母上、年の瀬ですから大掃除でお忙しいのでは?

 小官がお手伝いしましょうか?」

「何を言ってるの、折角帰って来たのですから、お部屋でのんびり寛いでおせちでも召し上がってなさいな。」

 おせち、昭和-平成-令和の時代では何故かそのもの自体が正月に食べる物の様になってしまったが、本来のおせちとは、お設置である、年の瀬の大掃除等で忙しい時に腹が減ったら摘まんで食べる為に一つ所に設置して置く料理なのである、おせちと言う名前はそこから来ているのだ。

「そうですか、それでは母上のお言葉に甘えさせて頂きます、あ、そうそう、少尉に昇進致しましたよ。」

「それは素晴らしいわ、では今晩はお祝いですね。」

「いえ、それは新年に取っておいて下さいませ、大掃除でお忙しいのですから、ご無理はなさらないで下さい。」

「そお? 母としてはすぐにでも祝ってあげたいのですよ?」

「いえいえ、階級が一つ上がっただけですから、それにそのお気持ちだけで十分です。

 それでは小官は自室に。」

 母上が嬉しいと思ってくれるのは有難いのだが少々鬱陶しいので自室に引っ込む事にした。

 それに自室に居れば邪魔されないと言うのなら好都合だ、次の技術の為の設計図を製図する時間が出来る。

 小官は何としてもこの国のこれから巻き込まれて行く戦乱を最小限の被害で乗り切る為の考えられる最良の道具を作らねば成らないのだ。

 お休みを頂けるのは有難い事ではあるのだろうが、そんな余裕ぶってる暇も小官には無いのも事実なのだから。

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「聞いたぞ、凄いじゃないか、一太郎。」

 母上から聞いたのであろう、休日返上して働いていたお忙しい父上が帰って来るなり早々に小官の部屋に乱入した。

「あ、父上、お帰りなさいませ。

 何もそんなに大それた事をした訳じゃありません、帝国陸軍の食糧事情を多少改善したと言うだけです。」

「いや、一太郎のような息子が居てわしゃ幸せだよ。」

 と言って父上は自分の書斎へ。

 なんと都合の宜しい父親である事か、幼児期には神童だ神童だと勝手に騒ぎ、それが進むと今度は恐れ戦き小官を避け、出征に至ってお家の名誉を約束したら途端にこの有様だ。

 全くお忙しい事である。

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 結局その後は食事の時間以外は呼ばれない事になって居たので心置きなく設計図を書き殴れた。

 除夜の鐘が聞こえて来た、さて、こんな時位は居間に顔を出そうでは無いか。

 小官が居間に行くと、小官以外集まって居た。

「兄上、おめでとう。」

 弟である、本来史実では太郎と言う名前になるのだが、死産したはずの兄がこうしてここに居るので次太郎つぐたろうと言う名前になって居る。

「ん?どうした次太郎、未だ年は明けてないぞ?」

 と冗談を言うと、不貞腐れながら

「兄上判ってる癖に、少尉になったのでしょう?」

「ははは、大した事では無いよ、一つ階級が上がっただけでまだ勲章も頂いたわけじゃぁ無いからね。」

 すると横から父が、

「いやいや、軍に在籍してからわずか4か月程で昇進なんて中々出来る事では無いよ、きっとすごい事をしたのだろう。」

「いえ、本当に大したことはありません、白米に頼った食事事情に偏ったおかげで、帝国軍内部で脚気の症状を起こす兵が多かったところを麦飯や玄米食と胡麻味噌を使った豚肉料理等を提案して症状の緩和と発症例の低下を促しただけです。」

「いいえ、それはとてもすごい事をしたわね、脚気はこじらせると死んでしまうような重病です、それを治す事が出来ると言うのならば偉業と言っても良いわ、それも食事の改善だけでだなんて、本当に貴方は私の自慢の息子よ。」

 と、意外に博識な母が口を挟んでくる、面倒臭いので話を逸らしたいので、

「さあ、蕎麦でも頂いて初詣にでも出かけませんか?」

 と誤魔化す事に。

「ああ、そうだな、ではそのようにしよう、家族で初詣に行くのは当家の代々の習わしだからな。

 ただ少々早いかな?」

 ち、余計な事を・・・でも確かに年が明ける時間にはまだ遠いか・・・

「兄上、それでは出掛けるまで僕の勉強を見て貰えませんか?兄上の教え方が一番わかりやすい。」

「ああ、それじゃそうしよう、次太の学校嫌いってもしかして教師の教え方が合わないだけか?」

「いえ、確かに其の事が大きいですけどそれだけでは無いです。 以前母と一緒に見て来た歌劇が大変気に入りまして、僕はそっちの道に進みたいと思って居るんです。」

「そうか、でも、歌劇を演じるのであっても作るのであっても文系の知識は最低限必要、それに劇監督になりたければ数学だって必要な事は吝かでは無いよ。」

「はあ、やっぱりそうですよね、でも学校の授業はどうも苦手です。」

 良かった、時間が稼げそうだ。

 どうも母の小官への依存とでも言うのだろうか、ちょっと苦手だ。

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「お前達、そろそろ行くぞ、支度をしなさい。」

 父が初詣の支度を促しに次太の部屋へ来た。

「はい、只今支度します。

 さ、ここ迄だ、行こう。」

「はい、兄上。」

 そうこうしているうちに年が明けたらしい。

 居間に集まり新年の挨拶をする。

「明けましておめでとう御座います、本年もますます精進致します。」

「おめでとう、一太郎、次太郎。」

 母の挨拶はもっと長ったらしくなるのかと思って居たが最も短くあっさりしていた。

 品川神社へと足を運ぶ、小官はそんなに信心深い訳でも無いし、神は恨みの対象で有る故、如何な物かとも思うのだがここは普通の人間と区別される訳にもいかんと思い普通にお参りを済ませる。

「一太郎、お前の名で鳥居を寄贈しておくことにした、ついてきなさい。」

 父は突然とんでもない事を言い出したので少々驚いたが、言う通りについて行くと、父は社務所に鳥居建立代金として100円も寄贈していて驚いた。

 100円と言うと教師の初任給の10か月分にも相当する額だった。

 小官のこれまでの給金がおよそ26円程であるから4か月分、かなりの高額であった。

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 それは二日の事だった、陸軍省で小火騒ぎが起きたのだ。

 後1日休みの有った小官だったが、大急ぎで出頭する事にした。

 すると、どうも火元は我が兵器開発部の倉庫だと言うではないか!

「じゅ、あ、いえ、少尉殿、申し訳ありません!」

 小官の前に大急ぎで飛んできたのは井上軍曹。

「井上君、どうしたのかね?」

 いや、聞かなくても原因は何となく分かって居た、ニトロセルロースの自然発火だろう。

 大方、隣の開発部室でストーブを目いっぱい炊いて居る隣の倉庫部屋の戸をしっかり閉めていなかったのだろう、真冬の気温でそんなに簡単に自然発火はしない筈だ。

「は、実は保管してあった無煙火薬が突然発火いたしまして。」

「倉庫への通用扉はちゃんと閉めてあったのかね?」

「そ、それは・・・」

 やはり当たりだった、小官が居ない隙にこれでは、このままではいけないだろう。

 もう一度開発の危険を冒してもニトログリセリンを精製、ニトロセルロースと合わせ更なるエステル化を進めねばなるまい。

 ダブルベース火薬、コルダイトを作る。そう心に決めたのだった。

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