第33話 半分だけの僕

 土曜日の朝、俺はベッドの上でボーッと考えていた。結局、あいつは誰だったんだろう。あの後すぐ追いかけてみたけど既にいなくなっていたし。


 …大島犬介、か。また会うことになるかもな。


「呼んだ?」


「わあぁ!?」


 突然、ベットの上にあの犬が現れる。おい待て、何故こいつがここにいる。俺の家だぞ、ここ…。


「な、なんでここに…」


「鍵開けっぱだったから」


「不法侵入で訴えんぞ」


「えー少しくらい良いじゃん、僕たちの仲でしょ」


「良くないし、どんな仲だし」


 全く、昨日初対面だったというのにこの距離感の近さはなんだ。無言で家入るとか、こいつの神経どうなってるんだ?


「というか、何で家に来たの?」


「んー永太と話がしたかったから」


「それ本気で言ってんの」


「さぁね?」


「んだとこの犬」


「犬じゃないし狼だし」


 え、狼なの?名前に犬の漢字が入ってるあたり犬だと思ってた。確かに見た目は狼と言っても疑いはしないけど…。


「え、狼だったの?種族」


「うん、僕の親がさ、僕の種族を犬だと思ってたみたいで、本当は狼だったんだけど」


「あれ、親の種族って何?」


「父親が狼で母親が犬…なんだけどさ」


「なんだけど?」


「…父親がさ、浮気したんだよ」


「えっ…」


 なんだか想像以上にダークな話のようだ。これ以上聞いていいものか…。


「んで、父親が狼の女性を孕ませちゃってさ」


「え、まさか…」


「そ、僕はその人と父親との子供」


 衝撃の事実を犬介に告げられた。マジか、そんなことが…。


「で、父親が何とか隠そうとした結果、名前に犬を入れることによって誤魔化そうとって訳」


「でも結局…」


「うん、母親に浮気がバレた」


 悲惨な犬介の過去、聞いてるこっちが心を抉られる。俺は両親が喧嘩している所なんて見たこともなかったから…。


「最終的に親権は母親が取って、離婚が成立した。それが僕が中三の頃の話」


「そ、そう…」


「…でも、僕は母親の元へは行かなかった」


「え、なんで?」


「…僕から断ってやった」


「えっ…」


 断った。その言葉を聞いて、俺は心底不思議に思った。母親は別に浮気も何もしてないし、親権も母親が取ったのだから着いて行けばいいのに…と。


「何か、疑心暗鬼になってた。誰の言うことも信じられなくなってきてさ」


「疑心暗鬼…」


「だから家飛び出して、友達の家に泊めてもらってた。中学卒業してからは一人暮らし始めたよ」


「そっか…。親と連絡とか取ってないの?」


「一回もない、そもそも生きてんのかな」


 連絡、取ってないのか…。…親はなんて思ってるんだろうか。心配、不安、色んな感情でごっちゃになってしまっているんじゃないかと。俺が心配するところじゃないと思うけど。


「…何か、大変だね」


「まぁ、今が楽しいからいいんだけどさ」


 そうは言った犬介だったが、その瞳は何処か悲しげな感じだった。上手く言葉じゃ言えないし、勘違いかもしれないけど。


「悪いね、こんな話聞かせちゃって」


「あ、いや全然。というか、話したい時話しなよ」


「ん、そうさせてもらう」


 そう言うと、犬介はベッドから降り、ドアの方へ向かう。


「じゃ、俺行くわ」


「う、うん」


「…幸牙と、幸せにな」


「え?」


 待て、最後のその言葉はなんだ。俺もすぐベッドから降り、ドアの方へ向かったが…。


「居ない…」


 そこにはもう、犬介の姿はなかった。


━━━幸牙と、幸せにな。


 幸せ、か。…俺と幸牙にとっての、幸せってなんだろう。まだ付き合ってすらいないんだけどさ。一緒に幸せになろうと決めた事でもないし。


 でも、もしその日が来るなら俺は━━━━


━━━俺は、幸牙と一緒に笑っていたい。ずっと、この命が尽きるまで、ずっと。

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