コールドシスター
小津々木泰絵
コールドシスター
とある家のリビング。少し離れた場所で兄が勉強している。
妹が帰宅してくる。
妹「ただいまー、って、お兄ちゃんだけなの?」
兄「悪かったな、俺だけで」
妹「お父さんは?」
兄「知らね。どっかでかけに行った」
妹「ふーん。で、お兄ちゃんは何してるの?」
兄「見てわかんねえのかよ」
妹「勉強?珍しいね」
兄「受験生は勉強しちゃいけねーのかよ」
妹「あ、そっか、お兄ちゃんもう三年生だもんね」
兄「……」
妹「何?黙っちゃってさ」
兄「……」
妹「おーい、生きてますかー」
兄「……お前、平然と勉強してる人に話しかけられるのな」
妹「あ、もしかして邪魔?」
兄「気が散る」
妹「それ邪魔ってことじゃん!」
兄「別にどっか行けとか言ってないだろ
あとなんだよその悪趣味なパーカーは。なめてんのか」
妹「え、これ?かわいいでしょ?」
兄「頭が悪く見える」
妹「そんなこと言わないでよー!いいでしょこの柄!」
兄「アホに見える」
妹「もっと悪くなってるし!ふん!いいもん、私は満足なんだから」
兄「はいはいそうですかい」
妹「あ、そうだお兄ちゃん」
兄「あん?」
妹「お父さん、遅くなるのかな」
兄「さあ?どこに出かけたのかもわかんねえし」
妹「夕飯、作るべきかな」
兄「さすがに作り置きがあるんじゃねーの」
妹「多分お父さん作ってない気がする……」
兄「そうか。なら俺が作る」
妹「え?」
兄「なんだよ、なんか文句あんのかよ」
妹「いや、でも」
兄「部活で疲れてんだろ?少し休んでろ」
妹「でも、なんか申し訳ないし」
兄「はあ?なんで申し訳ないんだよ」
妹「だってお兄ちゃん受験生でしょ?時間無駄にしてしまうことになるし……」
兄「何が無駄なんだよ。お前が食う飯なんだから無駄じゃねえって」
妹「え?どういうこと?」
兄「あ、ああいやえっとな。
別に飯作るぐらいならどうってことないってことだ。な?」
妹「あ、ああそういうことね。ならお言葉に甘えて」
兄「うん、できたら呼びに行くわ」
妹「ありがと」
兄、キッチンへ向かう。
妹、パーカーを脱ぎ捨て部屋に入る。
兄「っておい、お前パーカー!パーカー忘れてんぞ……
って、ここで脱ぐなよ……」
兄、妹のパーカーを持つ。
兄「……」
兄、何を思ったのかパーカーを顔に近づける。
が、慌てて思いとどまり手放す。
兄「バカ何やってんだ俺!俺はシスコンなんかじゃないだろ!
あいつはただの妹だ。そう、妹、ただの妹なんだ。
そうさ、俺はシスコンなんかじゃない。
俺はシスコンじゃない、決してシスコンなんかじゃない。
シスコンじゃない、シスコンじゃない、シスコンじゃない、シス……」
兄、ためらいがちにもう一度手に取る。
兄「す、少しくらいなら……」
兄、今度こそ顔を近づけ、
父、帰宅。
父「ただいまー、って、お前だけなn」
兄「ああああああなんだよもおおおおおおお!!」
父「ど、どうしたんだ急に」
兄「今これ絶対あれだったじゃん!
俺がためらいながらも来る欲望に耐え切れず禁忌を犯し罪悪感に苛まれながらし
かしこの何とも言えない背徳感に満足する的なラノベ的アニメ的ノベルゲー的オ
タク的男子校の高校演劇的なシチュエーションだったじゃん!!何してくれてん
だよクソ親父!!」
父「な、なにを言ってるんだお前は……?」
兄「あーーもーー萎えたーマジ萎えたー激萎えだわーー」
父「なんか……ごめんな……」
兄「お詫びに飯作って」
父「め、飯?」
兄「だって作ってなかったじゃんか」
父「そ、そうだったな……すまん……」
妹「もーお兄ちゃんうるさいなあ……あ、お父さんおかえりー」
父「た、ただいま」
妹「で、お兄ちゃんはなんで絶叫してたわけ?……って、それ」
兄「あ、ああこれ!お前脱ぎ捨てていくなよ」
妹「えーお兄ちゃんてっきりハンガーにかけてくれてたのかと」
兄「しねえよ面倒くせえ」
妹「むー……ケチ」
父「で、えっと晩御飯だっけ?」
妹「あ、そうそう、お兄ちゃんが作ってくれるって言うからさ」
兄「親父が作ってくれるってよ」
妹「あ、そうなの?」
父「ま、お前は受験だしな。それに部活で疲れてるんでしょ?今日はお父さんが作る
よ」
兄「オネシャス」
妹「ふふ、お父さん、お兄ちゃんとまったく同じこと言ってる」
父「え?」
兄「……なんだよ」
父「い、いや、そうか。ははは」
妹「こうやって見てると、やっぱり2人は本物の親子なんだね」
静寂。
妹「あ、ああーじゃあ私、部屋で休んでるね」
父「あ、ああそうだね、そうしててよ」
兄「……俺勉強サボっていい?」
父「ダメに決まってるだろう」
兄「へいへい」
妹、そそくさとはける。
父はキッチンへ、兄は机へ向かう。
再び静寂。
兄「……なあ」
父「……」
兄「あいつ、これで良かったのかな」
父「……それは、どっちのことだ」
兄「……どっちもだよ、クソ親父」
回想編
リビングには父と母。気まずい静寂。
離れた場所では兄が盗み聞きしている。
母「ねえ、」
父「どうしてだよ」
母「だって、」
父「どうしてだよ、ねえ」
母「……」
父「本当に申し訳ないと思っているなら、こんなもの、持ってくるはずないだろ」
母「でも、」
父「なぜあの子たちの幸せを優先しないんだ!!」
母「けじめはつけるべきだと思ったのよ!だって、」
父「だってじゃない!けじめどうこうの話じゃない!そもそもの話なんだよこれ
は!あの子は来年受験なんだぞ、それにあの子もまだ小6だ!なのに、どうし
て、」
母「本当に馬鹿なことをしたと思ってるわ……」
父「なら何で不倫届なんか持って来るんだ!」
兄「……」
静寂。
父「……最低だよ、君は」
母「あなたが、あなたがいけないのよ」
父「は?」
母「あなたが最近ずっと遅いから、私ばっかり家事してる……料理も、洗濯も、
あの子達の迎えも、何もかも私に依存してるじゃない。それに、あなたは全然私
を愛してくれなかった」
父「……」
母「忘れたの?結婚記念日も、私の誕生日も」
父「っ……!」
母「だから私は、純粋に私を愛してくれる人が欲しかったのよ。だから不倫した。そ
れだけ」
父「そんな……!」
母「悪いことをしたとは思ってる。だからけじめをつけるのよ」
旧妹が起きてきて、兄の元へ来る。
母 「早く書類を書いて頂戴」
旧妹「おにいちゃん……?」
兄 「バカ、まだ起きてきちゃダメじゃないか」
旧妹「でもおとうさんとおかあさん、けんかしてる」
兄 「ああ、ちょっとお父さんが会社でヘマやってな。それでお母さんが怒ってるん
だよ」
旧妹「けんかはよくないよ、とめようよ」
兄 「そう泣きそうになるなって。あの二人はああ見えてすごく仲がいいんだ。すぐ
仲直りするさ」
旧妹「ほんとう……?」
兄 「ああ本当さ。兄ちゃんが約束する」
旧妹「じゃあ、わたしまだおにいちゃんとかぞくでいられる?」
兄 「当たり前だ。俺はいつもお前のそばにいてやる」
旧妹「ほんと?ならきょうはいっしょにねて?」
兄 「わかった。でももうちょっと後でな。兄ちゃんはすぐ行くから、先に寝てろ
よ」
旧妹「うん!おにいちゃんだいすき!」
旧妹、兄に抱き着く。
兄は旧妹の頭をなでるが、表情は物憂げ。
兄 「じゃあ、後でな。おやすみ」
旧妹「おやすみおにいちゃん」
旧妹、寝室へ戻る。
兄、旧妹が去ったのち、崩れ落ちる。
父「でも、いったん考え直すんだ。あの子たちのためにも、な?」
母「もう、手遅れよ……」
相変わらず、リビングからは喧騒が聞こえる。
数日後。
リビングに兄。うつむいて座っている。
しばらくして旧妹が来る。
旧妹「ねえ、おにいちゃん……」
兄 「なんだよ、早く行けよ」
旧妹「わたし、いかない。ずっとおにいちゃんといる」
兄 「……無理だ」
旧妹「……なんで?」
兄 「お前も知ってるだろ、お父さんとお母さんが離婚したからだ」
旧妹「それって、おとうさんとおかあさんはなればなれになるってことだよね……」
兄 「そうだ。これからずっとな」
旧妹「そんな……」
兄 「それに、今日から俺はお前のお兄ちゃんじゃなくなる。ただの他人になるん
だ」
旧妹「え?」
兄 「お父さんとお母さんは離れ離れになる。そしたら、その子供である俺たちはど
っちかについていかなくちゃいけないんだ。お母さんはお前を選び、お父さん
は俺を選んだ。それだけのことだ」
旧妹「どうして、ねえどうしてなの?なんでおにいちゃんといっしょにくらしちゃだ
めなの?」
兄 「俺たちは子供である以上、絶対大人に従わなくちゃいけないんだよ。それがど
んなに理不尽なことだったとしても、絶対、従わなくちゃだめなんだ
よ・・・」
旧妹「い、いってるいみがわからないよおにいちゃん!わたしはずっとおにいちゃん
といたいんだよ!たったそれだけのことなんだよ?なのに、なんでそれができ
ないの!?」
兄 「俺だって!お前と一緒に暮らしたいよ!今まで通り仲良くみんなで暮らせた
ら、それが一番の幸せに決まってるじゃないか!」
旧妹「ならなんで?なんでそれができないの!?」
兄 「俺が知るかよそんなこと!!」
バン!、と兄が机を思いっきり叩く。
旧妹、驚いて固まる。
静寂。
兄 「……なあ、お前」
旧妹「……なに?」
兄 「なんでお前は、そんなに俺と一緒にいたいんだ?」
旧妹「え?」
兄 「俺、そんなにいい兄ちゃんじゃねえだろ。口は悪いし、気は利かねえし、何度
もお前にひどいこと言ったじゃねえか。なのに、なんでそんなに、この期に及
んで俺といたいなんて言えるんだよ。俺が言うならまだしも、お前にとって何
のメリットもねえじゃねえか」
旧妹「……」
兄 「お母さんについてけば、お前は自由になれるんだ。新しいお父さんだってでき
るかもしれない。そしたら、欲しいものだっていっぱい買ってもら」
旧妹「……るの?」
兄 「え?」
旧妹「なにか、いるの?」
兄 「な、?」
旧妹「私とお兄ちゃんが一緒にいることに、何か、理由がいるの?」
兄 「……」
旧妹「私は、お兄ちゃんと一緒にいると安心するの。学校や通学路はすごく不安で、
心配になる。自分がすごくちっぽけに感じる。世界が私一人になってしまった
みたいに、本当に怖くなる。でもね、家に帰って、お兄ちゃんの姿を見ると、
その瞬間に安心するの。ああ、今日も帰ってこれたんだって。今日もお兄ちゃ
んが私を待ってくれていたって、すごく、すごく、心の底から安心できるの」
兄 「お前……」
旧妹「だってお兄ちゃん、どんな日でも絶対『おかえり』って言ってくれるんだも
ん」
兄 「……」
旧妹「へへ、私は、そんなお兄ちゃんが好き。なんだかんだ言って、お兄ちゃんはす
ぐそばにいてくれる。私の、心の支え。お兄ちゃんの話聞いてたら、もうお兄
ちゃんとは一緒にいられなくなるみたいだけど、ね……
でも私、いつか絶対戻ってくる。何年かかっても、お兄ちゃんに会いに行く。
だから、さ……」
旧妹「わたしがおにいちゃんにあったら、また『おかえり』っていってくれる?」
沈黙。兄の顔を覗き込む旧妹。
兄 「当たり前だ、バカ」
旧妹「……おにい、ちゃん?」
兄 「……」
旧妹「ないてるの?」
兄 「ば、バッカお前、そんなわけねえだろ!」
旧妹「……ふふっ」
母、玄関から声をかける。
母 「ほら、早く行くわよ」
旧妹「……お兄ちゃん」
兄 「ああ」
旧妹「……」
旧妹、去ろうとする。
兄 「……おい」
旧妹「……?」
兄 「また、どこかで会えたら」
旧妹「あえたら?」
兄 「……なんでもねえよ。じゃあな」
旧妹「え、あ、うん……」
旧妹、母に手を引かれ去る。
兄、立ち尽くす。
父、兄の様子を側から見つめている。
兄「なあ、」
父「……なんだ」
兄「今度から父さんのこと、親父って呼ぶわ」
兄、部屋へ帰っていく。
現代
いつものリビング。
兄は机に、父はキッチンにいる。
父「よーし。ご飯できたぞー」
兄「はー……」
兄、勉強を終える。
妹、部屋から出てくる。
妹「お、どれどれー」
兄「この匂いは……中華か?」
父「そうそう。炒飯と麻婆春雨だよ」
妹「おいしそう!」
兄「ま、さっさと食おうぜ」
妹「そうしようそうしよう」
3人、席に着く。
3人「「「いただきまーす」」」
3人、食べ始める。
妹「んーー、おいしー!」
父「そうかな?ならよかった」
兄「……
妹「あれ?お兄ちゃんどうかしたの?」
兄「……ニッセンの味がする」
父「ぎくっ!」
妹「え?」
兄「おい親父、これ冷凍食品だろ」
父「そ、そんなことないぞ?ちゃんと炒めてたじゃないか父さんは」
妹「確かに。チンって音とかしなかったし」
兄「いや、本当に親父が作ってるならもっと醤油が多いはずだ。それにほのかに焦が
しニンニクの香りがするし、マー油とごま油の食感もする」
妹「油の食感って何・・・」
兄「これ、ザ☆チャーハンだろ」
父「さあ?どうかな」
兄「……」(ジト目)
父「……」(目をそらす)
妹「ま、まあまあ!別に冷凍でもいいじゃん」
兄「よかったな、こいつがいいやつで」
妹「別にそんな食を気にする家庭じゃないし……」
兄「いいかお前、結婚するときは絶対舌が利く奴を選べよ?マジで損するぞ」
妹「そ、そうなのね……」
父「ま、お前の舌は肥えてるからなあ」
妹「肥えすぎでしょ」
兄「別にそんな肥えてねえけどな」
妹「この世のどこにマー油とかわかる奴がいるのよ」
兄「俺だ」
妹「知らんがな」
父「話は変わるけど、部活はどうなの?大会が近いらしいね」
兄「そういやお前、何部入ってんだっけ?」
妹「空手部だけど」
兄「空手部?なんか物騒だな」
妹「そうでもないよ?別に瓦とか割るわけじゃないし」
父「どうして空手部に?」
妹「いやまあ、最近は痴漢とか多いから、護身術としてね」
兄「お前は永遠に狙われないから心配すんな」
妹「なにおうっ!?」
兄「痴漢ってのはな、かわいくてもっとナイスバディな女性が狙われるもんだ」
妹「私だってかわいいでしょ!?」
兄「ほんとに思ってんのか?」
妹「確かに、周りにはもっとかわいい子いっぱいいるけど……」
兄「どうせかっこいい先輩がいたとかそんな不純な動機だろ?まったく、近頃の中学
生はわかんねえなあ」
妹「い、いいじゃん別に!」
父「はいはい、言い争いもほどほどにね」
妹「うそうだ、早く食べないと冷めちゃう」
兄「はい、ごちそうさま」
二人「ゑ?」
兄「俺はしゃべりながら咀嚼するとかいう行儀の悪いことはしないんでね」
父「今までの会話のどこに完食できる時間があったんだ……」
妹「お兄ちゃん、怖い……」
兄「俺、受験生だし?さっさと食って勉強しなきゃいけねえだろ。家庭の事情的に国
公立行かなきゃなんねえからさ」
妹「勉強、大変なんだね」
兄「ああ、ほんと大変だよ。まったく」
兄、机で勉強し始める。
父と妹、少し気まずい。
妹「あ、そうだお兄ちゃん」
兄「あん?」
妹「私に勉強教えてくれない?」
兄「はあ?」
妹「だって私、勉強の仕方とかわかんないからさ」
兄「親父に教えてもらえよ」
と、不意に父の電話が鳴る。
父「あ、もしもし?……あ、お世話になってます。え?……ほんとですか?あー、えっと……」
父、兄と妹を交互に見る。
兄「……行けよ。仕事だろ?」
父「……」
兄「たまには俺を頼ってみたらどうなんだ。実の息子だろうが」
父「……すまない。あ、すみません。今から行きます。はい、ではそういうことで。
はい、はい。失礼します」
父、電話を切る。スーツを着直しながら言う。
父「すまん、仕事が入った。任せてもいいか?」
兄「わかった」
父「かなり遅くなると思うから、もし小腹が空いたら、」
兄「レンジでチンだろ?」
父「お湯して三分でもいい」
兄「了解」
父「あ、あとお前。勉強、教えてやれよ」
兄「……へいへい」
父「じゃあ、行ってくる」
父、仕事に向かう。
兄と妹、二人っきり。
兄「んで、教えてほしいところってのは?」
妹「……ないよ」
兄「は?」
妹「じゃあ逆に、私が真面目に勉強すると思う?」
兄「……」
妹「ちょっと、二人きりで話したくて、さ」
兄と妹、リビングのソファに座る。
兄「……で、話したいことってなんだよ」
妹「いや、まあ、その……」
兄「あん?」
妹「えっと、前から聞きたかったことがあったんだけどさ、」
兄「なんだよ」
妹「私じゃ、足りないのかな、って」
兄「え?」
妹「だって私は、いわゆる『義理の妹』、ってやつじゃん?やっぱり、本当の妹には
敵わないのかなって思っててさ……」
兄「……」
妹「私もさ、お兄ちゃんやお父さんに認めてもらいたくて、精一杯頑張ってるんだけ
どさ……お父さんはいつも敬語みたいな、遠い親戚に話しかけるみたいな口調だ
し、お兄ちゃんは、その、ずっと不愛想だし……
兄「まあ、親父の場合は俺よりお前と付き合い短いしな。確かに、俺が孤児院でお前
のこと見つけてなかったら、家族じゃなかったわけだし」
妹「それはそうなんだけど……」
兄「……?」
妹「なんだかさ、さみしいんだよね。ずっとぎこちないままじゃ」
兄「……」
妹「お父さんにとって、私は実の娘じゃないし、お兄ちゃんにとっては実の妹じゃな
い。足りないことぐらいわかってる。でも、このままじゃいや。このままじゃ、
まるで」
兄「まるで?」
妹「……いや、なんでもない。だけど、なんだか嫌なの……」
兄「ちぇ、複雑な家庭になってしまったもんだな」
妹「ほんとに、ね」
沈黙。
兄「……で、お前は結局何が言いたいわけ?」
妹「え?」
兄「いや、だから結局何が言いたいんだ?」
妹「いや、えっと、それは……」
兄「………ふっ」
妹「え?」
兄「はああぁぁ……なんか重要な話かと思ったらたかがそんなことかよ心臓に悪ぃ」
妹「た、たかがって……」
兄「いいかお前。今までお前と初めて会った時からいつ俺が『お前じゃ足りない』な
んて言ったんだよ。ああ?一度でも俺が『お前はダメだ』なんて言ったことがあ
るか?
妹「……」
兄「いいか、俺はお前が本当の妹だろうが義理の妹だろうがどうでもいいん
だよ。お前がただ俺の側にいてくれるだけで、俺は幸せなんだよ」
妹「え?」
兄「あ、ああいや!変な意味じゃなくてだな。俺は一回大切な人を失ってる。一番側
にいた人を二人も失ってるんだ。お前もわかるだろ、家族を失うことがどれだけ
寂しくて、悲しくて、虚しいかを、お前も知ってるだろ。だから、そういうこと
なんだよ。もう二度と手に入らないと思ってた『妹』という存在を、お前が俺に
与えてくれた。俺はそれだけで十分なんだよ。ほんとの妹じゃないからとか、こ
いつじゃ足りないとか、そんなこと俺が考える人間だと思ってんのかお前は」
妹「……いや」
兄「な?そうだろ?だからそういうことなんだよ。俺はお前が足りない奴だとは思わ
ないし、ましていらない存在だとは思ってもいねえよ。だって、お前は……」
兄「今の俺の、たった一人の妹なんだから」
兄「はい、おしまい。お兄ちゃんの長い長い説教の時間でした。ほんっと、俺をポエ
マーにさせるなよな、まったく。恥ずかしい」
妹「……」
妹、下をずっと向いている。
兄「おい、どうしたんだよお前。具合でも悪いのか?」
妹「……お兄ちゃんってさ」
兄「あん?」
妹「シスコンなの?」
兄「な、b、バババッカじゃねえの!?んなわけねえだろ!」
妹「……私のパーカーの匂い、嗅ごうとしてたくせに」
兄「っ!?」
妹「ほんと、お兄ちゃんのヘンタイ」
兄「……べ、別にいいじゃんかよ、血が繋がってないんだから」
妹「へー、お兄ちゃんってロリコンなんだ」
兄「違う!パーカーのあれはな、えっと……」
妹「もしかして、私に惚れてるの?」
兄「っ!……いや、その、なんと言いますか」
妹「わかってるよ、お兄ちゃんのことは」
兄「え?」
妹、いたずらっぽく微笑む。
兄、驚愕。
兄「ま、間違っても親父には言うなよ!」
妹「わかってるって」
兄「はあ……なんか、マジで疲れた……」
妹「たまにはこうやって、兄妹水入らずで過ごすのもいいかもね」
兄「まあな……」
妹「ねえ、お兄ちゃん」
兄「なに?まだ何かあんの?」
妹「いつか、お兄ちゃんの本当の妹にも会いたいな。確か、私と同い年だったよ
ね?」
兄「そう……だな。今年でお前と同じ年だ」
妹「そしたらさ、その妹さんとも一緒に住んでみたいな」
兄「んなことできるわけねえだろ。それこそ親父が再婚するしか……」
妹「ふふ、冗談冗談」
兄「はあ…意味不明な妹なこった」
妹「……お兄ちゃん」
兄「あん?」
妹「……私も、大好き」
兄「え?」
妹「いやー?何でもないよ?」
兄「……チッ。小悪魔め」
妹「ふふ………え?」
兄「お前、タイミング最悪だな」
妹、顔が真っ赤になる。
その後も談笑は続く。
1年後
兄「あー……朝か……」
兄、起き上がり支度を始める。
朝食を作り、誰もいないリビングのテーブルに置く。
兄「いただきまーす」
兄、朝食を食べ始める。
静寂。
兄「……さみしいもんだな、一人暮らしってのも」
小さくつぶやく兄。
と、そこでインターホンが鳴る。
兄「あん?誰だよ、こんな朝っぱらから……」
兄、玄関へ出て戸を開ける。
そこには、妹がいる。
妹「あ、やっほーお兄ちゃん!」
兄「……結構です」
妹「あ、なんで閉めるのさ!むー、今日はお兄ちゃんにとっておきのプレゼン
トを持ってきたのに!」
兄「……んだよ」
妹「えへへ、変わらないね」
兄「お前のアホ面も変わんねえな」
妹「ねー!一年ぶりの兄妹再開なのに第一声がそれってどういうこと!?」
兄「たった1年ぶりじゃねえか。んで、何しに来た」
妹「いや、覚えてない?去年、私が言ったこと」
兄「あん?」
妹「ほら、お兄ちゃんの本当の妹に会いたいって言ったやつ」
兄「……あー、あれか。まだそんなこと真剣に考えてたのか」
妹「でね、私、お父さんとか色んな人に聞いて回って、それでね」
妹の後ろに、誰かがいた。
兄、その誰かに気づく。
旧妹「お、お兄ちゃん……本当に、お兄ちゃん……?」
兄 「ん?……あ、んなっ!?」
妹 「えへへ、結局、会っちゃったんだー」
旧妹、前に出る。
兄、絶句。
旧妹「ひ、久しぶり、お兄ちゃん」
兄 「うそ、だろ……」
妹 「なにBLE○CHみたいなこと言ってるの。どう?今の心境は」
兄 「がっ、てっめえ!朝っぱらから何やばいもの見せに来てんだよお前は!」
妹 「やばいものじゃないでしょ別に。お兄ちゃんも会いたかったんじゃないの?」
兄 「い、いや、まあ、そうだけどよ……」
旧妹「お兄ちゃん……」
兄 「よ、よお……久しぶり、だな。元気にしてたか?」
旧妹「うう……うっ、ひぐっ……」
旧妹、泣き出す。
兄「な、お、おい……」
妹「あーあ、お兄ちゃんのせいで泣いちゃったよ。どうするの?」
兄「ど、どうって……あ、」
「わたしがおにいちゃんにあったら、また『おかえり』っていってくれる?」
兄 「……おいおい……なんだよこの展開は……」
妹 「ん?」
兄 「なあ、お前さ」
旧妹「ぐすっ……なに?」
兄 「こういうときなんて言えばいいか、俺にはわかんないけどよ。とりあえず今、
ここで一つ、お前の願いは叶ったぞ」
旧妹「え?」
兄 「……おかえり。俺の妹」
終幕
コールドシスター 小津々木泰絵 @justicetree
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます