赤ちゃんはどこから来るの?

政(まつり)

赤ちゃんはどこから来るの?

 クーラーの効いた喫茶店、俺、俺の横に父、

父の前に真由美さん、真由美さんのおなかは以前に会った時よりも少しだけ大きかった。

 小6の夏、父が母と離婚してから5年。生みの親といえど擁護できない母親だった。そんな母から俺を守るように、母と別れてくれた父。そこから5年間苦しみながら俺を育ててくれた父。そんな偉大な父にはもちろん幸せになってほしい。

 真由美さんもとてもいい人だ。初めて会った時から優しくしてくれたし、父には話してないが俺のくだらない悩みにもすごく親身に相談に乗ってくれた。父とは少し年の差もあるが、俺からしたらお姉ちゃんみたいで家族になってくれたらどれだけ良いだろうかと思う。

 だから、二人の結婚、父の再婚に関しては大歓迎だ。大歓迎なのだが……

「何でできちゃった婚なんだよ……」

「雄吾、ごめんな」

「俺は全然良いんだよ、二人の事どっちも大好きだし、真由美さんがお母さんになってくれたらどんなに良いだろうってずっと思ってたから。でもさ真由美さんのお父さんが俺怖くて、怒られても仕方ないだろうし、でも父さんが嫌われてほしくないし、ああもう、何で出来ちゃうかな?赤ちゃん」

「カッコ悪い父親でごめん。」

「謝らないでよ、俺はいつでも父さんの味方だよ。」

「ありがとう。雄吾」


数日後、埼玉にある真由美さんの実家の和室、父、父の左に俺、父の右に真由美さん、父の前に真由美さんのお父さん、父の右前に真由美さんのお母さん、真由美さんのお父さんはとても温厚そうな人だったが、当然その顔に笑顔はなかった。

 確かにいつでも父さんの味方とは言ったが、だからと言ってこんな修羅場に息子を連れてくるかね?

 この重たい空気。友達が怒られていて、自分も気にしてないのに先生に被害者にでっち上げられた時と同じぐらい、いやそれ以上にきつい。これが大人の世界なのか。思わず誰よりも早く出していただいたお茶に手を出してしまった。

「健司君、そりゃもちろん何時かは真由美が私のもとから離れる事なんて覚悟してたよ。でもね十も年が上の男を連れてきて、子供ができたんで結婚させてください。なんて申し訳ないけど私は首を縦には振れないよ」

 尊敬する父が正論で怒られているところなんてとてもじゃないけど見てられない。

「お義父さんの気持ちはわかります。ですが……」

あ、父さんそれは……

「何が気持ちはわかりますだ!君には息子しかいないだろ?息子と娘じゃ違うんだよ!それに君の子はまだ高校生だろ?私は真由美を何年見てきたと思ってるんだ!君にわたしの気持ちの何がわかるんだ!」

怒ってはいつつも冷静だった真由美さんのお父さんを爆発させてしまった。

「すいません」

こんなに小さくなった父は母に離婚を切り出した時で見納めだと思っていた。まさか真逆のシチュエーションで見ることになるとは。

きっと今父が何を言ってもどうすることもできないだろう。ここは真由美さんが二人の間を取り持ってくれれば、そう思い真由美さんの方を見ると真由美さんは泣いていた。自分を愛し自分が愛した二人の対立に耐えられなかったのだろう。

 ここは。父さん、俺あんたのために一肌脱ぐよ。

俺は自分の前に置かれたお茶を一気に飲み干し、真剣な眼差しで真由美さんのお父さんを見つめた。

「真由美さんのお父さん、いやお義祖父ちゃん!」

「君にお義祖父ちゃんと呼ばれる筋合いはない!」

まさか父より先に言われると思っていなかったので一瞬戸惑いはしたが、ここで止まるわけにはいかなかった。

「父は、ヒステリックを起こしがちな母から僕を守るように離婚して男手一つで僕を育ててくれました。だから父には幸せになってほしいし、真由美さんとの関係も遊びなんかでは絶対にないです。これは一番近くで二人を見てきた僕が保証します。どうか二人の結婚を許してあげてくれないでしょうか」

そういうと、真由美さんのお父さんは少し冷静さを取り戻したようだった。

「健司君、」

その第一声はとても優しいものだったが、

「君は息子にこんなことを言わせて恥ずかしくないのかね。」

全然怒ってた。子供の泣き落としが通じるほど甘い相手ではなかったようだ。


 それからというもの永遠とも思える時間が流れていた。真由美さんの切り札として用意していたお酒も全く効果はなく、二人とも全く手を付けることなくだんだんとぬるく、だんだんとまずくなっていっているのがわかる。まあ最もこのタイミングで飲むようなビールはどんなにぬるいビールよりもまずいと思うが。

 それにしてものどが渇いた。緊張した現場だからだろうか、きっと言えばお茶のお代わりをいただけるのだろうが、とてもこの状況で口を開く気にはなれない。どうか客人のコップが空なことに気付いてくれないだろうか。あぁのどが渇いた。

 そしてのどの渇きが限界に達し冷静な判断ができなくなった結果、俺は斜め右に置かれている飲み物に手を出してしまった。父さん悪い息子でごめんな

「おい、雄吾それは酒だぞ!」

何だこれ、苦いし、なんか体も熱くなってくるし、くらくらする。でも不思議と気分は悪くない。今なら何でも言える。そう思った瞬間俺の中の何かが外れる音がした。父さん俺今なら思ってること全部言えそうだよ。

「お義祖父ちゃん!赤ちゃんはどこから来ると思いますか?赤ちゃんって愛がもたらす神様からの奇跡なんじゃないのか?ギフトなんじゃないのか?それを子供ができたからどうのこうのって、それじゃあまりにも赤ちゃんが、二人が、神様が可哀そうって思いません?真実の愛がなかったら赤ちゃんなんて出来ない!僕間違ったこと言ってるかなあ。赤ちゃんは神秘なんだよ、生命の。それを悪く言ったら神様に見放されちまうよ。みんな自分の事ばっかりだけど、まずこれから生まれてくる子の事を第一に考えようぜ。そうしたらおのずと答えは出てくるはずだよ。頼むよ皆さん」

そう言い残して俺は意識を闇に奪われてしまった。


 5年後、我が家の食卓、俺、俺の前に父さん、父さんの右に母さん、そして俺の上に弟。

 あの後、何とか爺ちゃんから結婚のお許しをもらい、俺たちは晴れて正式に家族になることができた。

そして1年しないうちに弟の舞夢が生まれた。あの日なんやかんやで爺ちゃんが一番泣いてたな。舞夢とは年の離れた兄弟だけど、俺としては舞夢が可愛くてしょうがない。

「ねぇ、にぃに」

最近は何でも質問してくる。いわゆる何々期というやつだ。

「どうした?」

「赤ちゃんはどこから来るの?」

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赤ちゃんはどこから来るの? 政(まつり) @maturi7311

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