第6話唐揚げの思い出 後編
琴美の部屋の前。心臓の鼓動が早くなっていくのが尾野美杏にはわかった。
手をブルブルと震わせ、本当にこれでいいのか、今すぐ逃げたい自分と心のなかで尾野美杏は戦っていた。
「私ならできる」と何度も心に言い聞かせる。
そして、扉をトントンっとノックする。
「何?」
そんな、いつも幸田にかけるあの冷たい声音が部屋から聞こえて、緊張のあまり思わずビックっとなる。
「……わ、私です!」
「……恋鞠ちゃん?」
恋鞠ちゃん。その呼び方は今も変わっていなかった。
そして、幸田の時の声音が尾野美杏の知っている、いつもの琴美のものに変わった。
「あの、入っていいですか?」
「え! あちょっと待って、ひあっ――」
その時、何かが落ちたような音と、琴美の短い悲鳴が聞こえた。
「琴美ちゃん!」
部屋で一体何が起こったのか心配になり、思わず琴美の部屋のドアを勢いよく開ける。
「あっちょ!」
「……へ?」
尾野美杏が琴美の部屋を見た途端、そんな言葉が出てしまうほど呆気に取られてしまい、少しして琴美の顔と部屋を交互に見た。
「あ、あの……これって――」
「あああああ! やああああああ! そんなんじゃないもーん!」
琴美がいつもの雰囲気からは想像できないほど子供のように泣いた理由、それは、この部屋一面に貼られた幸田のグッツを尾野美杏に見られてしまったからだろう。
「え、あの、これ――」
「だから違うー! お兄ちゃんの事なんか大嫌いなんだから! お兄ちゃんと結婚したいとも思ってないんだから!」
尾野美杏はそんな子供のように泣いている琴美の姿を見て、「あ、これがツンデレか」と思っていた。
「あー! そんな目で私を見るなー!」
そう叫びながら人形を投げてくる琴美に尾野美杏は気になっていた事を真剣な顔で伝えた。
「ではなぜ、琴美ちゃんはからあげ先輩と喋らないのですか?」
「わあああ……」
その言葉を聞いたっ瞬間、琴美は人形を投げるのを止め、下を向いた。
「……それを知ってどうなるの」
先程までとは違い、冷たい声音に変わる。
「私は、二人を仲良くさせたい! そのためなら私はどんな事だってします! 私はそういう人間です! ズルくたって、なんだっていい! 私は二人が好きだから、二人に仲良くしてほしんです! 仲良くなって、また一緒に、中学の時みたいに唐揚げ食べよ!」
「……っん……ん…」
そんな尾野美杏の言葉に、琴美は泣き出す。
「ありがとう。ありがとう! 私も恋鞠ちゃんとお兄ちゃんが大好き! 恋鞠ちゃんの作る唐揚げも、中学の頃から大好き! また食べたい!」
「琴美ちゃん!」
二人は互いに泣きじゃくりながら抱き合った。
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