僕の神話を君に捧げる

政(まつり)

僕の神話を君に捧げる

 確かに彼女は変わった人だった。それは誰が見ても明らかなことであった。しかし僕は調子に乗った炭酸飲料のように溢れる想いを抑えることができなかった。

 彼女が初めて僕らの前に姿を現したのは、夏休みの残り香を感じるよく晴れた日の事だった。

突然の転校生は休みボケした頭を醒ますには十分な刺激だった。

そわそわとしたクラスの中に颯爽と現れ、教壇の上に立つ彼女はアウェーであるにもかかわらず、一番堂々としていて、その悠然とした姿を見て僕は尊敬や憧れと似ているようで異なる初めて経験する妙な胸の高鳴りを覚えた。

「crazy×12−3=me‼どうも橘 響子です 皆さんよろしく」

一息で言い切る彼女に対してクラス全体が、こいつとは関わらない方が良いと小4ながらに本能で感じた。ただ一人を除いて

「俺、橘さんのこと好きだわ」

この日から僕と橘さんとの長きにわたる物語が幕を開けた。


「俺、橘さんのこと好きだわ」

その日の放課後親友の豊にすぐに報告した。豊は、

「え、マジかよ。あの人相当変わってるぜ。あんまりお勧めはできないな。」

と言っていたが結局は、

「まあ、応援するよ」

と言ってくれた。我ながらにしていい友達を持ったと思う。

「ありがとう」


 「おはよう、橘さん」

「あら、ごきげんようおかかくん」

「僕、岡田なんだけど……」

「冗談に決まってるじゃない、岡田くん」

次の日から、豊の手も借りながら僕は積極的に橘さんに話しかけた。幸いと言っていいのか分からないが、僕のほかに橘さんに話しかける人はあまりいなかったので、いつもスムーズに話すことができた。ただクラスの中で浮いた存在にはなってしまったが。でも僕には豊と橘さんさえいてくれれば他の奴らなんてどうでもよかったのでたいして気にはならなかった。

 そして満を持しての2学期最終日もう真冬にもかかわらず毛穴という毛穴から吹き出そうな汗と今にも真っ白になってしまいそうな頭、こんにちはするタイミングを常にうかがう心臓という最悪のコンディションでパンパンのランドセルと今にも引きちぎれそうな手提げそして勇気だけを持って彼女に告白した。結果は……


「駄目だった」

「ドンマイ」

豊ん家で集まっていつも通りの反省会

「少年からの申し出、凄くうれしいんだが、私はもっと面白い人が良いなぁ、だってさ」

「面白い人ねぇ」

「決めた。俺面白い人になってリベンジする!」

豊は唖然とした顔をしていたが

「豊頼む。協力してくれ」

と頼むと

「もちろん」

と二つ返事で承諾してくれた。

その日から毎日のようにお笑い番組にしゃぶりついた。ネタ番組、トーク番組それだけでなく面白いことを集めるために外にも積極的に出るようにし、いつもはすぐにチャンネルを変えていたニュースも見るようにしていた。冬休みと言うこともあり、自分的にもかなり捗ったと思う。

 気付けば小4の3学期。そんなにすぐに大爆笑を搔っ攫える訳ではなくそこからかなり時間はかかってしまったが、6年生になるころには僕はみんなに認められるお笑い担当になっていた。みんなに笑ってもらえるのは凄くうれしかったけど、何より橘さんを笑顔にできているという事実が一番うれしかった。

 小学校卒業前日は、尋常じゃなく自信に満ち溢れていた。今思い返せば、定期テスト前日深夜2時半を少し回った時のような自信だった。

「俺は明日橘さんに告白するぞ!」

「二年ぶり、二度目の挑戦頑張れ~」

「よっしゃ!」

意気揚々と臨んだ結果は……


「駄目でした」

「ドンマイ」

卒業式の魔法はなかった。

「でなんて言われたの?」

「もっとスポーティーな人が良いって」

「成程、じゃあ中学ではバスケ部にでも入るか。そしたら橘さんも付き合ってくれるかもしれないよ。どうせ同じ中学なんだし。」

「そうだね。俺頑張るよ!」

こうして僕と橘さんの物語。第二幕が始まった。


中学に入ると僕の橘さんへの告白のペースは、小学生の2年に1回というペースから次第に早まっていき、学期ごとに1回、二か月に1回、一か月に1回、二年生の中ごろには一週間に1回と言うペースになっていた。その度にいろいろな理由をつけて断られ、断られるたびに僕は少しずつ成長することができた。橘さんのおかげで。

そんな中で橘さんが、変化球な振り方をしたことがあった。

「ごめんね、私実は担任の矢崎先生みたいな大人の人、っていうより矢崎先生が好きだから同世代の男の子は恋愛対象に入らないの。」

そう聞かされた僕は、その変化球なボールに対して、とても困惑した。矢崎先生は確かにいい先生だけど、もう30代中盤で尚且つ結婚もされている先生だったから。

「そっか、」

溢れる思いにキャップを閉めて何とか平静を装った。

「ごめんね嘘。どう思った?」

「え?いや、正直俺の方が絶対良いのになって。そんな認めたくない気持ちと、でも好きな人の事だから応援したいなって気持ちと、それでもやっぱり世間的に見たら正しいのはこっちだよな、みたいな気持ちと、ごめんうまくまとまらないや。」

「うん、良いの。ところで岡田君は私が転校してきたとき、なんて自己紹介したか覚えてる?」

「うん。crazy×12−3=me‼だったよね?」

忘れているわけがなかった。だってあの瞬間貴方を好きになったのだから。

「そう。あれって私の大好きな曲の歌詞なんだけど、その曲がさっきの君みたいに好きな人がおじさんに恋してるって歌なんだ。だからきっと−3っていうのは、さっき君が言ってた3つみたいな冷静な気持ちのことなんだと思うの。試すようなことしてごめんね。」

その言葉に僕はなぜか妙に納得してしまった。意味は全く分からなかったのに。


 高校受験はかなりしんどかった。橘さんの志望校は僕にとって何ランクも高く、僕はとてつもなく勉強しなければいけなかったけど、橘さんと同じ高校に行きたいと言う一心で必死に勉強した。僕にとっては橘さんがすべてだったから。

「あれ、俺は?」

あ、あと豊も

 そんな感じで必死に勉強した甲斐もあり、僕は橘さんと同じ高校に進学することができた。

「俺もいるぞー」

ちゃっかり豊も同じ高校に進学した。

「いやー、めっちゃ頑張っちゃったな」

嘘つき。豊は俺よりも何倍も器用だからそんなに苦労せずこの高校に進学していた。

 いざ始まった高校生活は自分にとってかなり充実したものだった。自分が充実したものだった分、今までより何倍も橘さんの孤立が気がかりだったし、それに気づくまでに一年もかかってしまった自分がとても腹立たしかった。

 何とかできないものか。そう思い豊にも相談した。

「あー、あれなんだけどな、こんな言い方したくないんだけど、お前にもちょっとだけ理由があんだよ。」

「え?」

そんなことを言われるなんて、夢にも思わなかった。

「お前ってさ、橘さんと付き合うためにずいぶん努力してきただろ。だから気付かないうちに満たしてたんだよ、人気者の条件を。だからお前のこと好きって女も結構いるんだけどよ、そんなお前はずっと橘さんに夢中だから、その女たちのヘイトが彼女に向いちゃったんだよ。お前には理解できないかもだけど、女の敵は女ってことだよ。」

そんな、僕のせいで橘さんを苦しめていただなんて。

それを聞かされた日は余りの悔しさに眠れなかった。

 でもやっぱり僕は我慢できなかった。だって8年間も好きな相手だったから。


「橘さん。俺はいつでも橘さんの味方だから!」

「ありがとう。岡田君からの告白いつも嬉しかった。でももうこの告白はやめにしよう。」

「やっぱり、俺のせいで女の子達から孤立してるから?」

「いや、違うの。岡田君からの告白を迷惑だって思ったことは一度もないよ、でも……私言わなきゃいけないことがあって」

初めて見る彼女の表情に場違いかもしれないが、ときめいてしまったし、僕の中の橘さんコレクションの新しいページが埋まって少しだけ嬉しかった。でも同時にそんなことは言ってられない。そんな空気をさすがに察した。

「私、私、岡田君にだけは言わなきゃ。あのね私、女の子が好きなの。これは中学生の時みたいな嘘じゃなくて本当に。だから岡田君は恋愛対象に入らないの。今まで騙してたようなもんだよね。ごめんね岡田君」

この話を聞いたとき、色々な思いがあふれてきたし、思い出の数々もフラッシュバックした。でも一番強く思ったのは明日飛び切りの告白をして。それで最後にしようと言う気持ちだった。



 あんなに私の事を好きになってくれたのは後にも先にも彼だけだった。変わり者で一人だった私に対して周りの目も気にせず、声をかけてくれて、そして好きになってくれて、その気持ちにこたえることはできないけど、せめて幸せになって欲しかったから、無茶もたくさん言っちゃったな。男らしい人が好きって言った後、一か月マグロ漁船に乗りに行ったときは流石にびっくりしちゃった。そんな告白ももうないのかと思うと寂しいけど、彼のためにはこの方が良かったに決まってる。だから、ごめんね岡田君。

 そんなことを考えながら校舎に入ると普段よりもやけにざわついていた。

「あ、橘さん!待ってたよ。橘さん好きです。俺とお付き合いしてください。」

「岡田君、その恰好……」

「友達のお姉さんに借りた。」

「女装して学校に来て告白なんてぶっ飛んじゃってるよ。みんなすごいざわざわしてたよ?」

「crazy×12−3=me‼これくらいの方が橘さん好きでしょ?」

「まあね、その−3は何?」

「どうせ意味ないんだろうなって気持ちとこれで俺も変わり者になれば橘さんが孤立しなくて済むなって気持ちと、やっぱり君が好きって気持ち。」

「馬鹿。でもありがとう。」

2人とも泣きながら笑って、周りから見たら奇妙な二人だったけど、あの瞬間だけはきっとアダムとイブよりもお互いを思いあっていた。

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