第54話 引き伸ばしのうた

 洞窟に滴る水滴のように等間隔な足音が響く。俺が捕まっている牢屋の外から聞こえると言うことは可能性が二つ考えられる。一つは助けにきた人がいること。もう一つは俺を捕まえた張本人。足音が段々と明瞭に、大きくなってくる。俺は唾を飲んだ。


「やぁ、僕の新しい材料くん。こんにちは」


 俺の牢屋の前に現れた男は羽のついた帽子にスーツという格好だった。そして腰を折り曲げて座り込む俺へと視線を鉄格子がごしに合わせてくる。


「……あなたが俺を連れ去ったんですか?」


「そうだよ」


「何故?」


 不思議と俺は落ち着いていた。普通なら突然捕らえられたらパニックになりそうだが、俺はアーツリングへの帯同を経て心が強くなったのだろうか。


 薄暗い中、男は顎に手を当てて考えるような仕草を見せた。


「君は……材料にいいと思ったんだ。君は……詩人だろう。いい材料になる」


「材料?何を言ってるんですか?」


「作品を作るにあたり……僕は一番素晴らしい材料を考えた。何だと思う?」


「……あなたの分野によるんじゃ……」


「人だよ!」


 俺は背筋が凍る思いをした。全身の毛が逆立ち、血肉が恐怖を覚えた。


「ひ……人?人を材料に作品って……」


「絵の具、石材、木材、種……全てに利用できる材料。そして素晴らしい材料!人生という波乱を経た君たちは素晴らしい材料となる。そしてそれによる作品は……」


 男はニヤリと笑った。


「魔法宝玉よりも美しい作品となる。だから僕は多くの文化に携わる人を……純度の高い人を攫ったのさ」


 俺は頭を振った。ありえない。作品に対する考え方は人それぞれだが、俺の価値観とはかけら離れていた。素晴らしい作品を作るために人をも材料にするなんて俺には考えられない。


「一つの芸に全てを捧げるような人は純度が高いと思うんだ。この前はいい娘を捕まえたよ。執念がすごい娘だった……彼女もきっといい材料になる」


「作品を作るために……人の心を動かすためなら……前段階で人が傷ついてもいいと?」


「料理が最初から皿に盛り付けられた状態で収穫されると思ってるのかい。作品の前には色々あるのさ!」


「あなたとは価値観が合わない」


「関係ない。君は僕の材料だ」


「俺の幸せはここにはない。だから帰る!」


 俺は会話の途中から後ろ手に魔法を発動させていた。最近サボっていたとはいえ、身につけた魔法なら時間をかければ発動できる。


「アクアサークル!」


 金属音のように高い音を出して回転する水の刃。それを俺は鉄格子に二つ投げつけた。耳を塞ぎたくなるような音を立てて鉄格子が崩れ落ちる。俺は男が顔を背けた隙に牢屋から飛び出した。


ここがどこかはわからない。だがかなり広大な空間だ。そして窓が一切ないことからおそらくここは地下だろうか。とりあえずは外を目指さねばならない。他の人を助ける余裕は今はない。そして俺にはそんな力もない。だったら助けを呼ぶだけだ。


 しかしここは広大な地下牢。迷路のようで自分がどこにいるのかさえもわからない。右に曲がった方がいい気もするし、左に曲がった方がいい気もする。迷いながらも俺は走り続けた。


 しばらく走った後、俺は行き止まりに突き当たってしまった。ここで追い詰められてしまえば俺は牢屋に逆戻りである。急いで踵を返す。しかし俺の動きは懐かしい声に固まった。


「トルバトル?」


 俺の脳裏に浮かんだのは片目を髪で隠した華奢な少女の姿。俺は思わず振り返った。そして突き当たりにあった牢屋の中で座り込んでいた少女に自分でもわかるほど目を見開いた。


「カナメ!」


「やっぱり……トルバトル…‥どうして?」


「あいつに捕まったんだよ!カナメもだろ?」


「うん……あの人……千金のイーティング」


 俺が何かものを持っていたらポトリと落としていたことだろう。俺はしばらく考えがまとまらなかった。


「あの人が千金?」


「そう……逃げようとしても……何回も捕まる」


 千金は芸のレベルの高さも凄まじいが、そのほかにも優れた能力を多数持っていることに定評がある。例えば魔法の技術が高かったり、身体能力が高い、頭がいいなどだ。千金が相手となればこの脱出劇は困難を極める。


「ど、どうすればいいんだ……」


 自分が歯軋りしているのに気づいた。そんな俺を見てカナメは節目がちに俺を心配そうに見つめる。


「平気?」


「あ、あぁ。諦めたわけじゃない……何か……何が方法があるはずだよな。一旦カナメを牢屋から外に出すよ。離れててくれ」


 俺は自分が脱出した時と同じ要領でカナメを脱出させた。半年ぶりのアクアサークルの威力が落ちていなくて俺は内心ほっとしていた。


 カナメは牢から出ると体を伸ばしていた。小柄な彼女といえども小さな空間に押し込められていたらストレスも疲労も溜まるのだろう。


「さて、こっちは二人になったけど正面からイーティングに勝てると思うか?」


「絶対無理……千金には……あらゆる面で……敵わない……」


 俺は唇を噛んだ。そうなのだ。千金は規格外だから千もの金貨に値しているのだ。パフォーマンスであれ、作品であれ彼らの作り出すものは一部の官職や貴族でないと手が出せないもの。そしてそれを支えるのは確かな技術と肉体、経験だ。俺とカナメが易々とだし抜ける相手ではないのだ。


 そもそも俺とカナメは戦闘を主な仕事としていない。戦でも戦力外とされていたのだ。だから戦ってイーティングを出し抜こうとするのは間違っている。


「助けが来るのを待つか……」


「トルバトルも……誰かと……一緒なの?」


「あぁ、偶然前の街でキールと……」


 俺は何か違和感を感じた。彼女は今何と言ったか。


「カナメも誰かと一緒だったのか?」


「ドルカ……帰る途中で……偶然」


 俺の記憶から食い意地のはった赤い髪が思い起こされた。


「ドルカはカナメが捕まったこと知っているのか?」


「……知ってる」


 これは希望だ。キールとドルカが俺たちを探している。ならば俺たちの最適解は待つことだ。そしてその間イーティングから生き延びることが重要だ。


「……よし、助けを待とう」


「それで……平気なの?」


「平気にするんだ。俺が時間を稼ぐ」


「何を……する気……?」


 カナメは首を傾げた。対して首を縦に振る。俺がやるべきことは時間稼ぎだ。そして時間稼ぎには会話が一番だと考える。だったら俺が適任だ。


「言葉を扱うお仕事の本領発揮だ。イーティングとの会話を引き伸ばす!」






 


 

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