第43話 帰還のうた
先ほどの盛り上がりが嘘であるかのように聴衆が散り散りになっていく。しかしこんなものは路上でパフォーマンスを行う者にとっては慣れっこだ。
ベルもまた路上でパフォーマンスを行う者。劇の終了と共にお金を渡していなくなる人々を何事もなく見つめていた。しかししばらくすると俺の方にツカツカと近づいて来た。
「で?一体君は誰だ?」
至極当然の疑問である。乱入させてもらったのだからこのくらいの質問は許容して然るべきだろう。
「俺はトルバトル。詩人をやってる」
「そうか。俺はベル。見ての通り人形使いだ」
俺は彼に手を差し出した。
「ベル、すごいな君は」
彼は少し眉を吊り上げ、俺の顔をキョトンと見つめていた。しかし直ぐにその顔には笑顔の色が見えた。
「お前こそな。トルバトル」
そう言いつつベルは俺の手をガッチリと掴んだ。大きな手だ。その手で万力のように強く、俺の手を握っている。
重い人形を細かく動かすのだから相当の力が要るのだろう。彼の手から伸びる腕は俺の腕と比べてかなり太く、柱のようだ。
俺たちは手をお互いに離すと、役所前の階段の端に腰掛けた。俺には文化面でここの人間と繋がりを持つという目的がある。しかしそれだけでなく、個人的に彼に興味があるのだ。
二人で階段の腰掛け、道行く人を眺めながら俺は尋ねた。
「ベルがパフォーマンスしている時に後ろにあった背景は何なの?紙になんか写してるみたいだったけど」
「アレは魔法道具の一種だ。まるで景色を切り取ったように紙にそのまま映し出せる」
そんな代物を俺は聞いたことがなかった。たしかに綺麗な景色を背景としてパフォーマンスができれば、人形劇がより一層魅力的なものになるだろう。
「すごいな……パフォーマンスを工夫してるんだな」
自分のパフォーマンスは師匠からの受け売りの技術を使っているだけだ。ベルのような工夫を組み込むのは課題だ。
そんなふうに反省している俺のことも知らず、ベルは思い出したように口を開いた。
「トルバトルも工夫しているじゃないか」
「俺が?」
「その銀色のチョーカー、魔法道具だろ。拡声と声色を綺麗にする効果……があるっぽいし」
ベルには驚かされっぱなしである。たった一度の共演でチョーカーの魔法を看破されるとは思ってもみなかった。
「このチョーカーは上司に貰ったんだ。自分の工夫とは言えないかな」
「詩人の上司……?トルバトルはどっかに仕えているのか?」
俺は言うべきか逡巡した。ネスト様は他の領主たちと対立している。つまりここは敵地である。だが、敵地との文化的な繋がりを作っておくという明確な目的がある以上、こちらの身分も明かす必要がある。そう思い直して俺は口を開く。
「ローク領のネスト様って人だ」
「えぇ?!今ここの領主と対立してんじゃん!」
ベルは俺のことを心配そうに見つめていた。
「トルバトル……こんな所にいて良いのか?」
「戦いが起こりそうだからココに来たんだ」
彼は首を傾げた。彼の疑問はもっともだろう。芸術関係の人間は戦いにおいてできることは少ないだろう。だから敵地にわざわざ赴く必要はないし、そもそも推奨されることではない。
しかし繋がりがなければ戦いの後に仲直りができなくなってしまう。そのために文化的な繋がりを作るのだ。俺は心配そうな彼と目線をぶつけた。
「俺は芸術や文化の繋がりは戦いの後に仲直りするために役立つと思ってる。それが詩人の俺が戦いにおいてできる唯一のことだ」
「なるほど……つまりはこの街の芸術関係の奴と繋がりを作っておきたかったのか」
ベルは目線を切って顎に手を当てた。
「ベル。芸術や文化に境界はいらないと思うんだ。戦いが終わった後も一緒にパフォーマンスしてくれないか?それだけでいいんだ」
「……わかった。トルバトルの意見はもっともだ。仲直りができるに越したことはないと思う。違う領地に住む俺たちがまたパフォーマンスできれば領地間のわだかまりも解けるかもな」
彼は歯を見せて笑った。俺たちの考えは多分政治的な観点から見れば蜂蜜に砂糖をかけたものより甘い。しかしそれでいいのだ。未来を託せる下地が必要なのだ。
繋がりができれば俺はこの領地にあまり長く居ることはできない。俺は腰掛けていた石段から立ち上がった。視点が高くなり、数段高い位置からこの通りがよく見えた。戦の前なんて言われても信じられないほど笑顔に満ちている。二つの街がまた笑えるような仕掛けは整った。あとは帰るだけだ。
「ありがとうベル。また一緒にパフォーマンスしようぜ」
「ああ、楽しみにしてるよ」
俺は一人の人形使いへと手を振った。彼もまた振り返す。
おそらく俺は今日確実な繋がりを作ることができた。戦が終わった後の仲直りが文化的な側面から始めることができるのは間違いない。ネスト様へのいい土産ができた。そう思うと笑み。抑える術がなかった。
来た道を引き返していく。道中ちらほらと武装した兵士らしき人々が見えた。戦の足音が聞こえてきそうだ。たしかにこうしている間にも着々と開戦が近づいてきているのだ。
「トルバトル……目標達成……できた?」
戦の気配に少しナーバスになっていたので、隣に小柄な少女が歩いていたのに全く気づかなかった。どうやら彼女も目標を達成し、帰還するところのようだ。
「ああ、友達ができたよ。カナメは?」
「画家の子……友達になった……」
「よし。俺たちにできるのはここまでだな。さっさと帰ろう!」
カナメも俺も目標を達成した。これは喜ばしい。
馬なし馬車に乗ってネスト様の領地へ帰る道中、俺たちは完全に気が抜けていた。俺がガタガタ揺れる馬車の中でぼーっと天井を見つめていると、肩に重みを感じた。カナメが俺に頭を預けて眠っていたのだ。
彼女の寝顔を見ているとこちらまで眠くなってくる。特段運動をしたわけではないが、気持ち的にはかなり疲れた。文化的なつながりの構築という超重要ミッションを経たのだから当然だ。俺も流れに身を任せる感じでそのまま目を瞑った。
次に目を開いた時には窓の外に見慣れた景色が見えた。ネスト様の館の前だった。
「おい、カナメ!着いたぞ、起きろ!」
「……あとちょっと……寝かせて」
「それはベッドの上とかで言うんだよ!」
俺はカナメを半ば強引に馬車から引きずり出した。馬なし馬車は次々に客を乗せるために各地を巡っているのだ。だから俺たちは次の客と馬なし馬車のために早々に降りなければならない。
馬車から降りてなおカナメは眠そうだった。彼女はシーソーのように左右にグラグラと頭を揺らしている。彼女はどんな友人を作ったのだろうか、そこまでハードだったのだろうか。そんな疑問が浮かぶのも仕方がない彼女の様子である。
酔っ払った人よようにふらふらとした足取りのカナメと共に館に入る。すると玄関近くにいた使用人達が口々に「おかえりなさい」の言葉をかけてくれた。最近俺も認められてきているのだろう。皆の目がルーキーを見る目ではなくなつてきている。それは素直に嬉しかった。
バール領の文化人と繋がりを作れたことをネスト様に報告するべく、俺たちはネスト様の部屋の扉を叩いた。
「入ってくれ」
「失礼します」
俺はカナメと共にネスト様の部屋へと入ると背筋を伸ばし、切り出した。
「俺とカナメで二人の文化人と繋がりを作ることができました!」
それを聞いたネスト様は笑顔の花が開いた。目を輝かせて椅子から立ち上がった。
「よくやった!戦の後の関係改善のとっかかりになるぞ!ありがとう、トルバトル、カナメ!」
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