第41話 できることのうた
他の領主様たちがいなくなった会議室にネスト様と俺とカナメは残っていた。ネスト様はしばらく無言を貫いていた。俺とカナメは時折目線を合わせたが、それはネスト様に対する不満ではない。使える主君を決めた以上、腹は決まっている。
「さてトルバトル。司会ご苦労様」
「はい。とても緊張しました」
「その割には上手くできてたじゃないか」
ネスト様は徐に立ち上がると指をパチンと鳴らした。すると部屋の中を風が吹き抜けた。
「この部屋には魔法がかかっていたんだ。政治の透明性を保つためにね」
どんな魔法なんですか、なんて聞かなくてもわかる気がした。まず催眠などは論外だ。ネスト様はフラットな話し合いを望んでいるからである。また、攻撃魔法も違う。基本的にネスト様は平和主義だ。
どんな魔法が部屋にかけられているのか。それは現時点で欠けているものを補うためのものだ。
「どんな魔法かは分かります。今のネスト様に必要な物を掴むための魔法です」
「聡いね」
「独立を決めたネスト様に必要なのは民衆の同意ですよね。それを得るためにこの部屋にかけていた魔法は拡声魔法。街へとこの会議の内容を伝えるもの」
「正解。じゃあもう一つ答え合わせをしようか」
ネスト様は会議室の窓を開け放った。途端に大歓声が聞こえてきた。俺たちが驚いて会議室の外を見ると、眼下には多くの民衆が集まっていた。
「ネスト様ー!ついていくぜー!」
「いよいよ独立だ!」
ネスト様は眼下へと手を振った。そして窓を閉めるとホッとしたように胸を撫で下ろした。
「やれやれ、これで大反対だったらどうしようかと思ったよ」
「でも一年前の領地投票でローク領の独立を望む声が多かったのですよね?」
俺もこの街について勉強しているのだ。ネスト様が感心したように声を漏らした。
「切れる詩人になったものだ。思えば司会も詩人としての言葉のスキルが感じられたよ。角を立てないようにしながら、さりげなくこちらの俺の味方をしてくれたね」
ネスト様にはバレていたようだ。そうなると他の領主様にもバレていた可能性があるが、ネスト様の衝撃発言のおかげで俺の方には注意が向かなかった。
ネスト様は続けてカナメに目線を向けた。
「カナメの作った居住区が会議をうまく転がすのに役立った。ありがとう」
「私は……出来ること……やっただけ……です」
カナメの滑らかな言葉遣いが聞けるのは公的な場だけらしい。他の領主様たちが帰った今となってはいつもの口調だ。
館へと戻ると、裏庭から声が聞こえてきた。太い声だ。木剣を打ち合う音も聞こえて来る。おそらくゲイルさんとキールが訓練をしているのだろう。
ネスト様はゲイルさんに事のあらましを報告して来ると言って裏庭の方へと去った。しかし街に会議の内容は知れ渡っているので細かい内容のすり合わせ程度になるだろう。
残された俺とカナメは庭の花を見ながらゆっくりと歩いた。
「ゲイルさんとキールは予測してるっぽいな」
今日の俺はなんだか頭が冴えている気がする。俺はなぜゲイルさんがこんな時間に訓練を始めたのか見当がついた。
一方でカナメは首を傾げた。
「なんで……ゲイルさんたち……今から……訓練してるの?」
「会議で聞いたことから推測するに多分他の領主様たちが派兵して来るからだよ」
カナメは眉を吊り上げた。そして顎に手を当てて考え始めた。
「ローク領の……独立を……許したくないから?」
「そうだと思う。聞いた通りゲイルさんが兵器みたいな扱い受けて、がんじがらめにされてる。それにグリンの街は魔法道具を大量に他へと輸送してる。他の領主様たちにとってローク領は多分……」
「相当に……便利……仲間である限り」
「多分そうだ」
魔法都市であるグリンを擁するネスト様の領地は他から相当にこき使われている。兵器並みの力を持つゲイルさんがいる事もそれに拍車を欠けている。つまり他の領主様たちからすればネスト様は同じ陣営でいて欲しいのだ。
ここまで考えて俺の頭は沸騰しそうだった。そろそろ思考の限界だ。論理的に考えるのは言葉を扱う仕事上慣れてはいるが、あんまり難しいことを長くは考えられない。そもそも俺の仕事は詩人である。ここからは家令などの専門の人々に任せよう。
俺はその夜、風呂に浸かりながら一日のことを振り返った。たった一日でかなりのものが変わってしまった。ここが国として独立する。そう考えると怖くもあり、興味深くもあった。派兵を乗り切ればこのままネスト様の領地は独立を果たす。しかし一つ心に引っかかっていた。
「うーん……なんかなぁ……」
「どうしたトルバトル」
キールの声が聞こえてきた。もちろん同じ浴場にいるわけではない。壁を挟んで向こう側の風呂に彼女も浸かっていると言うことだろう。俺は突然の声かけに内心驚いたが、少しずつ言葉を発した。誰かにこの気持ちを話しておきたいのだ。
「キール……なんか俺の出来ることか無くなりそうなんだ」
「詩人の出番は多いぞ。これからいくつもパーティーはあるだろう」
「違うんだ。派兵されるってことは戦いになるってことだ。キールにはやれることがある。力があるから。でも俺は?戦いの時に詩人は何ができるんだ?」
芸術は平和な時に楽しまれるものだというのが俺の持論である。戦になれば芸術は奪取の対象、戦利品となる。芸術を生業とする人々は戦える者は少ない。戦の最中では見て見ぬ振りをされ、戦が終われば戦利品。戦において詩人の俺は無力な気がしてしまうのだ。
「私は詩人の選択肢は多いと思うがな」
「え?」
「私の知る詩人は人を集めたり、人の心を動かしたり、魔獣の接近を止めたり出来る。詩人はいろんなことが出来る」
壁の向こうにいる少女にとって俺はそんなふうに見えていたのか。いろんなことが出来る。その評価は素直に嬉しい。俺に出来ること、それを考えた。
「……戦いの中で俺出来ること……分かった気がする。ありがとうキール」
「力になれたのなら良かったよ。のぼせる前にさっさと出たほうがいいぞ」
壁の向こうからザバっとキールが湯から出る音が聞こえてきた。俺はもう少し湯の中で自分の考えをまとめておきたかった。
結果としてキールの忠告があったのにも関わらず俺はのぼせてしまった。しかし考えがまとまったのでプラマイゼロである。
俺は服を着て浴場の着替え場から出たその足でネスト様の自室に向かった。
やはりネスト様の自室の前に来ると緊張してしまう。俺は少し深呼吸してからドアを叩いた。
「どうぞ」
「失礼します」
ドアが開けるとそこには相変わらず乱雑に羊皮紙が何ロールも散らばっていた。ネスト様は床に座り込むようにしていくつもの羊皮紙に書かれた文章を読んでいた。
「ネスト様。お願いがあります」
俺がそう切り出すとネスト様は羊皮紙から目を離し、こちらに視線を向けた。彼の目を丸くして首を傾げる。
「お願い?珍しいな。言ってごらん」
「他の領地の芸術関係の人間と繋がりを作りたいと考えています。なので……俺に他の領地に向かう許可をください」
「……目的はなんだい?」
「戦いは領地間のヒビを大きくしてしまうかもしれません。でもそんな時文化面で繋がりがあればまた仲良く出来るかもしれません」
「なるほど。ローク領と他の領地において文化や芸術で結びつきを強めておけば戦いの後も完全に隔絶されることはないというわけか」
詩人にやれることはこれしかないと考えた。つまりは戦いの後の仲直りのために俺が文化面の繋がりを作っておくのだ。しかしこれには大きな危険を伴う。無論それはネスト様もわかっている。だから彼は顎に手を当ててしばらく考え込んだ。
「トルバトル。同じ国の中とは言え、今の他の領地は敵だ。危ないぞ」
「覚悟の上です。芸術は人と人とをつなぐ橋になります。戦の後にまた手を取り合うために俺は他の領地の芸術家と繋がりを持っておきたいんです」
「……君の覚悟は分かった。許可しよう。ただ一つ命令を下す。絶対に帰ってこい。危ない目に合いそうならすぐに逃げろ」
「わかりました!ありがとうございます!」
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