第40話 衝撃のうた

 他の領主たちからの目線が痛かった。俺が詩人であることとカナメが庭師であることは他の領主にバレている。つまりネスト様がここに政治系の部下を連れてきていないことがバレているのだ。


 棘のような目線の中、俺は各領主を紹介してゆく。ローク領から始まりバール領で終わる紹介を完遂すると俺は今日の議題を発表した。


「今日の議題はローク領における魔獣の受け入れについてです」


「ハッ。議題と言ったが……今回は完全にローク領主殿を責める場だ。これは会議の形をした非難の場であろう!」


「その通り……魔獣を市民として受け入れるなど有り得ない。危険だ。ローク領主殿は何をお考えか!」


 俺はパニックになりそうだった。バール領主様の言うとおりだ。これは会議の形をした非難の場だ。しかし俺は慌てない。小さく深呼吸をすると感情を表に出さずに発言する。


「意見をありがとうございます。バール領主様、コース領主様。ローク領主様、お考えをお聞かせください」


 ローク領主のネスト様はしばらく何も言わなかった。目を瞑り、顎に手を当てて動かなかった。寝ているわけではないのはこの場にいる誰もがわかっていた。数秒後目を開けたネスト様は口を開く。


「魔獣とは話が通じるのは賢い皆様ならご存知のはずだ。ならば魔獣を受け入れることの何が問題なのだろうか。人間五百人ほど受け入れるのとなんら変わりはない」


「詭弁だなローク領主殿。意思があるからこそ、言葉が通じるからこそ住み分けが必要なのだ。魔獣には魔獣の生息すべき場所があり、それは人間の住む場所ではない!そもそも危険だ」


 バール領主様は唾を散らして半ば叫ぶように言った。彼の言うことは一理ある。コミュニケーションができるからこそある程度住み分けができているのだ。そしてそこから人間と魔獣が交わって住むべきではないという意見が発生するのも頷けなくはない。


「危険だから住み分けが必要……だから受け入れるのはおかしい、と言うお考えですね?バール領主様」


「そのとおりだ!」


「ではローク領主様、何かありますでしょうか」


 ネスト様がここで何も言うことができなければ己の非を認めることになってしまう。俺は固唾を呑んでネスト様を見守る。司会という立場上、これしかできないのだ。


「住み分けならできている」


「何ぃ?そんな訳あるか!ローク領に受け入れたというのなら人間と交わっているのは必然ではないか!人間に危険が及ぶぞ!」


「ウチの領地に私有の広大な森がある。そこを一部切り拓いて居住区を作った。そこに魔獣が住んでいる。そのため住み分けは出来ており、人間の市民に危険が及ぶことはない。そもそも魔獣の首魁とは話が付いている」


「フン。ローク領主殿。そなたはおかしな発言を二つほどしているぞ!虚偽の発言ではないか?何を隠そうとしている!」


 ネスト様は眉を釣り上げた。


「おかしな発言?二つ?」


「まずローク領主殿は一週間前に魔獣を引き入れたと聞いている!その間に魔獣五百体分の居住区が用意できると思っているのか?まともに人を雇わず選り好みする其方が!」


「居住区は一晩で一人が作った」


「……は?」


 これは話が混乱しそうだが俺はあえてここで沈黙を貫いた。まだ領主様たちの間に会話があるはずだ。


「ここにいるカナメが一人で一晩かけて魔獣の居住区を作った」


 ネスト様は視線を動かさず、言葉だけで自分の元にカナメを呼んだ。カナメは慣れたような動きでネスト様の元へとやって来る。


「ご紹介に預かりました。ローク領ネスト様の使用人、庭師のカナメでございます」


 いつもより滑らかに発言をするカナメ。カナメはスカートを摘んで沈み込むような動きをしながら頭を下げた。こう見ると一つ下のカナメが立派な淑女に思える。「切るのが好き」だとか危なっかしい発言をする娘には見えない。


 ここで俺はネスト様にアイコンタクトをされたのに気づいた。俺はハッとした。ネスト様の立場を良くする絶好のチャンスだ。


「司会の立場で出過ぎた発言をお許しください領主様方」


 俺は手を挙げたが、領主様たちは何も言わなかった。これはOKということだろう。


「庭師カナメが一晩で作りあげた魔獣の居住区の存在はネスト様の私兵キール、リュート弾きベルアが証言できます」


 こういう時は身内を呼び捨てにするのだ。そうネスト様に習った。また、ドルカの名前を出すのも良くない。振る舞いは問題があるがドルカは立派な諜報部隊なのだから。諜報部隊の情報をペラペラと喋るわけにはいかない。


 俺の発言が決め手となったらしく、魔獣の住み分け問題は片付いたようだ。


 バール領主様は少しの間口をパクパクさせていたが、すぐに威勢を取り戻した。


「ふ、フン!たしかにローク領主殿は非常に優秀な庭師をお持ちだったな。以前パーティーの時に紹介された娘であろう」


「そうだ」


「だがもう一つ其方のおかしな発言があるぞ!魔獣の首魁と話をつけたと言ったな!たしかに首魁と話をつければ人間に襲いかかる危険性もない。住み分けができるだろう……しかしどうやってあのリーブスと話をつけたというのかね?」


 俺は正直驚いた。魔獣のリーダーであるリーブスの存在をバール領主様が知っているとは思わなかった。彼も優秀な諜報部隊を持っているらしい。しかしリーブスと話をつけたのは事実である。これを俺が言うのは簡単だが、これ以上の発言は司会の立場から逸脱してしまう。ネスト様を信じるしかあるまい。


「たしかに俺たちはリーブスと話をつけた。強力な魔獣だったよ。地面を裂く爪、強靭な四肢……だがバール領主殿はうちの部下をお忘れのようだ」


「ま、まさかゲイルを動かしたのか⁈其方の館の外において……奴の抜刀は三人以上の領主の同意がないと禁止されているだろう!」


 ゲイルさんが可哀想だ。そんなにがんじがらめだったのか。たしかに言われてみるとゲイルさんが外に行く時は絶対に木剣を持っている。裏を返せばそれで十分だということにもなる。


「ゲイルは動かしていない。だが彼は弟子を取ったんだ」


 涼しい顔をして語るネスト様。対してバール領主様の額から汗が流れた。他の領主様たちも険しい顔だ。俺はだんだんとゲイルさんに同情の念が湧いてきた。なぜ攻城兵器のような扱いなのだろう。


「キールは非常に優秀な剣士だ。彼女がリーブスを退けた。必要とあらばキール、リーブスをここに呼び、証言させよう」


「ゲイルの弟子と魔獣リーブスだと⁈やめろ!呼ぶな!危ない!!」


 バール領主様から今日一番の大声が発せられる。彼の発言は俺としてもあまり気持ち良いものではない。友達を危ない奴扱いされているのだ。しかし俺は気持ちを押し込めた。


 俺は話を整理すべく口を開いた。


「バール領主様は魔獣と人間の住み分け問題を持ち出された。ローク領主様はそれに合理的な説明を付したと考えられます」


「ふっ、ふざけるな!例え安全でも!人間を襲わなくても!魔獣を市民として迎え入れるのは許されん!」


 バール領主様は一手を打ち間違えたようだ。彼もそれに気づき慌てて弁解しようとするが遅かった。


「領主が協力し合って運営していくこの国におけるルールをお忘れか。いかなる差別も許さない……と」


「ま、魔獣にそんなものが適用されると⁈き、詭弁だ!」


「どうやら根本的に考え方が違うようだな。バール領主殿。我々は袂を分かつ必要がありそうだ」

 

 会議室が騒然となった。袂を分かつ、そうネスト様は言ったのだ。それが意味することはただ一つ。


「考え方が違う者が一緒にいる必要はない……そう……住み分けが大事……なんだろう?」


「ま、待てローク領主殿!本気で言っているのか!!」


「俺は冗談で物事を決めたりしない。カナメ、トルバトル、異論はあるか?」


「ネスト様が決めたことならば従います」


 俺もカナメに続く。


「俺もです」


 ネスト様はニヤリと笑う。

 そして勢いよく立ち上がった。弾みで椅子が後ろの壁に衝突し、大きな音を立てた。まるでこの場の衝撃を表すかのように。


「ローク領主ネスト……ローク領の独立をここに宣言する」


 

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