第23話 捕獲のうた
俺の言葉で火がついたのかフードは杖を振るスピードが上昇した。杖が振られるたびに放たれた魔法が矢の如くこちらへと曲線を描いた。
俺は慌ててその場から弾かれるように駆け出す。このまま止まっていたら全身ボロボロになってしまう。それは遠慮しておきたいし、ネスト様の館を守るということもできなくなってしまう。
放たれ続ける魔法の数々に俺は完全に翻弄されていた。赤い閃光を視認したと思えば俺の真横の地面が焦げ、青い閃光が迸ったと思うと、真後ろの館の壁が凍りついた。しかしここで弱みを見せて仕舞えば相手をつけ上がらせるだけだ。俺は勇気を振り絞って叫んだ。
「おいフード野郎!一発も当たってないぞ!お前の杖はおもちゃか?!」
「いちいち一言多いんだよ貴様ァ!!」
俺が一言多いのは知っている。人を煽るのが得意なことも自認しているつもりだ。それらは俺の悪いところでもある。しかし相手をイラつかせるのに一役勝っているのならまぁ、いいだろう。
激昂した相手は杖を振る速度を一層早めた。魔法の打ち出される速度は上がったが、その代償に精細さは失われていた。
これはチャンスだ。相手はイラついていてこちらは冷静。たとえ相手が暴漢でも猛虎でも正気を保っていないのならなんとかなる。
俺は魔法を掻い潜りつつ魔法詩を紡ぎ始めた。
「竜巻ねじれ 肉に宿り
疾風駆けり 骨に宿る
草原薙いだ その風に
身を任せて 駆け抜ける」
これは自身にかけるタイプの魔法詩だ。ここ一週間、アクアサークルの練習だけしていたわけではない。攻撃魔法が使えなくとも、ネスト様の戦力になるべく魔法詩の開発に注力していたのだ。
魔法詩の効果で足を動かす速度が上がった。まるで自分の足ではないみたいだ。馬車の窓枠から顔を覗かせた時のような爽快感が肌を撫でた。
もうすでに相手の魔法攻撃など俺の遥か後方を撃っていた。速い、とにかく俺は速い。俺はクルッと角度を変えて相手への突撃を開始する。無論相手に向かっていくにつれて魔法攻撃を回避するのも容易ではなくなっていく。何度も何度も俺の体を魔法が掠めた。痛い、熱い、冷たい、ピリピリする。さまざまな効果の魔法をかすめながら俺はいよいよ相手の懐へと潜り込んだ。
「チッ……これならどうだ!」
フードの怪盗は虎の子であるナイフを抜いた。おおよそ俺が魔法詩しか使えないと思っているのだろう。だから間合いが近づいた今、魔法の詩を紡ぐ時間がないと思ったのだ。だがそれは完全な誤解である。俺は通常魔法の練習も欠かしていないのだ。ネスト様の恩義に報いるために、そして詩人として活躍するために、俺はやれることは全てやるのだ。
「アクアサークル!」
水の歯車が俺の手のひらで唸る。何倍もの速度で回る水車のような音を立てる刃だ。
俺は魔法の練習をする上でわかったことがある。魔法詩と通常魔法の違いだ。通常魔法は言葉を必要としない分早く発動することができる。では魔法詩のメリットは何か。それは魔法の効能が高くなることだ。考えてみれば当然だ。魔法を丁寧に言葉にしているのだから。俺はこのことから急を要する場合は通常魔法、余裕がある時は魔法詩と一応決めておいた。そして通常魔法は早い分俺の場合まだまだ威力が足りない。だがそれを補ってあまりある早いというメリットがある。
アクアサークルとナイフが使用面からぶつかった。キャリキャリという耳をふざきたくなるような音を立ててアクアサークルはナイフを着実に削っていった。
怪盗の視線が驚愕の視線になったのを俺は見逃さない。相手のナイフを持つ腕を掴む。そして思い切り引く。それと同時に相手の足を自分の足で引っ掛けた。
驚くほど相手は軽かった。ふわりと浮き上がるように宙に投げ出された体は大きな音を立てて背中に土をつけることになった。倒れた相手からナイフを取り上げて俺はフードを押さえ込む。
「はぁ……はぁ……手こずらせやがって!」
「くそっ、離せ人間如きが!」
こいつ軽くて小柄なのに思いの外力が強いぞ?!
俺は必死にバタバタと暴れるフードを一層強く押さえ込む。側から見ると二人で戯れあっているように見えるかもしれないがこっちは必死である。
もつれ合っているうちに顔を覆うフードがはだける。フードの下から現れた顔には憤怒という言葉がよく似合っていた。目は大きく見開かれ、牙のような歯をぎらつかせてこちらを睨んでいた。この怪盗の赤い髪は俺が押さえ込もうとするたびに揺れる。
激しく抵抗する怪盗だったが、ある時を境に先程までの威勢が嘘のように失われていった。
「はぁ……はぁ……くそっ……力が……抜け……て……」
「な、何だ?」
「は……は…………」
「なんて?」
「腹が減った……」
そういうと赤髪の怪盗は地面に頭突きするようにガクリと項垂れ、動かなくなった。無事ではあるようだが、この怪盗の頬は少しこけている。本当に食料をギリギリの状態で求めていたことがわかった。
俺は正直この怪盗に少しだけ同情の余地があると思っている。東の地の寒冷化により食べ物がなくなり、こちらに流れてきたのなら尚更だ。しかし正当な手続きなしで食料をよこせというのもいただけない。だから俺はこうして怪盗を押さえていたのだ。
「気を失うほど腹減ってたのか……」
俺が怪盗の側から離れると、怪盗は寝息を立て始めているのに気づいた。
「そちらも終わったか」
キールが視界の端に現れた。地面に座っている俺が彼女を見上げる。彼女は紐を何やら握っていた。何の紐であろうか。そう思って紐が伸びる方向に目線を送ると驚愕の光景が飛び込んでくる。
「おわぁぁっっ!シグレトリ!」
シグレトリはしょんぼりと落ち込んでいるように見えた。クチバシに紐をつけられてキールに引かれている。キールに恐怖のこもった視線を向けつつ、大人しくしていた。
「キール……どうやってこんなに大人しくさせたんだ?」
「ゲイルさんに習った恐怖の刃という技だ」
「恐怖の刃?キールは元々恐怖の……」
おっと。このまま「恐怖の目つきを持っているだろう」なんてことを口走ったら俺は切られていただろう。
キールはこちらにジトッとした目線を送ってきたが、俺は無視して話を進めることにした。
「で?恐怖の刃というのは?」
「相手の攻撃を悉く撃ち落とすだけで何ももしないんだ。それが相手には恐怖に映る。私にはいつでもお前を狩ることができるんだ、というメッセージになるんだ」
というとキールは魔獣であるシグレトリの攻撃を悉く撃ち落として見せたらしい。記憶によればシグレトリは出現すれば、その街は放棄せざるを得なくなるレベルの魔獣だったはずだ。
それを抑え込んだのだからキールの技量の高さが読み取れる。
「そうか……じゃあ、とりあえずここの防衛は完了だな」
俺は息を切らしながら立ち上がり、キールに拳を突き出した。ここはカッコよく互いの健闘を称え合ってもいいはずだ。しかしキールの応えは俺の予想と全く違っていた。俺の頭を小突いたのである。
「まだだ。報告にあった怪盗は五人、まだ一人しかとらえていないぞ」
俺はハッとさせられた。まだこれは序章に過ぎないのだ。
俺たちは館の中で怪盗を相手取っているであろうカナメたちの元へと向かった。
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