第22話 怪盗のうた その2

 小柄なフードの怪盗は仲間の怪盗の元まで下がると肩で息をし始めた。もう一人の怪盗は小柄な方を気遣っているようだ。

 俺は正直言って驚いた。キールがここまで強く頼りになるとは思ってもみなかった。相手のナイフの扱いは達人級であろう。その証拠にナイフを振る手も、ナイフ自体も全く見えなかった。しかしキールは未来を予測していたかのようにナイフを全てはたき落としてみせた。俺は防衛中だというのに感動していた。


「すごいなキール!これなら……」


「油断……だめ……まだ相手は……諦めてない」


 カナメの最もすぎる正論に俺は思わずウッとなった。


「そ、そうだな。まだ相手は……」


 俺はここでおかしなことに気づいた。怪盗が一人いないのである。小柄な方のフードは変わらず俺たちの正面にいるが、もう一人の長身のほうが視界からいなくなっていたのだ。


「どこだ!?」


 窓が割れる音がした。破片が降り注ぐ。俺がを見上げると窓からいつのまにか長身のフードの男が館に侵入していた。


「なっ!?いつのまに!」


「私が……行く」


 ふと告げられたその言葉。隣の小柄な黒髪の少女のものである。


「カナメ!でも一人じゃ……」


「いいから……そのちっちゃい方の相手……しといて」


 カナメはそういう時重力を感じさせないようなジャンプ力で二階の窓へと飛び上がった。それを見て俺は目を見開いた。重そうなハサミを持って二階まで飛び上がるとはカナメもなかなか侮れないものだ。彼女はこちらを一瞥すると館の窓から侵入した怪盗を追った。


「……中に行ったのはカナメに任せよう。俺たちはこのちっちゃい方の相手だ!」


「ちっちゃいとは失礼な。そっちだってデカくは無いだろ」


 たしかに俺とキールは体格に恵まれた方では無い。だけど相手のほうが小さいのだから問題はないだろう。それを言葉にしてしまうと相手の激昂を招きかねないのでやめておいた。俺たちはただこの相手を捕らえればいいだけなのだ。怒らせて両者満身創痍なんて結果は望んではいない。


 できれば安全に無傷で相手を捕らえたいが、そんなことを言ってられるほど余裕はなかった。相手の小柄なフードがイラついているのがよくわかった。ここからもっと攻撃が苛烈なものになるだろう。


 それはこちらとしては面白くない。だから俺は先手を打つことにした。


「根源の一滴   敵を討ち

 一石投じる   雫の意思

 一滴渦巻き   崩し断つ!」


 手のひら辺りに形成されたグルグルと回転する水の刃が形成される。攻撃のための水魔法であるアクアサークルである。程よい威力があるので相手を捕らえるのには最適だ。と言っても今の俺がまともに攻撃に使えるのはアクアサークルのみなのだ。それを悟らせないように俺は偉大な魔法使いのように大袈裟な身振りをして水の刃を相手に投げつけた。


 その速度は猛禽類の如し。狙った相手は逃さない。風を切って進む水の刃は的確に小柄なフードの胴あたりに向かっていった。


「行っけぇ!」


 こんな言葉を叫んでいたら偉大な魔法使い感が薄れてしまうが、俺は構わず叫んだ。


 フードはナイフを縦に構えて水の刃を迎え撃った。滝壺のような音とナイフの金属音が重なり合う。耳を塞ぎたくなるような音だ。フードはアクアサークルの威力に顔を顰めていた。


 それもそのはず俺はここ一週間威力を高めることに特化した鍛錬を積んでいたのだ。たった一週間では付け焼き刃かもしれないが、以前よりも威力は確実に上がっていた。何せ俺は詩作と風呂と食事以外の時間を全て訓練に注ぎ込んでいたのだ。訓練場の的はすでに粉々である。もちろん全てが的に当たっていたわけではなく、訓練場を荒らしてしまったのも事実だ。荒れた訓練場を見た庭師のカナメが俺に放ってきた膝蹴りはまだ痛みが残っている。


 だがその成果はここで十分に発揮されることとなった。岩が砕けるような音を立ててフードのナイフが砕けちったのである。鉄の破片と化したナイフを見てフードは目を見開いた。それと同時にガードを貫通してきたアクアサークルを体を逸らすことで間一髪かわす。


「よっし!これで獲物は後一本だ!観念しろ!」


「フン、それでも貴様を倒すことなど容易い」


 フードはあいも変わらず尊大なセリフを吐いた。俺はそれを聞いて逆に不安になった。自分が詩人であり、戦闘に向いていないというのもある。しかしそれよりもフードの余裕が気になったのだ。何かとてつもない隠し武器を持っているかのように感じられたのだ。


 そしてその予感は的中することになる。

 徐にフードがナイフを懐にしまうと、今度は杖を取り出したのだ。十中八九魔法を使う気だ。キールはそれを見て地を蹴った。近接戦闘を主とするキールにとって遠距離から放たれる魔法は脅威なのである。


「させないっ!」


「遅いんだよ!!」


 フードが杖を空に振り抜いたと同時に空中に輝く煙でできた円環が描かれた。その円環は徐々に縁の面積が空間を侵食するように増えてく。そして円盤のようになるや否や鳥の頭のようなものがそこから現れた。


「キール、逃げろ!!召喚魔法だ!」


 俺はこの魔法をベルアさんからもらった魔法の本で読んだことがあった。強力な魔獣を魔法によって呼び出すというものだ。


 キールは急ブレーキをかけると、後ろ向きに跳ねるように俺の隣まで戻ってきた。


「召喚魔法だと……何が出てくるかわかるか?トルバトル」


「多分アレは……魔獣シグレトリ」


 魔獣シグレトリは鉄塊のような光沢を放つくちばしをカチカチと鳴らしていた。そして輝く煙の円盤より徐々に体を見せ始めていた。


 大通りの横幅ほどの幅を持つ翼を広げるとシグレトリは耳をつんざく咆哮を放った。その音の大きさと言ったら少しでも気を抜けば意識を持っていかれそうなほどだった。

 

「シグレトリ!奴らを貫け!!!!」 


 フードは勝ち誇ったような表情を見せてシグレトリに命じた。


 シグレトリは翼を広げる。そうすると雫のようなものが翼からいくつも滲み出してきた。それはだんだんと鋭さを帯びていき、槍を形成した。


 ボウガンのような音と共に放たれた水の槍は視界を覆い尽くすほどであった。これは無理だろ……と呟きたくなるほどの数の多さだ。

 俺は思わず目を瞑ってしまった。


「敵前にて目を瞑るとは戦士としてまだまだだな、トルバトル」


 そんな声が聞こえてくる。再び目を開けるとシグレトリの放ったはずの水の槍は一本たりとも見当たらなかった。その代わりに地面にいくつもの水溜りができており、光を反射していた。


「は、弾いたのかよ!?全部?!」


 信じられなかった。キールは数えるのも馬鹿らしくなるほどの水の槍を全て弾いたというのか。


 キールはニコリと笑うと剣を構えた。


「相手にとって不足なし……シグレトリよ。ネスト様の私兵が一人、キールが相手だ!」


 そういうとキールはシグレトリへと猛虎のような勢いで突進していった。ならば俺のやるべきことはただ一つ、残るフードを相手取ることだ。


「おい、ちっちゃいフード野郎!お前は俺が相手だ!」


「……本当にボクをイラつかせるのが上手いな……消し炭にしてやるよ」


 


 

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