第19話 静止のうた

 夜になっても響いてくる木剣の音のせいで俺は寝られなかった。今日の仕事は全て終え、後は寝るだけなのだが、その寝るという行為がままならないほどキールとゲイルさんの響かせる戦いの音は大きかった。


 この調子では隣の部屋のカナメも寝られていないだろう。無理やり眠ろうと目を瞑ってみる。しかし俺が眠りに落ちることはなかった。それどころかかえって目が冴えてしまう。どうしたものか。


 俺はベットから離れて、部屋のドアに手をかけた。こうなったら直接二人に音を小さくしてもらうようにするしかない。俺がドアを開け放つと隣の部屋のからもドアをちから強めに開くような音がした。


「カナメ?」


「トルバトルも……文句……言いに行くの……?」


 どうやらカナメはどストレートにゲイルさんとキールに文句を言いに行くつもりだったらしい。おっとりしたように見えて思い切りのいい子だ。


「文句ってほどではないけど……まぁ、寝られないからね」


 カナメは虚空を睨みつけるような表情を浮かべている。よっぽど寝られないのが嫌なのだろう。そういえば俺の詩の練習の時にもうるさくて寝られない、という理由で俺の部屋にきたことがあった。


 俺とカナメは一緒にゲイルさんとキールの元へと向かうことにした。二人で長い廊下を歩いていくと、不思議な感じがした。


「夜の館ってなんかドキドキするな」


「そう……?」


 なんてことない話をしながら階段を下ると、窓から訓練場の様子が見えた。案の定ゲイルさんとキールは嬉々とした表情で木剣を打ち合っている。それを見て俺たちはため息をついた。


「ほかの人も寝られないんじゃ?」


「ネスト様は防音の魔法を使ってると思う。ほかの人は多分寝られないと思う」


 カナメが言うにはゲイルさんが集中してしまうと一晩中でも剣を振っているらしい。それがキールという練習相手を見つけたことにより、一種の騒音被害になっているのだ。館の中にいるのに木剣を打ち合う音が聞こえてくるなんてどんな威力で打ち付けているのだろうか。


 正面玄関から外へと出ると、綺麗に刈り込まれた芝生や花畑、植え込みが目に入る。ここは庭師であるカナメのテリトリーだ。


「あれ?暗くてよく見えないけどあそこの植え込み形変わった?」


「わかる?……嬉しい」


 カナメは少し頬を綻ばせた。カナメは若干危ない性格をしているが、彼女も彼女なりに仕事に誇りを持っているのだろう。


 館を周り混んで、いよいよ訓練場に着くと、そこには騒音被害の元凶があった。


 キールが突進して剣を振るう。ゲイルさんは難なくそれを防いでしまうが、その顔は歯を見せて笑っている。楽しそうで何よりだが人の迷惑になるのはいけない。


 しかし二人は二人の空間に入ってしまっているらしく、俺たちが呼びかけても全く反応がなかった。


 二人の間に割って入れば怪我を負うことになってしまう。二人の剣筋が全く見えないのだから速度は相当なものだ。


「トルバトル……どうする」


「……俺が魔法で止めてみるよ」  


 銀のチョーカーは寝る時もつけるようにしていた。ネスト様から頂いたものは少しでも手放したくないのだ。


「根源を為す   雫の意思

 一石投じ    広がる波紋

 紅蓮に燃ゆる  意思の炎

 紅の風     巻き起こる

 雲を裂く    風の意思

 渦巻き切り裂き 敵を薙ぐ

 三筋絡まり   形をなす!」


 蒸気が俺の前方に発生し、キールとゲイルさんの元へと向かっていく。二人に俺たちの存在を気づかせるだけでいいので気持ち弱めに撃った。


 ゲイルさんはいち早く視界に入った蒸気を察知したようだ。ぐるりとこちらを見ると剣を振るって蒸気を真っ二つにしてしまった。蒸気乱流が空中に霧散するのを見て俺は唖然とした。形のないものまでゲイルさんは切ることができるのか。


「む?我輩たちに何か用か?トルバトル、カナメ」


 ゲイルさんとキールはこちらに顔を見せるが、額には汗が大量に流れていた。それもそのはずこの二人は午前中から夜までずっと剣を振り続けていたのだ。まぁ、それはそれとして二人が俺たちに気づいたのは良かった。


「あの……たいへん言いにくいんですけど……木剣の音が……」


「うるさいです」


 カナメがズバッと言いやがった。

 それを聞くとゲイルさんとキールは目を丸くした。そしてあたりをキョロキョロと見渡した。どうやら夜になっていることに今更気づいたらしい。


「しまった!もう夜になっていようとは!」


「……申し訳ない。夢中になっていた」


 驚くキールとゲイルさん。対して俺とカナメは呆れていた。私兵としての戦闘力は申し分ないのだろうが、なんというか……ネスト様の言葉を借りれば個性的である。


「では、今日の鍛錬は終わりにしようキール」


「はい、ゲイル師匠!」


 いつのまにかゲイルさんはキールの師匠になっていたらしい。それほどまでにキールにゲイルさんから学ぶことがあったということなのだろう。見た目からしてもゲイルさんはほとんど疲労や傷はみられないが、キールはボロボロだ。


「おや?俺が鍛錬を止めようとしていたのだが……トルバトルとカナメが先に止めてくれたのか」


 夜の闇の中、松明を灯してネスト様が訓練場に現れた。俺たちは全員彼の方へと向き直り、礼儀正しく整列した。


「そんなにかしこまらなくていい。ただ、明日からゲイルは俺と一緒に出張なんだぞ?こんな遅くまで鍛錬していたから心配になったんだ」


「夢中になりすぎ、そこまで考えが及びませんでした。申し訳ありません」


「まぁ、いいさ。時間を忘れるほど熱中できることがあるのはいいことだ。さぁ、みんな早く寝るんだよ」


 ネスト様はそういうとくるりと向きを変えて館へと戻っていった。


 残されたゲイルさんはポリポリと頭をかいて反省していた。


「うーむ。戦いとなると夢中になりすぎるのは我輩の悪い癖だな」


「出張って言ってましたけど、どこに行くんです?」


 俺はネスト様が明日出張という事実を今知った。どこにいくのかとても気になったのである。


「首都の街だ。十日後に領主の会議があり、首都まで距離があるので明日から出るのだ」


 そうなるとネスト様もゲイルさんも往復で二十日の間この館にいないことになる。これは気を引き締めて館と領地を守らねばならない。


「我輩とネスト様がいない間、グリンの街を頼んだぞ。キール、トルバトル、カナメ」


 ゲイルさんは汗を拭きながら木剣を片付け始めた。彼の片づけを一通り手伝うと四人で館へと戻った。


 ネスト様とゲイルさんの実力は今日の訓練で嫌というほどわかった。だからこそその二人が館にいないのが少し心許ない気がする。

 

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