第17話 刃のうた
訓練場に出るとそこには館で働く人々が全て出てきているようだった。館が無防備になるのではないかと思ったがゲイルさんのいる敷地に入ってくることは無謀だと思った。
「よし、みんなよく集まってくれた!恒例の戦闘訓練を始めるが……トルバトルとキールが初めてなので主旨を再確認したいと思う」
皆の前に立ったネスト様は館で働く俺たちに大きな声で説明を始めた。
「まず俺の私兵がとんでもなく少なく、皆にも戦えるようになって欲しいという願いからこの訓練は行われる。有事の際は市民からも兵を集めるが、自分のいつでも保持していられる戦力というものは俺も欲しいんだ。そこはわかってくれ」
誰もネスト様に文句を言う者などいない。こかで働くものは皆ネスト様に拾われたことを感謝しているのだ。中にはカナメみたいな特殊なついて行き方をしている者もいるが、それは気にしてはいけない。
「そして何より領土を守るためだ。君たちには強くあってもらいたい」
ネスト様はそう言うと使用人たちを二グループに分けた。俺の方には見知った顔がベルアさんぐらいしかいなかった。カナメ、キール、ゲイルさんはもう一方のグループとなった。
「一方は剣や槍、まぁハサミもいるが……武器を使う訓練をしてもらう。もう片方は魔法のお勉強だ」
歩きながら説明をするネスト様は俺たちのグループの方へと近づいてきた。どうやら魔法の訓練の先生はネスト様直々に行うらしい。ネスト様は他の使用人に聞く限り並みの魔法使いでは無い。そこらの魔法使いとは一味も二味も実力が違うという。ゲイルさんと同等の戦闘力を誇るなんて噂を聞いた時は震えたものだ。権力と懐の深さと冷静さと実力も持っていたら後は何がネスト様に無いのか、という話である。
近接武器を使う訓練の方はゲイルさんが稽古をつけると言う。キールはやる気満々に見えるが、カナメ含め他はため息をついていた。ゲイルさんを相手にするなど魔獣の巣窟に無防備かつ手を縛られた状態で足を踏み入れることと同義である。
ゲイルさんの相手をするカナメに「頑張れ」の意味を込めてアイコンタクトを送ると俺はネスト様の方に向き直った。
「さて、君たちは魔法の方が比較的得意だと思われる者たちだ。まずは基本の訓練から行こう。水の魔法アクアサークルを的に撃ち込む練習から行こう」
皆が一斉に動き出した。練習場に五つ立てられた的に向かって一人ずつ魔法を撃ち込み始めたのである。俺は何がなんだかわからなかった。皆が皆当たり前のように円を描く水流を生み出してブーメランのように的に投げつけている。どうやら円をかく水流の刃がアクアサークルらしいが、そもそも俺は魔法を使えない。どうすればいいのだろうか。
「おやおや、困っているねトルバトルくん」
「ベルアさん……アクアサークルって使えて当たり前なんですか?俺そもそも魔法を使えないんですよ」
「うんうん、最初はそんなもんさ。じゃあ一緒にやってみよう」
「は、はい」
俺は一つの的に向かった。ベルアさんは俺の真後ろに立って背中に手を当ててくる。彼女の手から何が生暖かい風のようなものが体に吹き込んでくるのを感じた。
「よしよし、魔力の流れを感じ取れてるね?」
「は、はい」
「じゃあ、その魔力を掌に」
俺は掌を的に向けた。しかしここから水の刃を出すイメージが全く掴めない。そんな俺を気にもとめず、ベルアさんは説明を続ける。
「ぐるぐる回して!ぐっと溜めて、スパーン!」
「は、はい?」
「こうだよ、こう!」
ベルアさんは掌に円をかく水の流れを形成してみせた。その直径は馬車の車輪のように大きかった。そしてベルアさんはそのままその水の円い刃を的に投げつる。空を切るアクアサークルはキュルキュルという音を立てながら前進する。そして着弾するや否や的の上下が別れを告げることになった。
「わかった?」
「わかりませんよ!なんで途中から抽象的になってるんですか⁈」
「いやいや、魔法は感覚だからね、ネスト様曰く。まぁ、理論派の人もいるけど」
俺は再び掌を的に向けた。と言ってもベルアさんが真っ二つにしてしまっているのだが。掌に魔力を集中させてみる。そして水をイメージして、円を描く水の流れを作り出す。じわっと掌が濡れる感覚がした。ここでより集中する。歯を食いしばって、もう片方の手で水を出さんとする掌につながる手首を掴んだ。
「うぉぉっ!」
バケツをひっくり返したような音を立ててその場に水の塊が落下した。これではただの「水を出すやつ」である。刃どころかサークルも描けていない。
「おやおや、トルバトルくんは理論派かな?」
「そうっぽいです。ぐるぐるして、ぐっと溜めてスパーンは無理でした」
とは言っても理論的に魔法を使うとはどう言うことなのだろうか。ベルアさんのように感覚で強力な魔法を使うことができるのは羨ましいことだ。
「そうそう……ネスト様から聞いたけど、トルバトルくんはチョーカーで魔法を使えるんでしょ?」
「まぁ、チョーカーに頼れば魔法の詩を使えますが……」
キールを強化したように人を鼓舞したりする魔法なら俺もチョーカーの力が有れば使うことができる。しかしアクアサークルのように放出するような魔法はどうやって詩で再現するのか皆目検討がつかないのだ。
「じゃあじゃあ、詩で魔法を説明すればいいんじゃないかな?」
「詩で魔法を説明?」
「そうそう。水、円、それに切れ味を言葉で説明するのさ。詩人の君にぴったりじゃないか、それに幾分か理論的な魔法の使い方じゃないかな」
俺は目を丸くした。たしかに彼女の言う通りかもしれない。善は急げということで、俺は再び掌を真っ二つになった的に向けた。やってみるしかあるまい。詩のように魔法を言葉で説明し、チョーカーの力で発動するのだ。
「根源の一滴 円環えがく
一石投じる 雫の意思
一滴渦巻き 崩し断つ」
とても短い詩である。しかしその詩を紡ぐとチョーカーが熱くなってきた。そしてチョーカーから桃色の光が漏れ出し、サークルを形成し始めた。それはだんだんと無色を帯びていき、透明な水となった。
「アクアサークル!」
俺が叫ぶと水のサークルは大急ぎの馬車の車輪のように高速で回転し始めた。これなら切れ味も申し分ないだろう。後は撃ち出すだけ……。あれ?どうやって撃つのだろうか。
「べ、ベルアさん、このクルクルしてる水の刃どうやって撃つんです?」
「おやおや、困ったね。私にもわかんないな……もう直接切り掛かっちゃえ!」
なるほど。その手があったか。俺は掌を中心に高速で回転する水の刃を手に走り出した。隣からはほかの使用人がアクアサークルを普通に放っている。俺は多分彼らのようにできない。しかしネスト様のため強くならねばならない。ならば俺の戦闘スタイルを編み出さねばならないだろう。
的まで駆けると、俺は掌を中心に渦巻く水の刃で的を切りつけた。ベルアさんのアクアサークルがやったように的はもう半分に切り落とされる。カランという音と共に的が地に落ちる。それと同時に俺の手のアクアサークルも勢力が衰えていった。
「はぁ……はぁ……やったぞ!」
「すごいぞトルバトルくん!」
俺がベルアさんとぴょんぴょん飛び跳ねて喜んでいると、的が一人でに再生し始めた。こんなことができる人物はただ一人。ネスト様の仕業だ。
「ははは、魔法を使って近接仕掛けるとか面白いね、トルバトル。そして言葉によって魔法を使うのも興味深い」
「ありがとうございます!」
「でも、言葉の分発動が遅れることとリーチの問題……解決しておくんだぞ」
ネスト様は俺の頭を優しくこづくとニカリと笑った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます