第16話 訓練のうた
キールが正式にネスト様の館に迎え入れられた。これは俺が詩人として人の武勇をうまく伝えられたことを意味するだろう。ゲイルさんとキールの一騎打ちになった時はどうしようかと考えた。彼女と協力してゲイルさんに一太刀浴びせられた時にはホッとして体の力が抜けたものだ。
戦いが終わったあと、ゲイルさんはキールに歩み寄り手を差し伸べた。キールは最初こそ戸惑っていたがすぐにその手を握った。戦士のことはよく分からないが、もうネスト様という同じ主人をいただく仲間なのだろう。
ボロボロのキールを支えながらゲイルさんはネスト様と一緒に館へと戻っていった。これから正式なキールの雇用手続きが行われるらしい。三人が館に戻る途中、ネスト様がくるりと振り返り、俺とカナメの方に目線を向けた。
「そうそう、トルバトル。午後に俺の部屋に来てくれ。明日から君も戦闘訓練に参加してもらうからその説明をする」
「え?ちょ、ま……」
ネスト様はにこりと笑いかけると振り返って館へと戻ってしまった。後には静寂と俺とカナメだけが残った。
「マジかよ。俺詩人なんだけど」
「トルバトルも……戦闘訓練……やる……ここ兵士……少ないから……みんな戦えるように……ならなきゃ……いけない」
カナメが俺を見上げてさも当たり前かのように言った。ベルアさんから戦闘訓練の話は聞いていたが、こんなに早く戦闘訓練に参加させられるとは思って身もなかった。俺はがっくしと肩を落とした。
「……カナメも戦闘訓練やってるの?そんなふうに見えないけど」
「うん……私……剣は使えないから……ハサミで……」
カナメは戦闘になったらハサミで襲いかかるのか。相変わらず怖い女の子である。彼女には背負われた真っ黒なハサミは邪悪に笑うようにきらりと光っている。
「俺はカナメとかゲイルさんとかキールみたいに戦いとかできないんだけどな」
「そのための……訓練でしょ」
正論も正論。できないから訓練するのだ。これ以上悩んでも仕方がない。俺ができることを模索するしかないのだ。
午後、俺はネスト様の部屋の前に立っていた。相変わらずここにくると呼吸が浅くなる。ネスト様のオーラが部屋からドアを通り越して滲み出ているような気がするのだ。
俺は深呼吸するとドアをノックすべく手を伸ばした。しかし例の如くドアがひとりでに開いた。なぜ自動で開いてしまうのだろうか。ノックの意味がないではないか。もしかしたらネスト様が魔法をドアにかけているのかもしれない。
「よく来てくれた。入ってくれ、トルバトル」
「失礼します」
相変わらず羊皮紙が何ロールも転がっており、机の上は乱雑に散らかっている。ネスト様も心なしかやつれているように見えた。
「お疲れですか?ネスト様」
「ん?まぁね。それよりも戦闘訓練について説明したいんだ。この後予定はないよね?」
ネスト様に予定はないよね?なんて聞かれたら無いですという他にない。というより本当にないのだ。詩を作るのもひと段落したし、次の宴会までずいぶんあるから詩の腕を鈍らせないようにするくらいしかやることがないのだ。このままではただの穀潰しになるところであった。
「はい、予定は無いです」
「よし、じゃあ説明するぞ。俺は正直言って面白くない兵士を雇う気はない!」
まぁ、わかっていたことだがこうもハッキリと言われてしまうと苦笑いするしか無い。
「だから俺はゲイルとキールしか兵を持ってない……二人とも十分に強いことは分かっているんだけどね?」
「流石に人手が足りないということですね」
「そう。だからカナメやベルアや君みたいな非戦闘員も戦えるように鍛えさせてもらう」
「そのことなのですが……俺は剣を扱えないのですが……」
ここは正直に言ってしまった方がいい。俺はナイフより刃の長い獲物を扱うのは早々に諦めているのだ。剣を一度師匠の前で振って見たが、逆に剣に振られてしまった。その時の師匠の笑いっぷりはひどいものだった。
ネスト様は俺の言葉にショックを受けるどころか、うんうんと頷いていた。
「まぁ……なんとなくトルバトルに剣は合わないとは思ってた。だが君には魔法の才はあるようじゃないか」
俺はハッとした。たしかに先刻俺は魔法を使った。ネスト様から渡された銀のチョーカーで魔法詩を紡ぐことに成功していたのだ。ネスト様は俺の顔を見てニヤリと笑う。
「君に渡したチョーカーはそのまま持っていてもらって構わない。チョーカーを杖代わりに魔法技術を磨いてくれ」
「魔法……」
師匠が使っていたのを見たことがあるが、それは美しくも力強い技だった。信じられないようなことを平然と行なっていて、目を丸くしたものだ。
「君の場合言葉を紡いで詩として魔法を発動するとても珍しいタイプだ。俺は無言で放つタイプ」
「ネスト様は魔法を使う際にチョーカーのようなものを使わないのですか?」
「俺は素手の方が性に合っているからね」
そういうとネスト様は手のひらの上で竜巻を起こしてみせた。当たり前の羊皮紙が巻き込まれるように宙をぐるぐると旋回した。
息をするように魔法を行使するネスト様も戦えばとんでもなく強いのだろう。
そして俺は最後にどうしても確認したいことがあった。
「ネスト様。俺は一応詩人としてここに雇われているのですよね?」
「ははは、兵士にされちゃうのかと思ったのか。安心してくれ、君は立派なこの館の詩人だ。それに吟遊詩人がなにかと兼業するのは珍しく無いだろう」
その通りである。詩人かつ騎士、詩人かつ公爵、詩人かつ兵士、そのような組み合わせはありえなく無いのだ。そもそも俺は詩を作っているだけでは暇をしてしまうので戦闘訓練を行っている方がいいだろう。
「わかりました。戦闘訓練、頑張ります」
「うん。頼んだ」
次の日、俺は朝から動きやすい服装に着替えて訓練場に向かうべく自室のドアに手をかけた。ぶっちゃけこのドアを開けたくはない。これから苦手な運動が始まるのだから。しかしその直後、予期していたかのようにドアがノックされた。
「入っていいか?トルバトル」
「キール?今出るところだけど……」
「じゃあ、歩きながら話を頼む」
ドアを開けると胸当てや木剣を装備したキールがそこにいた。これから彼女も戦闘訓練だという。彼女と訓練場まで共に歩いている途中、彼女は口をモゴモゴさせて何か言いたそうだった。
「……トルバトル……礼をできてなかったな」
「礼?なんのだよ」
「ゲイルさんから聞いたんだ。トルバトルが私のことをネスト様の前で歌ってくれたから私はここにいる。人のために力を震えるチャンスを与えてくれたこと……本当に感謝している。ありがとう」
俺は少し俯いた。詩を歌って賞賛こそされたことがあるが、こんなにも感謝されたことはなかった。俺はなんとか言葉を引っ張り出そうとした。
「ど、どういたしまして。でも……俺が紹介したからこそキールが傷ついたんだけど……ごめん」
「ゲイルさんにやられたことを気にしているのか?アレは私の力不足だ。気にしないでくれ」
「そうか……」
「それより私はゲイルさんと今日から訓練できることが嬉しい。あの人からは多くのものを学べそうだ」
キールは少し頬を綻ばせて言った。
彼女は強かだ。化け物じみたゲイルさんと戦って、ボロボロになっても折れないのだから。
俺も負けていられない。
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