第7話 期待のうた
帰りの馬車は歩きと変わらないぐらいゆっくりとした速度だった。それはそのはず魔法宝玉の収穫が予定よりも四倍も多かったのだ。そのため魔法馬車のキャパギリギリなのである。始めに採掘隊を結成しようとした男は馬車の中で満足げに笑っていた。
「いやー、トルバトル君。君が人を集めてくれたおかげで予定よりも多く魔法宝玉が採れたよ。本当にありがとう」
「いえ、詩人として俺がすべきことをしただけです」
本当ならお礼の一つでも吹っかけても多分平気だろうが、ここは理性を優先させる。それに俺は採掘自体ではほとんど役に立っていない。腕力の無さを遺憾なく発揮した俺は手のひらサイズの魔法宝玉を二かけら掘り出したのみだ。キールなんか馬車一台分も掘り出しているというのにこの差は何なのだろうか。
今度は男はキールに目線を向けた。
「キール君はすごい採掘の才能があるね。どこかで鉱夫でもやってたのかい?」
「別にそのような経験はないが……ツルハシが剣より軽かったというだけだ」
なにそのセリフ言ってみたい。かっこいいにもほどがあるだろう。そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか。キールは俺の顔を見るや否や勝ち誇ったような顔を見せた。完全に採掘では負けているので俺は何も言い返せなかった。
「トルバトル君にキール君のおかげで今回の採掘は大成功さ。しばらくは街も安泰だ」
彼の賞賛は街に着くまで続いた。
馬車から魔法宝玉を街の中心にある倉庫に運び終えた頃、彼は採掘隊を前にしてにこりと笑った。
彼の顔はやり切ったというような色が見えていた。たしかに彼の採掘ぶりもキールに負け劣らず凄まじいものだった。まるで竜巻が岩壁に衝突したのではないのか、というほどに彼は勢いよく掘り進めていたのだ。彼も彼なりに採掘隊を率いるものとしての責任というものを感じていたのだろう。魔法宝玉を倉庫に運び入れるときでさえ、人一倍彼は働いていた。彼の額にはずっと汗が流れ続けていた。そんな男はタオルで顔を拭うと採掘隊に感謝の言葉を述べ始める。
「えぇ……皆さんのおかげでこの街の魔法宝玉の在庫が回復しました!皆さんの努力の結晶です!領主様の私兵であるゲイルさんから報酬をお配りしていただきます」
男がそういうと、魔法宝玉でいっぱいになった倉庫にでかい剣とでかい体躯を持った一人の男が入ってきた。俺の背丈を2倍したぐらいのデカさだ。高いところのものが取れない、ということを知らないようなデカさである。ゲイルというその男は一言も発していないのにもかかわらず、俺たちは圧倒されていた。
「吾輩がゲイルである。この度の皆様のご尽力誠に感謝する。ここに領主ネスト様からの報酬を用意させていただいた」
ゲイルさんは担いでいた大きな袋を地面に置いた。置くとドスンという杭を打ち込んだ時のような音が響いた。この人はどんだけ重いものを片手で持っていたのだろうか。驚嘆するばかりだ。
ゲイルさんは黙々と袋の中から、さらに小さい小袋をたくさん取り出していった。そしてそれを採掘隊に参加した皆に配り始めた。もらった人々の反応を見るに予想外にその子袋は重いらしい。彼らは皆受け取るや否や沈み込むようにグラついていた。
キールが報酬の袋を受け取り、いよいよ最後の俺の番になった時、採掘隊を編成した男が口を出した。
「ゲイルさん。この白髪の少年がこんなにも人数を集めてくれたんですよ」
「ほう……君、名を何という」
やたらとでかいゲイルさんという男に見下げられて俺は唾を飲んだ。顔が怖いだけでなくその目で俺の目を捉えて離さないのだ。
「と、トルバトルと言います」
「トルバトル……参考までにどのように人を集めたのか聞いてもいいか」
「詩を歌いました……採掘隊を募る詩です」
「なるほど、吟遊詩人か」
あまりこういうことは言いたくなかった。定住民ではない詩人であると自分から言ってしまえば侮蔑の視線を向けられる。こういうことには慣れてはいる。しかし気持ちの良いものではないのだ。
当然ゲイルという男もそのような視線を……と思っていたが、そんなことはなかった。それどころか感心がその表情から読み取れた。
「詩とは良いものだ。人の心を動かす。しかしそれゆえに難しい。言葉を使って人を動かしたトルバトルの技は相当なものだと言える。ネスト様に代わり感謝する」
ゲイルさんはそう言って大柄な体躯を折り曲げ、頭を下げた。俺は慌てて彼を制止した。
「ちょ、や、やめてください。できることをやっただけですから!」
ゲイルさんの下げた頭を上げさせようとするもの岩のように重く、持ち上がらない。彼の満足の行くまで頭をさげていただくことにするしかないようだ。「気にしないでください」と言うこと4回。やっとゲイルさんは頭を上げた。
「君には普通の報酬だけでは足りんかもしれないな」
ゲイルさんは今度は顎に手を当てて何かを考えているかのようだった。しばらくの静寂が流れる。俺も、採掘隊を編成した男の人もキールも固唾を飲んでゲイルさんを見つめていた。そしてふとゲイルさんが何かを閃いたようだった。
「君のこと、ネスト様にご報告してもいいか」
「りょ、領主様に?」
「そうだ。この採掘プロジェクトは街にとって重要だとあのお方はお考えだ。君にも感謝しておられるはずだ」
「わ、わかりました」
俺のことを領主様に言ってどうなるのかは分からないが、それを許可することは俺に不都合があるわけでもない。俺は首を縦に振った。そうするとゲイルさんは少し頬を緩め、俺の肩を叩いて去っていった。肩を叩かれた意味がよく分からなかったが、俺は彼の背中に向けて頭を下げた。彼の背中が見えなくなる頃、ポツリとキールがつぶやいた。
「馬車で聞いたがトルバトルの夢は詩人として大成することだったな」
「え?まぁ……うん」
「ならば有力者に名が知られると言うのは良いことじゃないか」
たしかにキールにの言う通りである。詩人として大成すると言うことは技術的なものもあるが、それと同時に社会的に知名度が上がった方が良い、と言うのが俺と師匠の考えだ。もちろん片方だけ上がってしまってもダメだろう。知名度に実力がついていけてないなら空虚である。技術があっても知名度がゼロであればもったいない気がするものだ。
期待しすぎるのもダメだが、俺は有力者にゲイルさんが俺のことを伝えてくれると言うのにワクワクを抑えきれなかった。
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