第6話 キールのうた
「ここの領主様最近就任したばかりでね、バタバタしているんだよ」
馬車の中で、採掘隊の募集をかけた男はそう言った。俺とキールは納得がいったような、いっていないような微妙な顔をしていたのだろう。彼は説明を続けた。
「つまり魔法宝玉を採りにいくための馬車をチャーターこそできるが、人を集める方には手が回らなくて一般に任せたんだよ……それであの始末さ」
「なるほど。領主さんも大変なんですね」
そんな会話をガタガタと揺れる馬車の中で続けること二、三時間。道の両端がまるで絞られているかのように段々と狭くなってきているように見えた。さらに切りたった高い崖が両端に現れそろそろ馬車が削られてしまうのではないか、と思う頃には馬車は止まっていた。
「さぁ、着いたぞ。ここがロークの崖だ」
男はどこからともなくツルハシを三つ取り出し、二つを俺とキールに手渡してきた。魔法宝玉は岩肌の中にあるので岩肌を削る必要があるのだ。
俺たちは馬車から降りるとツルハシを受け取った。弄ぶようにいろんなところを触ったりクルクル回転させたりしてみた。俺が師匠から譲り受けたナイフよりも当たり前だが重い。足腰にこそ自信があるが俺は腕力には自信がない。ツルハシで岩肌を削り取るなど素手で盗賊に立ち向かうくらい無茶に感じた。参加しておいてなんだが、ここまでツルハシが重いものだとは思っても見なかった。
「キール、これ重く……なっ?!」
キールはまるで木の棒を扱うが如くツルハシの試し振りをしていたのだ。その上試し振りにもかかわらず先端が速すぎて見えないほどだった。
「たいして重くはない。剣の方が重い」
キールは何者なのであろうか。旅の者だとは言っていたが帯剣している上にリュートも上手く、重いツルハシを軽々と扱うぐらいに力が強い。俺が彼女が何者なのか考えているうちに全員にツルハシが行き渡ったようで、そこで俺の思考は妨げられた。
「よし、ツルハシはみんな持っているね!魔法宝玉を探すぞ!」
呼応するように雄叫びが上がった。そして人々は思い思いの場所で岩肌にツルハシを振り下ろし始めた。金属音があたりから不規則に響き始め、石礫が散らばった。
俺も魔法宝玉採掘隊に立候補したからには少しでも多く魔法宝玉を採掘できた方がいいに決まっている。報酬のためっていうのもあるが、その結果街の助けになるのなら頑張るしかない。俺はツルハシを岩壁に向かって振り下ろした。ガキンという音と共にサイコロサイズの石が弾けた。
「手ぇ痛ぁ……」
まだまだ魔法宝玉の姿は見えない。そもそも俺が掘っているところにあるのかどうかもわからないが、それは皆同じだ。魔法宝玉が出てくるまでツルハシを振り続けるしかないのだ。
目に汗が入っても、石つぶてが弾けて体に当たっても気にせずどんどんツルハシで岩壁を削る。ようやく小さな窪みらしい窪みができ始めた頃、わずかにゼリーのような透明感を持つ紫色の宝玉が露出しているのに気づいた。
そこから嘘のように疲れが吹き飛んだ。いざ目標が見えたとなれば俺はツルハシを振る手を緩める気はない。じわじわと紫色の宝玉の見えている部分の面積が増え始めている。
宝玉を傷つけないように最新の注意を払いながら、それでも猛虎の如き勢いで掘り進める。石つぶてと粉塵が舞う中やっとのことで俺は手のひらサイズの魔法宝玉をとりだすことに成功した。
このサイズで馬なし馬車が数年は動くらしい。自動水まきジョウロなら一生使っても平気なくらいだという。俺は手の中にある紫苑の宝玉に目を奪われていた。小さいのになんて力を秘めているのだろうか。変な話だが、俺もこのような宝玉のようになりたいものだ。
「キールはどのくらい採れた?」
一休みということでキールの方に目線を向けるととんでもない光景が飛び込んできた。彼女の足元には魔法宝玉が山のように積んであるのだ。
「こ、これ全部キールが掘ったのか?」
「そうだ。剣との違いに最初は戸惑ったが慣れてきた」
慣れてきたって限度があるだろう。キールは熟練の鉱夫ぐらいのスピードで掘っている気がするぞ。彼女の足元に積まれた紫色がそれを物語っている。やはり彼女が何者なのか気になってたまらない。
俺は彼女の隣に移動してツルハシを岩肌に突き立てた。
「なんだ、近いぞ……効率が……」
「キールは何者なんだ?」
「だから旅の者だ」
キールはめんどくさそうに答えながら壁にツルハシを打ちつけ続ける。俺も負けじとツルハシを突き立てる。彼女の方が格段に岩を削るスピードが速いが何故か負けたくなかった。
「旅の者……それなら俺だって旅の者だよ。でもキールは普通の女の子じゃないだろ」
「どういう意味だ。トルバトル」
「楽器の心得もあって、帯剣していて……力も強い。そんな職業あんまり思い当たらないんだけど」
それとなく探りを入れてみる。しかしキールの表情は変わらず、岩肌にツルハシを打ちつけ続けている。
「……キールはどこから来たの?これくらいは聞いてもいいだろ?」
「隣国だ」
彼女の爆発魔法級の発言。それを聞いて俺はツルハシを落とした。ガシャンという金属音が響くが俺はそれを気にもとめなかった。隣国というとこの国と今険悪な関係の筈だ。両国の国境にある数少ない関所だって厳重に警備されていて、通るのには1週間以上かかることだって珍しくないと聞く。
「隣国……なんでコッチに来たの?」
「あっちでは私が必要とされている気がしなかったからだ」
「キールほどの子が必要ないなんてよっぽどだな」
それとなく誉めてみる。相手から言葉を引き出すにはこちらの言葉で相手を少しでも気分良くさせることが重要……だと思う。師匠ならどうしただろうか。
「そう言ってくれると嬉しいな。だがあっちでは私は結婚させられそうになっていた。私は兵士になりたかったのに」
「そうなのか」
「なんにせよ戦った結果、人を笑顔にできればいい。あっちではできなかった。だから私の力を振るえるところを探している。それだけだ」
ぶっちゃけ俺は彼女にはまだ秘密があるような気がする。楽器の心得や馬車で話した時にわかった彼女の教養、そして力。それは兵士というより騎士になろうと鍛え上げられたモノであると思っている。しかしそれは結婚という壁に阻まれそうになったと考えられる。だから彼女は逃げ出してきたんだろう。多分彼女の家柄は相当いいものに違いない。
俺はツルハシを振るう手をしばらく止めて少し下を向いていた。
「トルバトル、どうしたんだ?」
「俺さ、まだキールにお礼できてないよな」
「お礼?」
「人集めの時に楽器を弾いてもらったお礼」
「なんだそんなことか、気にするな」
「いや、俺が気にする。恩を与えて逃げるつもりか?」
俺が兵士になりたい目の前の女の子に出来ること。詩人としてそれは一つだった。あと、ちょっと煽り気味の口調になったのはわざとではない。俺はよく一言多いと言われるのだ。
「……何かくれるのか?」
「俺がキールの詩をつくるよ。それでどこかで歌う。そうすれば君の力が、教養が、人に知れ渡る。有力者の耳に入れば兵士や騎士になれるかもしれないだろ」
俺は歯を見せて笑った。彼女はツルハシを振るう手を止めてポカンとしていた。しかしすぐに彼女の頬が少し緩む。
「ふふっ、楽しみにしている。竜巻の詩人さん」
「任せておけよ」
俺たちは再びツルハシを壁に打ちつけた。
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