ストームテル 竜巻の詩人の物語
キューイ
第1話 始まりの歌
師匠は歩くのが速い。そりゃ大人と子供では歩幅が違うからってのもあるが、それを踏まえても速い。空飛ぶ魔法使いや馬ともいい勝負するんじゃないかってくらいだ。俺も必死に前へ前へと足を動かしていく。砂利を蹴っては時々抱えている荷物に当たり、跳ね返った。
「ほらほら、次の街に行く前に夜になってしまいますよ」
「師匠はなぜそんなに歩くのが早いんですか?トイレ我慢してるんですか?」
嫌味を込めて俺がそう言うと彼女はふふっと声を漏らした。
「早く私の詩を他の街の人々に聞かせてあげたいからですよ」
詩を聞かせてあげたい、その気持ちは俺にだってわかる。詩人の弟子として、それは持っていてもおかしくない感性だ。だからといって前の街から20キロをノンストップで早歩きはやりすぎだ。それに俺には懸念事項がある。
「詩を聞かせてあげたいのは分かりますよ?だけどまた詩を聞かせ終わったら聴衆は俺たちを街の外に追いやろうとするに決まってます。グルスの街だって、ナテ村だってそうだったじゃないですか。追い出されに行くんですか?」
「城に属さない詩人とはそんなものですよ、トルバトル」
「割り切れ、と?」
「そうはいってません。でも詩を聴いている彼らの顔を思い出してみなさい。楽しそうにシルヴェンテスや叙事詩に耳を傾けています。私たちと聴衆の間にひと時でも架け橋がかかっているのなら……十分でしょう。少なからずお金や食べ物もいただくこともありますし」
「そんなもんですか」
「そんなもんです」
師匠に意見をぶつけるといつもこうである。そんなもんです、そういって俺を言いくるめてしまう。ずるい人だ。でも優しいところだってあるから嫌いにはなれない。昨夜だって野宿をしたが、俺の分のスープを多めに取り分け、自分は少なめにしていたことを知ってる。知れば知るほどわからない、そんな人だ。
早歩きを続けてしばらくすると、師匠が急に立ち止まった。俺はまともにみていなかったので突然師匠が止まったのに気づかず、師匠に正面衝突した。
「おやおや、平気ですか?トルバトル」
「は、はい。すみません」
俺は鼻をさすりながら地面に転がっていた。相変わらず師匠は体幹が強い。俺がぶつかってもびくともしない。さすが馬車で往路ずっと立っていたという変な自慢をするだけはある。というかビクともしないのにも限度ってもんがある。
「師匠なぜそんなに体幹が強いのですか?やはり貴女は元騎士なのですか?」
「さぁ、どうでしょう。そんなことより、ほら、次の村が見えてきましたよ」
師匠が指さす方向を見ると、坂道の下の方に小さな村が目に入った。家は30軒ほど、畑や牛の囲いなどがある。建物の多くは石作りだ。そして周囲を簡素な木製の柵で囲っている。一つだけ入口のようなものが柵に開いていて、そこをあくびをしながら守っている門番が1人。
師匠は村へと歩みを進めた。俺もそれに続くが相変わらず歩くのが早すぎて村の前に着く頃には泳いだ後のように息切れしていた。
そんな俺に目もくれず、師匠は門番に話しかけた。
「私たちは旅の詩人でございます。是非ともこの村で歌わせていただけませんか?」
門番は俺たちを舐め回すようににジロジロと見つめるとぶっきらぼうに答えた。
「武器などはここで預かる」
「でしたらコレを」
師匠は腰に身につけていたナイフを門番に手渡した。俺は目を見開いた。そのナイフは幾度も自分たちを助けてくれた物だ。食料調達にも、自衛にも幾度も役立った大切な代物だ。村で襲われることだって可能性はゼロではない。しかし師匠はそんな虎の子をサラッと渡してしまった。それに驚きを隠せなかった。
門を通ることに成功した後、俺は師匠に問い詰めた。
「なぜナイフを渡したんですか!?これから村の中で危ない目に遭うかも知れませんよ?!」
「トルバトル、よく聞きなさい。詩を歌う時、聞き手はどのような状況だと思います?」
「……宴会とか作業の合間だとかそんな時です」
「その通り。いつも通りの生活を送ったり、聞き手が穏やかで楽しい気持ちの時我々が武装していたら興が覚めるでしょう」
師匠はやはりずるい。そんなこと言われたら詩人や俺のような詩人見習いは黙るしかないじゃないか。しかし武装なしで異郷にいるのはやはり危険だ。たしかに師匠はやたらめったら強いが相手が数人だったらどうするつもりなのだろうか。俺は悶々としたまま村へと入っていった。
俺たちは宿に泊めてもらえるかどうかわからない。ときたま詩人を泊める気はない、といっても追い払われてしまうことだってある。だから師匠はいつも最初に多めに料金を払うことでその差別を塗りつぶそうとする。つまりはお金が必要なのだ。そのお金のためには今回の歌で多くの客を集めなければならない。
師匠は村で1番大きな、人通りの多い道にどかっと荷物を置くと、羽付きの大きなツバの帽子を被った。師匠はいつもこの格好で歌うのだ。
「トルバトル、リュートを貸してください」
俺は慌てて背負ったり抱えたりしてる荷物の中から師匠のリュートを引っ張り出した。師匠のリュートは魔法使いに作ってもらった特製らしく、やたらと響くのに音が明瞭である。値段を聞いても教えてくれない。
俺がリュートを渡すとポロン、となにかを確かめるように師匠は音を鳴らした。俺は楽器のことがさっぱりわからない。リュートとモノコルドを間違えたことだってある。その時は師匠にドン引きされたものだ。
師匠が鳴らした音に気づいて数人の通行人が足を止めて、彼女に値踏みするような目線を向けた。吟遊詩人が完全に街に馴染むことは稀であるが、娯楽に飢えた人々は興味に勝てないようで段々と師匠の元に近づいてきた。師匠はそれを視認するとにこりと微笑んだ。
「さぁさぁ、皆さん。私は旅の詩人でございます。いくつもの山を越え勇者を見、いくつもの谷を超えて可憐な魔法使いを見た者でございます」
師匠の決まり文句である。あまり村の外に出ない人々からしたら外の世界というのは憧れであり、恐怖の対象でもあった。そんな興味を煽るような師匠の決まり文句。自分が独立したら譲り受けようかな、なんて思ったりしているところだ。
「私ミンネが歌う異国の勇者の物語、ここに歌わせていただきます」
師匠が言っていた。吟遊詩人は歌の前に自分の名を名乗ることがある、と。俺は師匠の言葉や表現を一ミリたりとも聞き逃さないように隣でメモを取っていた。
師匠はリュートを流れるような指運びで鳴らし始めた。そして優美な顔で歌い始める。
「街を脅かすかの魔物
牙は刀剣 鱗は岩塊
動くクロガネの如しその魔物
立ちはだかるは人ひとり
勇者と讃えよその男
彼の剛腕岩を薙ぎ
無謬の剣線鉄を断つ
さぁ立ち会う両雄に
さぁ煽る村の人
切った千切ったの金属音」
俺は歌の最中、聴衆をチラリと見た。皆が皆異国の勇者の物語に心を踊っているように見えた。彼らは詩人を通して世界を見る。彼らの目はまるで子供のように輝いていた。しかし師匠の本領はここからだ。ここからリズムが変わる筈だ。
「輝く剣 振り抜かれ
砕けるうろこ 風に舞い
叫ぶ魔物に 体当たり
爪折れ歯折れ かの魔物
傷にまみれた かの勇者
両者最後の 切り結び
煙まみれの 主戦場
煙のはれた 透明に
立っていたのは かの勇者」
ポロン、とリュートを鳴らす。一曲目が終わると聴衆は歓喜に沸いた。勇者の勝利に喜ぶもの、師匠の歌そのものに感激する人、様々だ。
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