0-10 恋の相談
織雅の両親が帰ってきたのは、彼女がルシフェルとデートをした三日後だった。
「織雅ちゃーん! ただいまー!」
真紅の鳥居がかかった御社の入り口で待っていた織雅に飛びついてきたのは、一人の女性だ。
黒髪緋眼。
織雅の他にこの国で唯一の色を持つその人こそ、織雅の母である
年齢は四十を超えているが、魔力を多く保有しているために二十代ほどに見える。
身長は百七十センチほど。女性にしては高い上に、長い黒髪を高い位置でくくっているため、より身長が高く見える。それでも持ち前の愛嬌と柔らかい声色もあり、どことなく可愛らしい印象を周囲に与える人だった。
ちなみに織雅は、そんな母よりも若干身長が低い。
そんな和泉子に抱き締められながら、織雅は苦笑する。
「お帰りなさいませ、お母様。今回も無事に終わったようで何よりです」
「ええ、本当に」
「お父様も、お怪我などされていませんか?」
「もちろんだよ」
その声に、織雅ははっと顔を上げる。
するとそこには、御社の兵士たちを引き連れた一人の男性がいた。
その人こそ、織雅の父親である
母と同じで四十代なのだが、同様の理由で若く見える人だ。その上身長も百八十センチほどあるからか、全体的にすらりとしているし、何より整った顔立ちをしている上に優しいため、城の女中たちからの人気も高い。
長い銀髪を高い位置でくくり、切れ長の緑目をいつもにこにことさせているところがトレードマークなこの人は、その名の通り
しかしなんやかんやあり、めでたく相思相愛となって本当の意味で母と夫婦になった人である。
それでも名前が変わらないのは、父が信仰する神が仙陵の神だからだ。
名は体を表すとは言うがその通りで、元の名を捨てるということは、信仰先を変えるということに他ならない。
それもあり、夫婦で別姓を持つことは別段おかしなことではなかった。
それに別姓であろうと関係なく、二人は互いのことをとても信頼し合っていて、戦闘時にも息がぴったり合ったコンビネーションを見せるのだ。それもあり、二人は織雅にとっての理想の夫婦となっている。
(ここまで……とは言わないから、せめてもう少しどうにかできないかしらね……)
なんて思いつつ、織雅はひらひらと手を振る。
「お帰りなさいませ、お父様」
「うん、ただいま。織雅の婚姻式の前に無事に戻ってこられて、よかったよ」
二人が御社を離れていたのは、先代女王最後の務めとして各島を回り、そこにある分社に巡礼しに行っていたからだ。
理由は三つ。
一つ目は、地脈が安定しているのか確かめ、もし乱れている場合は整える必要があるため。この調整ができるのは、水杜の中だと王族のみなのだ。
二つ目。その上で、魔物や妖魔が現れた際は、その島を守っている部族たちと共に討伐を行なうため。
そして三つ目は、そこで祀られている他の華神たちに対して、王の座を辞することを報告するためだった。
この二つが、両親が徒和を離れていた理由である。
神様代行としての役目と、形だけの政略結婚。
どちらが大事なのかは、一目瞭然だ。そのため、二人が婚姻式までに帰って来られない可能性もあったのだが、間に合ったようで何よりだ。
そう思い、織雅は頬を緩めた。
「婚姻式まで三日ありますから、ちゃんと休んでくださいね。もちろん、皆さん!」
両親の護衛としてついて行っていた御社付きの武官たちに向けてそう言えば、皆嬉しそうに笑いながら「分かりました、姫様」と言ってくれる。
彼らも織雅にとっては立派な家族の一員なので、誰一人欠けることなく帰ってきたことは喜ばしいことだった。
そんな彼らと父と別れつつ、織雅は母である和泉子と一緒に御社の中を歩く。
「今回のお勤めはいかがでしたか?」
「報告にあった通り、普段よりも魔物は多かったかしら。けれど、妖魔は現れなかったわ。僥倖ね」
魔物と妖魔。これらは、明確に別種である。
魔物とは、動植物が地下から噴き出す瘴気を受けて変質した生き物のことだ。
皆等しく凶暴化しており、元となった動植物よりも強いため、退治が困難だ。
しかし彼らの肉体は、変質前の動植物とは比べ物にならないほど様々な性質を帯びる。そのため、他の動植物たち同様素材として人々に還元され、武器は防具、薬品に加工され人々の生活の一部となっているのだ。
しかし、妖魔は違う。
彼らは明確な形状は持たず、魔物よりもより凶暴で危険な生き物だ。
その上で人間しか襲わず、人で言うところの心臓に当たる核晶を壊さなければ何度でも甦る。しかもその核も、個体によっては複数持つことが確認されていた。
何より魔物のように、人々に還元されることがない。ただ現れて荒らすだけ荒らし、倒せば消える。どちらかと言うと災害と同じ扱いをされる存在だった。
大きさも、極小のものから身の丈を遥かに超える大型まで、様々だ。
彼らがいったいなんなのか、それはいまだに研究中だと言う。
ただ言えるのは、妖魔が現れるということは、その土地の瘴気がかなり多くなっている、ということだった。
そのため、今回の巡礼で妖魔が現れなかったことは、母の言う通り僥倖である。
(そんなタイミングで無事に代替わりができそうで、本当に良かった……)
この代替わりというのが、なかなかに難しい。というのも、次代が成人を迎えなければ、代替わりできないからだ。
それはなぜかというと、体が負担に耐えられないからだという。
若すぎるうちに代替わりをしたせいで若いうちに儚んだ王族がいたこともあり、決められた制度だという。
水杜における成人年齢は十八だ。
そして織雅の誕生日は四月一日。
そして同時に、織雅とルシフェルが婚姻式を行なう日でもある。
(そんなお母様を見習って、私も頑張らないと)
そう思うのだが、結婚相手がルシフェルだという点だけがどうしても引っかかってしまう。
この三日の間で「独り立ちをするのだから、自分で乗り切らないと」と思っていたのに。
母の顔を見て気が抜けたのか、思わず言ってしまった。
「……お母様。今からでも、結婚相手を変えることはできませんか?」
すると、和泉子は目を丸くする。
しまった、と口を押さえたが、後の祭りだ。今までにこにこしていた母は真面目な顔をして、織雅の顔を見た。
「……織雅ちゃん。何かあったの?」
「そ、の……」
「……分かったわ。こっちへいらっしゃい」
廊下では言いにくいことだとすぐに判断したらしい和泉子は、織雅の手を握って歩き、自身の私室に入る。そして織雅を座布団の上に座らせた。
防音の術式をかけた上で、和泉子はやっと口を開く。
「それで。わたしたちがいない間に、何かあった?」
真剣な顔をして聞いてくる母の姿を見て、織雅は正直な気持ちを打ち明けることにした。
「……実を言うと、ルゥ……ルシフェルは、私の初恋の相手なのです。ですからその……こんな浮ついた気持ちで神様代行のお勤めをしようとしている自分が、情けなくて……」
言った。言ってしまった。
三日前までは母に話したい気持ちで満ち溢れていたが、今となっては恥ずかしさと情けなさでいっぱいになる。
(だってことあるごとにときめいたり、素敵だなと思っちゃうなんて……恋以外の何物でもないでしょう!?)
そしてこういったことで心乱されるのはルシフェル以外で経験がなかったため、どうしたらいいのかさっぱり分からなくなっているのだ。
「なるほど。だから、ルシフェル様以外の結婚相手がいい、と」
「はい……そうすれば少なくとも、お義母様のようにお役目を全うできますから」
弱々しい声でそう言うと、和泉子は真っ直ぐとした目で織雅を見る。そしてがっちりと肩を掴んだ。
「いいこと? 織雅ちゃん」
「は、はい」
「恋心は、時にものすごい活力になるのよ」
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