第6話 とある女子生徒からの話
はじめまして。……記者の古市さんですよね?
いえ、間違えて声をかけてしまったのかと思って。あそこのベンチで話しましょう。この時間は電車がないので、駅に人がほとんどいないんです。
はい、私と井上くんはクラスメートで、委員会も同じでした。図書委員です。……話したのは一度だけです。図書室のカウンター当番のときに私から話しかけました。
最初は変わった子なのかと思っていましたが、案外話しやすかったです。物腰が柔らかくて、安心感があるような接し方でした。こういう雰囲気の男子は他にいないので、印象に残ってます。
井上くんは普段、……いろいろとご存知なんですね。そうです。一人でいることが多かったです。
実は私、少しだけ井上くんに憧れてました。
私は他人に振り回されがちなので、人の目を気にせず、自分らしさを貫いている井上くんを尊敬していました。
でも、四月の終わりくらいから段々井上くんの表情が曇っていきました。
白石先生は井上くんのことをかなり気にかけていました。……皆んなは特に何も言ってなかったけれど、わたしには異常に見えました。執着に近かったと思います。なんとかして井上くんをクラスに馴染ませないと、と必死なように見えました。
理由はわかりませんが、井上くんは自分から望んで人と関わらなかったのだと思います。
でも先生は、そんな井上くんを「本当はみんなと仲良くしたいけどクラスに馴染めていない子」だと解釈したのだと思います。
先生はよく、井上くんが誰かと仲良くなるようなきっかけを作っていました。
何か用を頼むときも、わざわざ井上くんと他の子が二人でするよう指示したり、学級委員やクラスのムードメーカーに、井上くんに話しかけるよう頼んだりしていました。
特に印象に残っているのは、先月の遠足ですね。私たちの中学校では五月の終わりに遠足があるんです。
井上くんはその頃学校を休みがちで、その日も最初は欠席していたのですが、午後から急に現れたんです。白石先生に連れられ、班の輪に入っていきました。
その班はムードメーカーでクラスの中心人物が集まった班でした。
私は、井上くんはもっと大人しい子がいる班の方が良いと思ったし、井上くんも、そういう子たちがいる班に入ろうとしていたようでした。
ですが、先生がいきなり「あの班にしましょう」と言って、井上くんを無理やりその班に入れたんです。
おしゃべりで積極的な子が多い班なら、井上くんも溶け込めやすいと思ったのでしょうか。あわよくば学校でも一緒に過ごすようになるのではないか、と考えていたのだと思います。先生は井上くんが一人でいることを嫌がっていたようなので。
人と関わるのは大切なことです。そうしないと社会では生きていけません。
先生の考えは間違ってはいなかった。
でもそれはただの一般論で、井上くんの考えとは違っていました。
だから、井上くんの考えを無視して、教えを説くのでは、井上くんを追い詰めるだけでした。
そうして、井上くんの心が壊れてしまった。
そんなことかって思いますよね。そんなことで人を殺めるのか、って。
でも、人は皆、自分が壊されそうになったら何だってするんです。そこに理性なんてものはない。人を殺すのに納得のいく理由なんて無いんです。あってはいけないんです。
そこにあるのは逃げ場を失った少年、ただ一人でした。
……井上くんのことを肯定するつもりはありません。彼はしてはいけないことをしました。
どうすれば、先生は井上くんを理解できたのでしょうか。
どうすれば、井上くんは先生を手にかけずに済んだのでしょうか。
不可能だったと考えた方が気が楽かもしれませんが、それはあまりにも悲しすぎる。
……あ、雨があがった。そろそろ梅雨が明けますね。
***
疲れた。
もうやるしかない。
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