第11話 丸投げか適材適所か

「メッセージで送ったまんまだ。もうちょっと、という以上に情報が欲しい」

『情報って……ああ、あの事件の?』

 そう答えて、二瓶は黙り込んだようだ。

 単純にまだ眠いのか。

 それとも広大のメッセージを改めて確認しているのか。

 スマホ越しでは、二瓶の様子がわからない。

 結局、広大はいつものように沈黙を選択した。

『何やお前、ちょっと変やったし……』

 ようやく、二瓶の声が返ってきた。

「そうか? まぁ、そうかもな。実はあの辺りで目撃……というのも変だな。要するに何かこう……」

『後味が悪くなる?』

「いや、そこまでハッキリしたものじゃ無い。悪い予感がする、ぐらいが一番近いと思う。予感については完全に手遅れだけど」

『もしかして、ええと何だ? あのけったいな苗字の――』

「戸破多歌な」

『そうそう、それや。それとすれ違ったかも知れないって、そんな話なんか?』

 ここで広大は、もう一度沈黙を選択した。

 このやりとりでまず判明したのは、この「九月二日」がAの続きであろうということ。

 広大が覚えているAの「九月一日」に自然に繋がるし、それはつまり「二瓶が多歌を知らない」という今の現象も裏付けられていることになる。

 二瓶が嘘をつく可能性――も無いではないが、それにどんなメリットがあるのかがわからない。

 それに何より、これ以上複雑に考えていたら、頭がパンクする。

 それが広大の本音であった。

 何しろ、AはAでこれからややこしくなるのだ。

 どこかで自分の能力を諦めなければならない――それもまた広大の判断だった。

「大ざっぱに言うとそうなるな」

『何で出し惜しみすんねん?』

「だから、迂闊なことは言えないんだって。それを判断するために情報が欲しい、というわけだ」

『もっともらしく聞こえるな』

 ノータイムで、二瓶がツッコんできた。

 そして、そのままの勢いでさらにツッコんできた。

『広大、お前な。そんな事気にするのはまったく“広大らしくない”ねん』

「……そうか?」

『そうや。例えばマジですれ違っていたとしても、お前は流すやろ。気になっていても、わざわざ蒸し返そうとは思わんはずや』

「…………」

『……って、お前それ自分でわかってるやろ? ああ、つまり俺をおびき出そうとしとるわけやな』

 さすが二瓶――と、広大は心の中だけで称賛する。

 だからこそ口に出す言葉を選び、冷静に広大は話を先に進めた。

「それで僕が欲しがってる情報探ってくれるか? 僕には出来ない」

『確かに地元の強みはあるんやろうけど……それで俺を頼るんやからわかってるんやな?』

「もちろん。頼みを聞いてくれたら出し惜しみはしない」

『自白したな』

「実は、その先にもっとヤバい事を言い出す可能性もある」

『結局、出し惜しみしまくりやんけ。それにお前、さっき“探ってくれ”言うたな?』

「ああ」

『無茶苦茶大層な事になってるやないか。そんで、お前は何でそれを知っとるねん? ちゅう話や』

「僕の思い込みかも知れないぞ?」

『それならそれで、お前自身が面白くなるな……』

「じゃあ……」

『ああ、わかった。俺は出し惜しみするタイプやないからな。言うて、動いたところで身体がキツいわけやないし』

「でも予定があったんだろ?」

『その点はな』

 スマホから苦笑が聞こえてきた。

『実は、けっこう被る事になるかも知れん。ネトゲのフレンド繋げることになりそうやし』

 つまり、今日の二瓶の予定はネトゲと言うことだ。

 そこでまた人脈を築き――

「ん? それ“地元”と被るか?」

『それを言っちゃあ、おしめぇよ』

 完全に大阪の人間なのに寅さんの名台詞を剽窃する二瓶。

 京都でなければ何でも良いと考えている、というか基本的に二瓶の偏りは冬型の気圧配置。

 つまり西高東低。

 東京方面については、こだわるほどではない、と下に見ているわけだ。

 恐らく、この偏りはAでもBでも変わらないだろう、と広大はこれも考えを放棄した。

 今考えるべき事は……

「つまり、ネットだけど繋がってるのはリアルで知ってる相手ばかり――」

『言うな、ちゅうとるねん。やけど、その辺は任せてくれ』

 広大は、見えない事がわかっていても思わず頷いていた。

 二瓶は信頼して大丈夫な相手だ。

 それでも注文するなら――と、自然に考える広大だったが、それは口にしない。

 それが原因で上手く行かなくても……それもまた“自分らしい”と広大は先に諦める。

『ほな、目鼻ついたら連絡するわ』

「邪魔して悪い。ネトゲも楽しんでくれ」

『わかったわかった』

 二瓶から接続は切られた。

 それに未練を感じる広大。

 だが、理性は「出来る事はやり終えた」という満足感を刺激していた。

 まだ何も成し遂げてはいないのに。

「さて、と……」

 わざわざ口に出して、広大は今日の予定を考えてみる。

 やたらに空虚さを感じる、慣れた部屋から感じる違和感を打ち消すように。


                 ◇


『飯食うたか?』

 二瓶からの連絡が入ったのは、その日の午後九時を回ってからだった。

「夕飯のことか? それは終わった」

『そうか~、カップ焼きそばでええか』

「それなら買い置きがある」

『よっしゃ。直で行ったろ』

 情報収集の成果があったらしい。

 それも二瓶のテンションから考えて、かなりややこしい情報を拾ったようだ。

 何しろ直接、話しに来るのだから。

 それを読み取った広大は、ポットのお湯を再加熱して――他に用意は、と考えていると呼び鈴が鳴った。

 早すぎる、と広大は思ったが拒否する選択肢は無い。

「早いな」

 とイヤミ半分の言葉で出迎えると、

「うまいこと駐車場が空いてた。いつもの奴おえへん。お、お湯いただき~」

「飲む物が――」

「何でもええわ。焼きそばもらうで~」

 と、二瓶は着いて早々、流し前を占領してしまった。

 広大は肩をすくめて、その場を譲りベッドに腰掛ける。

 二瓶は、それに続くとローテーブルの前に腰を下ろした。

 そして、ポケットからスマホを取り出すと、器用にそれを指先だけで縦に回す。

 危ない癖だったが……絶好調らしい。


「まずな。ええと、被害者の淵上ひとえから行こうか」


 そして、前置きも無しにいきなり始めた。

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