第110話 国司赴任2

「麻呂が、ユガ国国司、コランでおじゃる」

 輿の上から名乗るコランに対して、沿道で出迎えたゴブリンたちが一礼した。


「国司様のご着任、おめでとうござりまする」

 国司を乗せた輿を前に、集結したユガ地方のゴブリン諸部族の長たちが、一斉に跪く。

 彼らの先頭に立っているのは、比較的豪華な服を着た4人のゴブリンだった。

 小部族が点在するユガ地方のゴブリン部族の中では、比較的大きな領土を持つゴブリン部族。ヨゥマチ族、タゴゥ族、マユラ族、クシマ族の長であった。

 この地方の諸部族は帰順時に「骨都侯」(人間の勢力における「男爵」相当)の爵位が付与されていたが、彼ら代表的な四部族には、一段階上の「大当戸」(同、「子爵」相当)の爵位が与えられていた。

 後に、ユガ地方における「四大貴族」という呼称が定着する事になる彼らは、この地方における顔役と言ってもいい存在であり、ユガ地方の様々な利害関係を代表する存在であった。


「麻呂は、偉大なるトゥリ・ハイラ・ハーンから任命され、この地を治める事となった。このユガの街は、今後は国衙領としてこの地方を治める拠点となる。これからよろしく頼むでおじゃる」

 輿の上から告げたコランに、4人の部族長は頭を下げた。

「このユガの地に国司様をお迎えする事ができ、光栄に存じまする。国司様と随行官の皆様、そして国衙近衛兵の皆様、どうか我々をお導きくだされ。宜しくお願いいたしまする」

 随行員たちに向けて、迎える一行が一斉に頭を下げる。それとともに、出迎える現地ユガ地方の住民が、随行の兵達に一斉に花束やプレゼントを手渡した。

 コランはイプ=スキ族の出身、そして随行員や兵達も多くはイプ=スキ族の者であった。彼らは思わぬ歓迎に戸惑いつつも、笑顔で彼らの歓迎を受けたのであった。


「さあ、まずは国衙の庁舎にお入りになり、今日はごゆるりとお過ごしなされませ」

 部族長たちが輿の上に座るコランに告げた。

「この先は、我ら四部族の者がお世話を担当させていただきますじゃ」



 ……………



 コランは案内されて、ユガの国衙庁舎に入った。

 簡素ながらも清潔な雰囲気で、少しだけ豪華な感じがする庁舎は、小型の宮殿とも言える建物である。

 そして、彼が座る「国司の間」も、ちょっとした玉座を持つ謁見の間と言った感じで、国司の座が事実上、この地の「王」である事を示していた。

 彼は改めて、自分が国司として赴任したのだと実感しながら周囲を見渡していた。

(なかなか良い宮殿でおじゃるな。国司である麻呂に相応しい)

 玉座から立ち上がり、「国司の間」を歩き回り、窓から街を眺める。街の賑わいの外には荒野と青い空が広がっていた。

「この地方全体を、麻呂が治める事になるのじゃな……。すなわち、このユガ地方は麻呂の世界、麻呂の国。行く末は麻呂の手に委ねられているとも言える。責任重大じゃな」

 そう呟きながら、北の方角を眺める。



 「日登りの国」は、現在二カ国半を領有するリリ・ハン国にとっては、勢力圏の北端となる。

 「日登りの国」の西側には「後ろの国」という人間勢力が治める国があるが、国境には高い山脈が林立しており、両国は隔絶されている。そのため「日登りの国」に実質接しているのは、南東の「隅の国」、南西の「火の国」、そして北側の「豊かなる国」の三カ国である。

 ここ、ユガ地方は南北に長い「日登りの国」のほぼ中央にあたる。

 「日登りの国」南部のオシマ族もリリ・ハン国に帰順している。その北隣、「日登りの国」中央部にあたるこのユガ地方が、リリ・ハン国の勢力最北端という事になる。ここから北側は、リリ・ハン国に帰順していないゴブリンたちの勢力圏である。


 遠く青空の向こう側。「日登りの国」北部は、「カチホ族」と呼ばれるゴブリン部族の支配地である。一定の交流はある様であるが、彼らとの関係は情勢の安定面から重要となる。

 その更に北には「豊かなる国」と呼ばれる広大な地方がある。この地方の現況は不明であるが、情報では「ベルヌイ族」「ユフィン族」という大部族を中心に、様々なゴブリン部族が割拠しているらしい。

 ユガ地方を治めるだけでなく、これらの外部部族の情勢に留意して関係を保ち、自国を守りつつ友好関係を深め……可能であれば彼らにリリ・ハン国への帰順を促す。

 それが国司であるコランに課せられた役目だった。


 外部部族との交流は重要だ。対応方法や相手方の反応次第では、先般のシブシ族の様に摩擦を引き起こし、戦乱の種ともなってしまう。

 この地方はリリ・ハン国の本拠地「火の国」、そしてハーンの所在地であるヘルシラントからは遠い。そして小部族の寄せ集めであるため、即応できる兵力も限られている。国司赴任にあたってハーンから与えられた国衙兵も多くなく、それ故に軍事的な対応は難しい。


 軍事力の裏付けが充分でない中で、こうした大陸北部のゴブリン部族との関係を保ち、ゆくゆくはリリ・ハン国への編入を目指す……。困難な目標である。

 だが、もし成し遂げる事ができれば、リリ・ハン国は大陸全てのゴブリン部族を傘下に収め、大陸のゴブリン勢力を統一できる事になる。

 そのすれば、彼らの主、リリは……トゥリ・ハイラ・ハーンは、大陸全てのゴブリンを統べる偉大な存在……「大ハーン」となるのである。


 「大ハーン」となれば、全てのゴブリン勢力を……大陸東部全域を支配する存在となるし、更に、人間が治めている大陸西部に勢力を伸ばせば……大陸全土の制覇すらも視野に入ってくるのだ。


 そうした「大ハーン」誕生へと繋がる道。ユガ地方は外部勢力と接し、今後の勢力拡大のためにも鍵となる重要な拠点なのであった。

 だが、小部族が混在してまとまりが無く、勢力的にも不安定な地方。それがこのユガ地方であり、まずはこの地方を確実に押さえ、盤石に統治する必要がある。そのために派遣されたのが、国司であるコランなのだった。


「責任……重大でおじゃるな……」

 窓から外を眺めながら、コランは責任を反芻しながら呟く。



 ……………



 その時だった。


「国司様、入っても宜しいですか?」

 部屋の扉がノックされるとともに、入口から女性の声が響いてきた。

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