第57話 「灰の街」の暗躍

 「灰の街」。

 ヘルシラントから一旦帰還したレバナスは、評議会の豪華な応接室に通されていた。


「どうぞ」

 部屋に入り、椅子に座ると、控えていたメイドがテーブルに飲み物を運んでくる。

「ありがとう、ニーサ」

 メイドに礼を言いなから、レバナスが杯を口に運ぶ。

 その向かい側で、椅子に座った男が口を開いた。


「どうだった? 『リリ』の反応は」

 向かい側でソファに身を沈める、恰幅の良い初老の男性……ルインバース議長が口を開いた。

「私どもの前では、ミスリル鉱石を消しませんでした。ただ、『消せる』と示唆させる発言をしていたので、正直な所、消せるか消せないか、真偽はわかりません」

「……そうか」

 ルインバース議長が頷いた。

「『消せない』のを、その場で取り繕ったのではないのか?」

「そうかもしれません。しかし、今回の状況だけでは判断しきれませんでした。

 個人的には『消せない』と見ていますが、確証は持てないですね」



「『ヘルシラントのリリ』も勿論ですが、側近のコアクトという女、そしてその他の部下達……ゴブリンながら、抜け目の無い連中ですな。それに……」

 レバナスが、煙草に火を付けながら言った。

「『ミスリルを消せるか』についてもそうなのですが、宝物庫や『魔光石』鉱脈の場所についても、尻尾を出してくれませんでした」

「ふむ……」

 ルインバース議長が、煙草の煙を眺めながら、呟いた。

「なかなか抜け目がないな」

「商品を運び込む、と提案して入り込み、場所を探り当てようとしたのですが、側近のコアクトという女に、『自分たちで運ぶから、入口に置いて帰る』様に指示されましてな。……あれは本当に抜け目のない女です」

 レバナスがため息をついた。

 洞窟のどこに宝物庫があるのか。そして『魔光石』鉱脈があるのか。それを探るのが密かな目的の一つだったのだが……未然に防がれてしまったのだ。

「……まあ、それは、彼らが『討伐』されれば、じっくりと探せばよかろう」

 ルインバースが、煙を吐きながら言った。

 レバナスも頷く。そうだ。慌てる必要は無い。



「……それで、会ってみた感じはどうだった? 『ヘルシラントのリリ』は、聖騎士サイモンに勝てると思うか?」

 ルインバース議長の質問に、レバナスは煙草の煙を吸いながら、しばし考え込んだ。

「『リリ』がミスリルを消せない、という前提に立てば」

 ふう、と煙を吐きながら答える。

「勝てない可能性が高い、と思いますが……」

 一呼吸おいてから、続けた。

「……案外、何とかしてしまうかもしれませんね」


「ほう……?」

 ルインバース議長が、興味深そうにレバナスを見た。

「何故、そう思う?」


「ヘルシラントは弱小部族でしたが、『リリ』の出現以来、急速に勢力を拡大しています」

 レバナスは、壁に掛かっている『火の国』の地図を眺めながら言った。

「イプ=スキ族を破って併合していますし、今回の会見の場では……マイクチェク族の者も一緒におりました」

「マイクチェク族のゴブリンが?」

 ルインバース議長が驚いた表情を浮かべる。

「はい。敵対している筈だったのですが、幕僚の中に、マイクチェク族が混じっていました。あの身体の大きさや、武器に描かれていた文様から、おそらくは王家……コタ家の者ではないかと」

 レバナスは、当時の様子を思い出しながら答える。そして、続けた。

「その事を考えると……いつの間にか、マイクチェク族すら支配下に入れつつあるのかもしれません」

「そうなると……既に、この地方のゴブリン全てが、『リリ』の支配下に入りつつあると言うことか」

「はい。やはり、百年に一度出現するという、伝説の『ゴブリリ』ですし……。私たちには計り知れない力を持っているのかもしれません」

「ううむ……」


「おそらくは、聖騎士サイモンに討たれると思いますが……、『リリ』が勝ち、この地方を統一する可能性も視野に入れておいた方がよろしいかと」

「やはり、どちらに転んでも、我々に有利となる環境を整えていた方がいいな」

 レバナスの言葉に、ルインバースも頷いた。


 ゴブリンが跋扈し、割拠するこの「火の国」に位置する「灰の街」としては、ゴブリン勢力の動向には注意が欠かせない。もし、この国に強力なゴブリンの統一政権が誕生する事になれば……どの様に付き合っていくのかは、「灰の街」が生き残るために、重要な課題となるのだった。


「で、既に策は打っているのだろうな」

「勿論です。サイモンを監視させると共に、既にヘルシラントの間近に、ヘルシラント温泉に滞在する冒険者、という形で、手の者を配置しております」

 レバナスが答えた。

「彼らに聖騎士サイモンと、ヘルシラント族の動向を逐次監視させています。私もこの後合流します」

「よろしい。戦いの結果がどちらに転んでも、都合良く動けるわけだな」

 ルインバースの言葉に、レバナスは頷いた。


「はい。聖騎士サイモンが勝ち、『ヘルシラントのリリ』たちが討たれた場合、サイモンに協力する形で、ゴブリン討伐隊として、直ちに手の者たちをヘルシラントの洞窟に突入させる予定です」

「残存するゴブリンたちを掃討して、宝物庫や『魔光石』の鉱脈を押さえられるわけだな」

「勿論です」


「……そして、もしも『リリ』がサイモンを倒した場合でも、現地の様子を探り、状況を確認して参ります」

「どの様に勝てたのか、『リリ』の能力や戦い方について、更に詳しく判るわけだな」

「はい。そしてあわ良くば、サイモンの装備の一部でも回収してくるつもりです」

「それは上々」

 ルインバースは頷いた。遺品回収にかこつけて、貴重なアイテムや魔道具を大量に持っているであろう聖騎士サイモンの装備を一部でも入手できれば、それはそれで大儲けとなる。


 戦いを見届け、勝者の側について行動する。

 どちらのパターンでも、「灰の街」に損はないという事だ。


 ……果たして、順当に聖騎士サイモンが勝つのか。それとも、『ヘルシラントのリリ』が何とかしてしまうのか。

 じっくりと、顛末を見守るとしよう。


 ルインバース議長は、煙草をくゆらせながら、ずっしりとした身体を、深々とソファに沈めたのだった。

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