第44話 アクダム始末

 そう言えば、彼らイプ=スキ族が傘下に来たという事は、確認しておくべき事がある。

 わたしはふと気がついて、サラクに尋ねた。

「そう言えば、この前の戦いの時ですが、アクダムは……」

 そう言い出すと、サラクはバツの悪そうな表情をして言った。

「あ、ああ……。やはりその話になりますか」

 そして、一息ついてから言った。

「そうですね。確かにアクダム殿は……」


 サラクが話し始めた、その時……「族長の間」に、慌てた様子でゴブリンが走り込んできた。

「大変です、りり様!」

「何事ですか?」

 わたしの言葉に、そのゴブリンはわたしの前で拝跪して答える。

「そ、その……アクダム殿が行方不明になりました。姿がどこにも見えません!」


「アクダム殿が?!」

 爺の言葉に、駆け込んできたゴブリンが頷く。

「はい。もぬけの殻です。洞窟から出ていく姿を見た者がおりまして……どうやら、出奔なされたご様子」


「……先手を打たれましたね」

 わたしはため息をついた。

 イプ=スキ族一行が使者に来たという情報を聞いて、危ないと見て逃げ出したのだろう。こうした決断は早い……というか、逃げ足の速いゴブリンである。



 わたしはこほん、と息をついてから、改めてサラクに尋ねた。

「改めて聞きますが、やはりアクダムは……」

「……はい、我々イプ=スキ族に内通しておりました」

 サラクは頷いた。

「本来は、私たちがヘルシラント勢の陣を攻撃したタイミングで、アクダム殿の手勢に寝返って貰い、本陣を挟み撃ちにする予定でした」


 わたしはため息をついた。そんな事だろうとおもった。

 あの戦いの際に、わたしたちヘルシラント本陣とは違う色の旗を掲げていたのも、内通相手であるイプ=スキ族側が見分けやすくするためだったのだろう。


 先日の「ナウギ湖畔の戦い」。実際には、イプ=スキ族勢はヘルシラントの陣まで接近できずに壊滅する事となった。結果的には一方的な戦いとなり、両軍が直接ぶつかる場面がなかった。

 そんな状況となっては、裏切っても意味が無い。だから、アクダムは内通を「無かったこと」にして、戦況を傍観するしかなかったのだ。

 そして、動かないと決めたのに、戦いの最後にスナ族長が陣地の目前までやってきて、内通発動を促す発言をしたので、逆上したわけだ。

 動かない彼らに業を煮やして、あるいは動いてくれる事を期待して行動し……挙げ句の果てにはアクダム自身に討たれてしまった、スナ族長は気の毒な事だ。


「ヘルシラント勢を倒してりり様を討ち取れた場合、アクダム殿は、わたしたちの傘下としてのヘルシラント族族長になる予定でした」


「そんな事だろうと思っていました……」

 サラクの告白に、わたしはため息をついた。



 ともあれ、これでアクダムに対する方針は固まった。

 わたしが「スキル」に目覚めてヘルシラント族長に返り咲くまでの、数々の専横。それだけでも許せない事だが、その後、見かけは大人しく従っていたので、なかなか処分に踏み切れなかった。

 しかし、(当時の)敵対部族への内通という大罪が明るみになれば、話は別だ。



 わたしは控えているゴブリンに言った。

「部族内の各村落に伝令を。アクダムの裏切りについて知らせること。手配して、そして発見したら罪人として捕らえること」

「ははっ」

 命じられたゴブリンが、頷いて退出していく。今回の帰順で、イプ=スキ族も我がヘルシラントの部族に入ったわけだが、加入した彼らに最初に伝えられる命令が「アクダム指名手配」になるとは、縁起がいいのか、悪いのか……

 ともあれ、元々かなり黒に近い灰色だったものが、はっきりと真っ黒になった事で、アクダムの扱いについても、はっきりと決定した事になる。これまで疑いつつも成敗できない、どっちつかずの状態が続いていたけれど、明確に罪人として裁く事ができるわけだ。

 ただ、あのアクダムがそんなにおとなしく捕まるとも思えないけれど……。



 ……そして、ともあれもう一つ、アクダムに関して処理しておくことがある。


「コアクトを呼んで下さい」

 わたしは、アクダムの唯一の肉親……姪のコアクトを呼ぶ事にした。



 ……………



 「族長の間」に連れてこられた少女……コアクトは、恐る恐るといった感じで、わたしたちの前に拝跪した。

「コアクト、参りました」


「コアクト」

 わたしは言った。

「あなたの伯父、アクダムは、イプ=スキ族に内通していた挙げ句、出奔しました。あの男は、もはや罪人であり、我がヘルシラントにいる事は許されません」

「は、はい……」

 当惑が隠せない表情をしている。彼女にとっても、伯父のアクダムが突然逃げ出したのは驚きだったのだろう。

 そして、その表情を見れば、彼女が何も聞かされていない……一連のアクダムの策動に、コアクトが関わっていないのは明らかだった。


「よって、アクダムの持つ財産は全て没収します。そして……」

 わたしは息をついてから言った。


「唯一の肉親である、姪であるあなたに継承させます」

「は、はい……えっ!?」

 コアクトは驚いて顔を上げた。周りの者たちも意外そうな表情をしている。


「あなたが家の当主となって、アクダム家の財産を引き継ぐように」

 わたしは改めて言った。


「あ、あの……よろしいのですか?」

「はい」

 コアクトの問いに、わたしは頷いた。

「あなた自身に対して、罪を問う気はありません」


「あなたの持つ様々な書物、そして知識を、わたしは頼りにしています。どうかこれからもわたしを助けて下さい」

「あ、ありがとうございます!」

 コアクトが拝礼した。


「ただ、アクダム派が占有していた洞窟については接収して、この度ヘルシラントに帰順した、イプ=スキ族のサカ族長たちに与える事となります。その点は我慢して下さい」

「わかりました」

「あなたが住んでいる区画と、アクダム家の書斎についてはそのまま残します。引き続き使ってもいいですよ」

「あ……ありがとうございます」


「ふぅ……まあ、アクダムについては、これで一段落ですかね」

 わたしは、ふうと一息ついてから、改めて言った。

「コアクト、これからも、よろしくね」

「は……はい! このご恩は忘れません! これからも一生懸命、りり様にお仕え致します!」

 わたしの言葉に、コアクトはようやく緊張した表情を和らげて、答えてくれた。



 ……これでいいだろう。

 アクダムのこれまでの所業、そして内通の罪は重い。だから、アクダム家の財産は全て没収するべきだし、一族であるコアクトを連座させる事も選択肢の一つだった。

 だけど、わたしにはそこまでするつもりは無かった。

 このやりとりを見ていたゴブリンたちの一部は、「対応が甘い」と言いたげな表情をしているけれど、わたしはこの対応で良いと考えていた。



 確かに、コアクトはあのアクダムの一族だけれども。

 コアクト個人については、わたしは好ましく思っているし、アクダムの陰謀に関わっていないのは明らかだ。親族だからと言って、アクダムに連座させて罰するのは可哀想だ。

 彼女の知識はこれからも必要だし、得がたい人材だ。これからもわたしを助けてもらいたい。

 それに、派閥のボスとしてある程度の財産を持っていたとはいえ、わたしは今や、「魔光石」の鉱脈を掌握している。自分の財産を増やすために、アクダム家の財産をわざわざ取り上げる程でもない。それなら、コアクトに渡して、これからも役立てて貰う方がいいだろう。



 ……………



 こうして、イプ=スキ族の投降。そしてアクダムに関する始末は(本人は逃げて捕まっていないけれど)ひとまず一段落した。


 しかし、これからも問題は山積みだ。

 サラクやサカたちにイプ=スキ族に関する状況を教えて貰って、彼らを保護、そして協力しつつ、北部から侵攻するであろう、マイクチェク族に備えなければならないのだ。

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