第43話 決断の時
その時だった。
サカ少年が、対応に悩んで難しい顔をしているわたしたちの前に、進み出た。
そして、潤んだ瞳でわたしを見上げて、居並ぶヘルシラント族の代表者たちを見回して、言った。
「りりさま。そしてヘルシラントのみなさん」
「どうか、ぼくたちをたすけてください」
「ぼくが、イプ=スキのみんなのかわりに、みなさんのひとじちになります」
「ぼくは、どうなってもかまいません」
「だから、どうか……イプ=スキのみんなを助けてください!」
そう言って、周りのゴブリンたち一人一人に、頭を下げる。
その姿を見て、わたしは不思議な感情が沸き起こってくるのを感じていた。
(なんて健気なんだろう……!)
こんな可愛らしさの残った少年が、部族のために自分の身を差しだそうとしている。
あどけない、そして健気な決心を秘めた表情に、保護欲の様なものが……守ってあげなければならない、という庇護欲の様な思いが湧き出てくる。
リーナや爺、そしてヘルシラントの代表たちの表情も、複雑に揺れ動いているのがわかる。わたしと同じ心境なのだろう。
あどけない、いたいけな少年の覚悟の表情は、確かにわたしたちの心を動かしたのだった。
「……………」
やがて、ヘルシラントのゴブリンたちは、揃ってわたしの方を見た。
これはつまり……判断を族長であるわたしに委ねるということ。わたしが下した判断に従うという事だ。
それだけに、わたしに任された責任は、重い。
ヘルシラントの代表者たち皆が、そしてサカ少年が、サラクが、わたしを見て、その判断を見守っている。
……………
「……………」
わたしは改めて、自分が族長としてやるべきこと、やりたかった事を思い出していた。
幽閉時代から。そして、「ゴブリリ」として生まれた時から、ずっと思い描いていたこと。
それは、「ゴブリリ」として、ゴブリン全体を幸せに導く存在となること。
ゴブリンの諸部族を束ねる、大ハーンとなること。
部族間で繰り返される不毛な争いを止め、ゴブリン全体が一つの勢力として纏まり、力を合わせること。
そうした理想を実現するために……「ゴブリリ」としての力を尽くすこと。
知識と力を蓄えて、理想のために進み続けること。
そうだ。
わたしのしたい事。するべき事。
その事を改めて考えてみると。
どうすべきか。最初から答えは決まっているのだった。
……………
わたしは言った。
「……わかりました。イプ=スキ族の帰順を認めます」
その言葉に、居並ぶヘルシラント族の皆から「おお……」という声が漏れた。
「あ、ありがとうございます!」
直立不動で頭を下げるサラクに続いて、サカ少年もぺこり、と頭を下げる。
「ありがとうございます、りりさま」
その様子を見て、改めて、この少年を守ってあげたいという、何とも言えない庇護欲が湧き上がったのだった。そして、わたしが生まれてきた時から持ち続けていた思いも、改めて浮かび上がってくる。
そうだ。
わたしが「ゴブリリ」として生まれてきたのは。自分の生まれてきた使命だと思っている事を考えれば。
全てのゴブリンをまとめて、ゴブリン皆が仲良く力を合わせて、笑顔で過ごせる世界を作るためには。
たとえかつては敵であった者たちでも、助けを求めて来たゴブリンたちには、手を差し伸べなければならない。
何より、まず最初に、この少年を守らねばならない。そして、この少年の故郷を守らねばならない。
それに、敵対関係が続くと考えていたイプ=スキ族が、戦わずに丸ごと傘下に入るのだから、政治的な、現実的な面でも、拒否する理由は無い。
普通にイプ=スキ族と戦い続けたとしても、勝てたかもしれない。だが、弱っているとはいえ彼らは強敵だ。最終的に征服できたとしても、その頃には大きな損害を出しているだろうし、その間にマイクチェク族は更に、手のつけられないところまで、勢力を増大しているだろう。
そう、当面の強敵となるマイクチェク族との問題がある。イプ=スキ族と結んでも結ばなくても、彼らとはいずれ戦わねばならない。それなら、早い段階でイプ=スキ族が味方になる方が良いに決まっている。
「皆さんも、いいですね?」
周りを見回して言う。
「族長の間」に並ぶ、ヘルシラント族のゴブリンたちは……少し考えて、頷いた。
「はい、りり様の判断に従います」
その様子を見て、サカ少年とサラクは、ほっと、安堵の表情を浮かべたのだった。
……………
こうして、イプ=スキ族の帰順の問題は、一定の結論が出た。
わたしはふう、と一息つきながらも、じわじわと事の重大性に、自分が置かれている立場を再認識しはじめていた。
確かにイプ=スキ族が傘下に入ってくれた、わたしたちの陣営に加わってくれたのは、ありがたいことだけれど。
これは実質……イプ=スキ族自身が。そして彼らが抱えている問題が、わたしたちに「丸投げ」される事になる。
マイクチェク族に圧迫されている状況が。そして、彼らの侵攻に備え、傘下にあるイプ=スキ族のゴブリンたちを守る責任が、わたし自身にのしかかってくる事になるのだった。
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