第29話 戦場での下準備
「溝は、わたしの『スキル』で掘ります」
わたしは、みんなを前にして「
……そう。普通に今から手で地面を掘り返していたら、間に合わないけれど。しかし、わたしの「
「確かに、りり様のお力なら、何とかなりそうですな」
次々と溝が掘られていく様子を見て、周りで見ていたゴブリンたちが、安堵の声を上げた。
「溝を掘るのは、わたしが担当します。わたしの『スキル』なら十分間に合います。
……みんなは、他の事をお願い。
爺たちは、『川』の仕込みを。
そして、リーナとみんなは、少しでも多く弓兵を編成して、弓矢を用意して頂戴」
一通り指示を出してから、わたしはあらためて周りを見回した。そして、呼びかける。
「みんなの力で、この戦い、勝ちましょう!」
周囲から一斉に「おーっ!」と声が上がった。
「わかりました!」「お任せ下さい!」
「さすがはりり様です!」
「これなら勝てますよ! イプ=スキの連中……見てろよ!」
返事をして、皆がそれぞれの持ち場に散っていく。
ヘルシラントの山に戻り、弓矢の準備と弓兵の編成を行う者たち。
そして、ナウギ川の「仕掛け」の作業を行う者たち。
勝機が見えてきた事もあって、彼らの雰囲気は、少し明るくなっていた。
わたしは、護衛のゴブリン兵数名とその場に残る。
そして、「
このイプ=スキ族との戦いに向けた対策。どの要素も大切だけれども、わたしが掘る「溝」が最重要項目だ。
それだけに、しっかりした物を掘らねばならない。
わたしの「スキル」が役立って、ヘルシラント族のみんなを守れるのか。
そして、わたしが「ゴブリリ」女王として、あるべき姿を示せるのか。
ここが正念場だ。
「さあ、がんばりましょうか」
わたしは自分に言い聞かせる様につぶやいて、「
……………
念のためにヘルシラント側の作戦も確認しておこうと、湖畔まで来てみれば……。アクダムが目にしたのは、不思議な風景だった。
リリが消滅の「スキル」を使って、草原の途中に溝を「堀り」始めている。
他の連中の動きを見ると、どうやら弓兵の確保に動き出しているらしい。
それにしても、川の手前に溝。いったい何なのだろうか。
(……何を考えているのだ?)
アクダムは考えこんだ。
弓兵中心に兵を用意するのは、イプ=スキ族の弓騎兵に備える事を考えれば、(到底足りないにしても)妥当な判断だろう。
だが、この溝は一体何に使うのだろうか。
(これは……塹壕、というやつか?)
少し先には、ナウギ湖に流れ込んでいる、ナウギ川が横断している。
もし当日に水かさがあれば、川を渡るときに、イプ=スキ族の騎兵の動きも鈍るだろう。
溝の中に兵を伏せ、イプ=スキ騎兵が渡河する隙に矢を放てば、ある程度の打撃を与えられるかも知れない。
……だが。
(これだけでは無理だ)
アクダムはそう結論を出した。
渡河の際に不意打ちでダメージを与えたとしても、限定的だ。ほとんどのイプ=スキ騎兵は河を渡りきって、すぐに駆け寄ってきて塹壕の中に弓矢を打ち込むだろう。溝の中からは逃げられないだろうし、おそらくは全滅してしまう筈だ。
あと、そもそも最近の天候を考えると、当日のナウギ川が、足止めに役立つほど水かさがあるとは思えない。
普通に陣を敷いて、一方的に射られるよりは、渡河時にダメージを与えられるだけマシかもしれない。しかし、勝てない事にはかわらないし、塹壕に配置した兵が全滅する分、こちらの方が悲惨な結果になるとも言える。
塹壕の前に全体的に柵を作れば、足止め効果は増すかもしれないが、残された時間や地面の固さを考えれば、そこまでの余裕は無いだろう。
(……そんな事もわからないのか、こいつは)
アクダムは密かに嘲笑った。
まあ、「ゴブリリ」だというだけで、そして「スキル」の力で、族長になっただけの小娘だ。頭が回らないのも仕方がない。
「
もはや、この戦の結果は見えた。この程度の浅知恵では、イプ=スキ軍には勝てないだろう。
ここから必要なのは、自分たちアクダム派がこの戦いで、如何にダメージを受けないように温存するか。とりあえず、自分の手勢が塹壕に配置されない様には、根回ししないといけないだろう。
そして大切なのは、戦いの後、敗戦して求心力が失われたリリに対して、どの様に立ち回るかだ。
それに、展開次第では……戦いの途中で、もっと劇的な場面で、出番があるかもしれない。こちらの展開になる公算の方が高いだろう。
いずれにしても……もう打つ手は決まっている。
戦場で、リリの絶望顔が見られるのが、今から楽しみだ。
「スキル」で溝を堀り続けるリリを眺めながら、アクダムはほくそ笑んだ。
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