第21話 ヘルシラント温泉
この日、わたしはリーナを連れて、ヘルシラント山のすぐ近くにある、「ヘルシラント温泉」にやってきていた。
「ヘルシラント温泉」は、山を下りて少し歩いた先、街道から少し入った海岸沿いにある露天風呂だ。人間たちが露天風呂とその側の酒場を運営している。
ゴブリンたちはお酒も大好きだけど、それ以上に温泉が大好きだ。だから、温泉や酒場を襲ったりはしない。彼らに迷惑が掛からない様に、この周辺では、街道を通る隊商を襲ったりもしないなど、一種の紳士協定が成り立っていた。
また、この「ヘルシラント温泉」は、わたしたちゴブリン村とも交易で取引があり、以前から友好関係を保っている。ここの温泉に設置されている酒場。ここで出されている料理の食材は、ゴブリン村から仕入れたものが結構多いのだった。
……………
「こんにちは~」
「いらっしゃい、リリちゃん! リーナちゃんも良く来たね」
温泉の建物に入ると、店主のおばちゃんが愛想良く声を掛けてくれる。
「今日もゆっくりしていってね!」
「は~い」
わたしが名実ともにヘルシラント族の族長となり、幽閉されていた「族長の間」から外の世界に出られる様になって、一番嬉しかったのが、この露天風呂に入れる事だった。
ゴブリンたちはどの部族も温泉好きで、それぞれが本拠地の近くに素敵な温泉を構えている。
イプ=スキ族も、マイクチェク族も、それぞれ様々な温泉を構えている。
イプ=スキ族はわたしたちと同じく、海沿いの美しい温泉を持っていて、温泉に加えて高温の砂に埋まって温まったりするらしい。また、マイクチェク族の温泉は山の景色が良くて、温泉の種類も豊富とのことだ。
「火の国」以外の地方に住むゴブリンたちについても、北方の「豊かなる国」にあるベルヌイ族の温泉は七色に輝いていると聞くし、山間にあるユフィン族の温泉も、お風呂も景色も素敵だと評判だ。
族長という立場では自由に移動ができないが、こうした他部族の温泉にも入りに行ってみたいものだ。いつか気軽に行ける情勢になってくれればいいのだが……。
ともあれ、我がヘルシラントにある温泉も、こうした他の部族に引けを取らない素晴らしいものだ。
わたしはリーナとともに服を脱いで、露天風呂へと入っていった。
うん、いい天気だ。そして景色がすばらしい。
こんなにいい景色の露天風呂が本拠地の側にあるなんて、やっぱりヘルシラントはすばらしい。
海岸に面した場所に露天風呂がある。広がる温泉の向こう側に、透き通った青空の下、青い海が広がっている。
海の向こう側には海岸線が続いており、遙か対岸にはカイモンの山が見えている。
わたしは身体を洗ってから、お風呂へと身体を沈めた。
露天のお風呂も広々としていて、透明な水面に青空が映っている。
露天風呂の縁の向こうには海が広がっていて、まるで水に映る空が、そのまま海まで続いている様に見える。素敵な風景だ。
この景色をじっくり味わいながらお風呂に入れるなんて、なんて贅沢なのだろう。
目を閉じて、耳を澄ましてみる。湧き出す温泉の音に加えて、海岸から聞こえてくる波の音。海岸沿いを吹く風の音が心地良い。
首まで身体を沈めて、改めて海を眺める。
真っ青な空、水面に映る空の青。そして、海の青。それぞれ微妙に違う色の青色が視界を埋めている。
とにかく青い、青い空。雲一つ無く、空一面がわざとらしい程、と言っても良い様な澄み切った綺麗な青に塗りつぶされている。空の色は、こうして温泉の中から改めて見ると、何だか心を落ち着けてくれる様な気がする。
目の前には真っ青な空の下、海がどこまでも続いている。海岸線の向こう側に、カイモンの山が遠くに見えている。
昨日は曇っていたけれど、今日は本当に天気が良い。カイモンの山には雲一つ掛かっておらず、頂上までよく見える。
そして、後ろを向けば、わたしたちの住むヘルシラントの山……「かんむり山」がすぐ側に見える。
天を突くように大きな、高い山。山というより、細長い岩が突き立っている様な山。頂上を見るためには、首を大分上の方まで傾けないといけない。
岩肌が見えている場所が多いけれど、半分くらいは木々に覆われている感じ。
この山の中に洞窟があって、わたしたちが住んでいるのだ。
山を登るのは大変だけれども、海も近くにあるし、景色もいい。なにより、こんなにすばらしい温泉がすぐ側にあるのだ。
わたしは温泉に浸かりながら、壁にもたれ掛かってぼんやりと景色を眺める。
そして、これまでの出来事を思い返していた。
……………
「ゴブリリ」として生まれながら、「スキル」になかなか目覚めずに幽閉されていた日々。
タイムリミットギリギリで目覚めた「スキル」が、「
しかし、何とか「消滅魔法」だと勘違いさせて、族長の座を狙うアクダムを撃退する事ができた。
おそらくはドワーフ向け能力だと思われる、この「
だけど、洞窟の中で使う分には案外有効で、落盤で塞がれた通路を開通させたり、洞窟内を整備したり、思った以上にゴブリンたちの……ヘルシラント族のみんなの役に立っている。
さらには、新しい通路を掘っていたら「魔光石」の鉱脈を発見するという幸運もあった。おかげで、洞窟を更に整備したり、交易で利益を出して部族のゴブリンたちの生活も豊かになりつつある。
また、今のところは洞窟内だけだけれども、この「
「
まだヘルシラント族の内部でしか能力を使っていないので、過去の「ゴブリリ」の様な、大ハーンを目指したり、他のゴブリン部族を統合したり……そういった事はまだまだ遠い世界だけれども。
でも、このままヘルシラント族のみんなを幸せにしていければ、いずれ他の部族との関係にもいい影響が出てくるかもしれない。他の部族にも協力してあげて、仲良くする事ができれば、いずれはもっと広い世界での活躍も視野に入ってくるだろう。
……………
そんなことをぼんやりと考えながら、わたしは久しぶりの外でのお風呂を堪能したのだった。
しかし、世の中は……ヘルシラント族の外の世界は、わたしが夢想している様に平和でも優しい世界でも無かった。そして、わたしが思っている以上に世の中の流れは早く、そして厳しいのであった。
気分良く温泉からヘルシラントの山に戻り、「族長の間」で玉座に腰掛けたまさにそのとき……新たな試練がやってきたのだった。
……………
「りり様、大変です!」
リーナが顔色を変えて、族長の間に飛び込んで来た。
「イプ=スキ族からの使いがやって参りました! りり様に会わせろと」
それが……わたしの、ヘルシラント族の、そして「火の国」のゴブリン全体の運命を変える、一連の出来事の始まりとなるのだった。
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