第10話 夜明けの景色

「次は……当てますよ!?」

 アクダムの目の前の地面を「採掘マイニング」で削り消して、わたしはじっとアクダムを睨み付けた。


「くっ……お、おお、覚えていろ!」

 捨て台詞を吐きながら、アクダムが部屋から駆けだしていく。

 その様子を見て、ゴブリンたちから歓声が上がった。


「あのアクダム様が……」

「りり様すげぇ!」


 歓声の中、わたしは安心して、ふう、とため息をついた。

 ……上手くいった。何とか乗り切れた。


 何とか、はったりに引っかかってくれたけれど、わたしの能力は、生き物を……アクダム自身を「消す」事はできない。

 つまり、実際には、あれ以上の攻撃はできなかったのだ。

 その事に気付かれたら、もしアクダムが皆をけしかけて、実力で……ゴブリンたちに直接押さえつけられたら、身体の小さなわたしでは、どうする事もできなかった。

 目論見通り、見た目が似たような感じの「消滅能力」だと勘違いしてくれたけれど、これからも何とかバレないようにしなければならない。


 そのためにも、本当は自分のキャラではないけれど、強気で行かなければ、強気を演じなければならない。

 物語で読んだ、過去の凜々しい「ゴブリリ」女王たちになったつもりで……。


「皆の者!」

 わたしは、小さな身体で出せる精一杯の大声で、周囲に呼びかけた。

「この通り、わたしはついに『スキル』に目覚めた! 改めてこの場で、わたしが族長である事を宣言します!」

 周りのゴブリンたちは、声も出せずに黙って聞いている。

「反対する者はいるか! ……消されたい者がいるなら、名乗り出るがいい!」



「反対など、ございませんとも!」

 見守っていたゴブリンの中から、声が聞こえた。爺だった。

「ついに力に目覚められた、りり様こそが、真の族長です!」

 もう一人、リーナも前に出てきて叫ぶ。

「りり様、ばんざい!」


「族長りり様、ばんざい!」

 爺とリーナに続いて、ゴブリンの中からもまばらに声が上がる。

 そんな中を歩き抜けて、わたしは族長の椅子に座った。

 そして、ふう、と小さく息をつく。


 まだまだ、アクダム派や中立派も多いけれど。こうしてアクダムを前に、直接力を見せつけて退散させた事で、まずは表だって反対する者はいない様だった。

 完全に部族全体を掌握するには、まだまだ掛かりそうだけれども。

 幽閉されたお飾りでは無く、とりあえずは改めて族長としてスタートが切れそうだった。


「爺、リーナ。ありがとう」

 わたしは二人に呼びかけた。

「こちらこそ、おめでとうございます、りり様」

「信じていましたよ。必ずや、すばらしい『スキル』に目覚められるって」

 二人も喜んでくれている。

 族長になった、と言っても課題は山積だけど、この二人や協力してくれるゴブリンたちとともに、少しずつ支持を広げて、解決していくしかない。


 これから、いろいろとすべきことはあるけれども。

 ……しかしまずは、最初にやってみたいことがあった。


「改めて、お願いがあるのだけれど……」

「何でしょう、りり様」


「……わたし、外が見たい。空を、夜明けの空を、見てみたい。連れていって貰える?」

「勿論ですとも!」

 爺が、わたしの手を引いた。



 ……………



 ふたりに連れられて、初めて幽閉されていた「族長の間」を出る。

 最深部、一番底にある「族長の間」から、洞窟を上がっていく。

 わたしの手を引く、リーナも嬉しそうだ。


 生まれてから見たことが無かった、他の部屋、そして通路を通り抜けていく。

 道すがら、各部屋にいたゴブリンたちが、驚いてわたしたちを見ていた。


 そんな中をしばらく歩いて、ようやく、洞窟の入り口までやってきた。


「ここが一番上です、りり様」

 そして……わたしは、生まれて初めて、洞窟の外に出た。


「わあ……!」


 そこは……ヘルシラント山の頂上だった。

 その先に、本の挿し絵でしか見たことの無かった、外の世界の風景が広がっていた。


 目に飛び込んでくる、夜明けの景色。

 広い山頂は、一面の草原になっていた。

 登り始めた太陽の光が差し込んできて、草原を照らす。

 草原を覆っている白い穂が、夜明けの光に照らされて、きらきらと白く光っていた。


 まばゆく輝く、夜明けの世界。

 初めて見る、太陽の光。初めて見る、空の青。初めて見る、草原の輝き。

 それは……わたしが初めて見た、外の世界。

 わたしがこれから、生きていく世界。


 山の上から見回すと、様々な景色が見えた。

 すぐ近くに広がっている海。

 反対側には、広がる大地が、どこまでも続いている道が、幾つもの山が見える。

 初めて見る外の世界は、何もかもが美しく見えた。


 この景色の先には、何があるのだろう。どんな人々が住んでいるのだろう。

 どれだけ遠くまで、世界は続いているのだろう。

 この世界は、どれだけ広いのだろう。


 洞窟の外に広がっていた、この広い世界。

 わたしがこれから生きていく、この広い世界。

 わたしが、わたしの部族が、これから生き延びていかねばならない、この広い世界。


 この世界で、わたしが生き残っていくのは……大変なのかもしれないけれど。

 「ゴブリリ」として「スキル」に目覚めたわたしが、この世界で為さねばならないことは、とても大きくて、遠くて、まだまだ何も実感ができないけれど。

 まだ、物語で夢見た「ゴブリリ」女王たちは、遠い憧れの先だけれど。


 ……けれども。


 目の前に広がる世界は、本当にどこまでも広くて、そして美しくて。


 気がつけば、わたしは、涙を流しながら。

 目の前の景色を、いつまでも、いつまでも、眺め続けていた。




 ……………



 彼女がヘルシラント族の族長として権力を掌握したこの年を、「リリ・ハン国」(または、ヘルシラント・ハン国、白銀鎧汗国)の成立年とする学説が存在する。

 また、生まれながらにして名目上は族長であった事から、彼女の生年である11年前まで、成立年を遡らせる意見も存在する。

 

 しかし、歴史学において、「リリ・ハン国」成立年の主流は、この翌年である。

 この年に、「ヘルシラントのリリ」の名前が大陸中に響き渡る、そして彼女が「リリ・ハン国」の象徴を手にする、一連の事件が発生するからであった。

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