第18話 御堂君の幼馴染

 不思議に思ったけど、あたしが首をかしげるよりも先に、沢渡先生が「え?」と声を漏らした。


「マリちゃ……いえ、沢渡鞠江さんですよね?」

「そうですけど、あなたは?」

「ええと、御堂竜二です。覚えていませんか? 小学一年の時、同じクラスだった」

「えっ! 竜ちゃん!?」


 今度は沢渡先生が驚きの声をあげる。

 え、二人知り合いなの? 小学生の頃の同クラって言ってたけど、美人な幼馴染がいたんだねえ。


「懐かしい、二十年ぶりくらいだっけ? ずいぶん会ってなかったってのに、案外分かるものね」

「マリちゃ……沢渡さんは、少し変わりましたね。髪、切ったんですね」

「髪を伸ばしていたのなんて、もう十年以上も昔の話よ。それより、沢渡さんなんてかしこまらなくても。昔みたいに、マリちゃんで良いわよ」


 お互いのことをあだ名で呼び合い、懐かしそうに昔を思い出す様子は、まるで同窓会の一コマを見ているよう。


 嬉しそうに笑っちゃって。そんな笑顔、あたしには見せたことなかったのに。

 よっぽど沢渡先生との再会が嬉しいのかな……って、ちょっと待って。


 小学生の頃のクラスメイトだった女性。ということは、もしかすると。


「ちょっとちょっとちょっと、御堂君」


 あたしは顔をほころばせている御堂君を引っ張っり寄せると、沢渡先生に聞こえないようヒソヒソと小声で話しかける。


「ひょっとして沢渡先生って前に言っていた、幽霊が見えるっている君の初恋の相手……」

「―—っ。すみません、今その話はちょっと」


 否定しないってことは、やっぱりそうなのか!

 飲みの席では動揺を見せなかったのに、流石に目の前に本人がいたのでは恥ずかしいみたい。顔を赤くして、眼鏡の奥の目は泳いでいる。


 よく考えたらここ茅野町は御堂君の故郷なのだから、知り合いがいてもおかしくないけれど、まさか初恋の相手と会うだなんて。どんな恋愛小説だ!


 そして嬉しいのは沢渡先生も同じようで、笑顔を浮かべている。


 けど、御堂君。あたし達、事件の調査をしなくちゃいけないんだけど。

 とはいえせっかくの再会に水をさすなんてできずに、話に区切りがつくのを待つしかない。


 しかし、なんだろうね。楽しそうに話す二人を見ると、何故だか胸の奥が、モヤモヤしてくるよ。


 あだ名で呼んで良いと言われた御堂君だったけど、結局『マリちゃん』でなく『沢渡さん』と呼ぶことで落ち着いたみたい。

 本当なら、思い出話や近況報告をしたいだろうけど、ついさっき校内で生徒が襲われたんだ。御堂君はすぐに、お仕事モードに頭を切り替える。


「さっきの火村さん……彼女がしてた話の続きなんだけど、襲われた杉原さん達の周りでいじめがなかったか、教えてもらえないかな。答えにくいかもしれないけど、捜査のために必要なんだ」

「そういうことなら話すけど。でも杉原さん達に限らず、校内でいじめは確認されていないわ」


 沢渡先生はそう答えたけど、本当に無いと言い切れるかというと、怪しいと思う。

 学校が把握していないだけで、いじめなんてどこに隠れているのか分からないのだ。

 だけど御堂君は、あたしとは別の部分が気になったみたい。


「『今は』ってことは、もしかしたら以前にはいじめがあったの?」

「あったと言うか……。二年前、杉原さん達が一年生だった頃に、少しね」


 沢渡先生は言って良いかどうか迷った様子だったけど、周りに人がいないのを確認すると、小声で語りはじめた。


「私は当時担任じゃなかったから、分からないことも多いんだけど。あの子達が同じクラスの女子をいじめてるんじゃないかって噂があったのよ。ただこれは杉原さん達も、いじめられてるって言われていた生徒も、違うって否定していたわ」

「ちょっと待って。学校側はそれを信じたの? いじめてる奴が認めるわけ無いし、被害にあってた子だって、脅されてたのかもしれないじゃない」


 思わず口を挟んだけど、沢渡先生だってそれくらい分かっていたのだろう。小さく「ええ」と頷いた。


「もちろんそれも考えたわ。だけど調べても証拠が見つからなくて。何より被害者とされていた女子生徒が、違うって言ったのが大きくて。結局いじめはなかったって断定されたの」

「なんだかスッキリしないねえ。失礼だけど、信じて良いかどうかは微妙かも。先生自身は、どう思ってるの?」

「それは……さっきもいった通り、当時は担任じゃなかったから何とも」


 うーん、信じるにはちょっと頼りない気がする。

 つい取り調べをする刑事みたいな態度を取ってしまったせいか、沢渡先生は身を縮めてしまっていたけど。そんな彼女に今度は御堂君が尋ねる。


「それで、いじめにあっていたかもしれない女子生徒は、今はどうしているんです?」

「それが、彼女は転校してしまったんです。いじめが原因ってわけじゃなくて、ご両親が事故で亡くなられたから」

「事故?」

「うん。ご夫婦で車に乗って出掛けている時に交通事故に遭って、二人ともそのまま。残されたその子は親戚の家に引き取られて転校して行ったんだけど、向こうで上手くやってるかしら。元々変わった子で、クラスでも浮いていたから」


 両親を事故で亡くした、か。


 話を聞いて思い出したのは、自分の両親。あたしも高校生の時に、両親を亡くしてるんだよね。


 あたしと同じ祓い屋だった両親は強力な悪霊と戦って、帰らぬ人となった。

 知らせを聞いて、高校生だったあたしはなかなか現実を受け止めきれずに、酷い虚無感に襲われたっけ。だけど話に出てきたその子は、中学生であれを味わったわけか。それはさぞ辛かったに違いない。


 そして話を聞いた中で、気になることがもう一つ。


「ねえ、さっき『変わった子』って言ってたけど、何かあったの?」

「えっ? ええと、それはですね……」

「ひょっとしてその子も、幽霊とか妖怪とか、普通なら目に見えないものが見えていたとか?」

「え、どうしてそれを?」


 やっぱり。さっき流れてきた映像を考えると、そうじゃないかって思ったんだ。

 と言うことは沢渡先生の言っているその生徒が、さっき見たいじめられていた女の子と見るのが妥当かな。

 やっぱり学校が把握していなかっただけで、いじめはあったんだよ。


 しかし変わり者扱いされて浮いていたか。

 その子にしてみれば見たままの事を言っていただけだろうに、理解してもらえないなんて悲しい。

 ん、けど見えると言ったら、この先生も。


「そういえば前に御堂君から聞いたんだけど、沢渡先生も幽霊とか見えるんだよね」


 そうだよ。よく考えたら沢渡先生になら、事情を話せるじゃん。


 普通なら幽霊だのなんだの言ったら胡散臭く思われて話が進まなくなっちゃう事が多いけど、同じ見える人なら理解も早いだろう。

 ここはいっそのこと、今までの経緯を話してみるのもありか? そうすれば、何か分かるかもしれないしね。

 だけど。


「えっ? 幽霊が見えるって、それ竜ちゃんから聞いたんですか?」

「うん。友達に見える人がいたって話を聞いたことがあって。先生がそうなんでしょ。実はあたしも……」

「ちょっと竜ちゃん! なに昔の事話してるのよー」


 沢渡先生は途端に恥ずかしそうに顔を赤く染め、ジトッとした目を向けられた御堂君は、「すみません」と慌てる。


 あれ、ベラベラ喋られたのが、気に入らなかったのかな?

 けど安心して。あたしも同じ、見える者同士だから……。


「見えるわけないじゃない。あれは子供の頃、ふざけて言ってただけよ」


 ……………………はい?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る