第14話 悪魔を狩るマカリちゃん

 とりあえず御堂君に告げられた動画のタイトルを、前園ちゃんのスマホで探してみたけど、画面に映ったのはこの前と同じ暗い部屋。

 そして画面の中央には、白いパーカーを着た仮面の女。顔を隠してはいるけど、たぶん同一人物だろう。


 ただ一つ違っているのは真っ白だった仮面が、ヴェネチアのカーニバルでつけられるような、キラキラとした仮面に変わっているという点。

 おそらく本物でなく、ドン・◯ホーテかどこかで買ったパーティーグッズだろう。


「仮面を変えているあたり、一応この前の奴とは別人アピールをしたいのかなあ?」

「さあ、ただのイメチェンかもしれませんよ」



 なるほど。確かにそれもありうるね。

 そうして見ていると、彼女はこの前と同じ、抑揚の無い声で話し始めた。


『皆さんこんばんは。仮死魔霊子です。今宵も皆さんを、恐怖の世界に誘います。今日は◯県□市、茅野かやの町の中学校で起こる怪異について、お話しさせていただきます』


 □市、また近くの市だ。

 こうも立て続けにここいらの怪談を語ると言うことは、彼女はこの近くに住んでいるのか?


 しかも今回は、茅野町の中学校とハッキリ口にしたから、前以上に怪異が起こる場所が特定できるようになっている。


「前園ちゃん、あたし茅野町のことはよく知らないんだけど、中学校っていくつあるか分かる?」

「いいえ。あたしも詳しくは」

『茅野町に中学校は、一つしかありません。駅の側にある一校だけのはずです』


 会話を聞いていた御堂君が、すかさず教えてくれる。


『実は僕、小学校低学年の頃まで、茅野町に住んでいたんですよ。引っ越して以来戻ってはいませんけど、人口もそう多くない町でしたから。学校が増えたなんて事もないでしょう』


 昔住んでいた、ね。そういえば前に、小学生の頃転校したって言っていたっけ。それで自分をオカルトの道に引っ張っていった、初恋の相手と離れることになったんだっけかな。

 御堂君にとっては思い出の町だけど、その町の中学校で起きる怪異っていったい?


『その学校……茅野中学校は、元々は悪魔の巣窟だったのです。他人を蔑み、見下し、傷つけ、苦しむ姿を見て笑い、人を物か何かと勘違いして、おもちゃのように遊ぶ悪魔達。彼ら彼女らは我が物顔で、学校を支配していました。……本当、最低ですよね』


 抑揚の無い声で話していた仮死魔霊子だったけど、最後微かに、声のトーンが変わった。

 あたしの勘違いかもしれないけど、怒りが感じられたような。


『まさかとは思いますが、悪魔なんていないなんて本気で思ってる人はいませんよね。悪魔は私達の周りに、当たり前のようにいるのです。彼ら彼女らは私達人間と変わらぬ姿でご飯を食べ、学校や仕事に行き、そして息をするように他人を傷つける。そんな悪魔達は、あなたの近くにもいるはずです』


 喋っていくうちに、さらに怒気が強くなる。

 しかしコイツ、いったい何を指して悪魔と言っているんだ?


 彼女の言う通り、悪魔は実在する。

 日本ではあまり主流じゃないけど、海外では悪魔を使役する黒魔術師や、祓い屋とよく似た職業、エクソシストなんてのもある。

 あたしも前に、夜な夜なおかしなモノが映るというどこかの外国で作られたアンティークな鏡を祓いに行ったら、悪魔が住み着いてたなんて事もあったしね。


 だけど決して、その辺にほいほいいるわけじゃない。

 だとすると、彼女が言っている悪魔というのは?


『本当に愚かで』


『醜悪で』


『最低な悪魔達』


『だけどそんな悪魔達を狩ってくれる素敵な存在が、ついに現れたのです。今回話すのは、そんな救世主のお話。ふふふ、怪異と言っても、怖いものばかりではありません。悪魔から私達を守ってくれる、良い怪異だってあるのですよ』


 さっきの怒ったような声から一転、今度は仮面の下で笑っている。

 前回の配信であった抑揚の無い喋り方とは、随分違うね。今回はやけに、感情がこもっているじゃないか。


『その名は、マカリちゃん。茅野町の中学校に舞い降りた彼女は一人残らず悪魔を狩り尽くして、学校には平穏が訪れるでしょう。ふふふっ、はははははははははっ!』


 今度は狂ったように笑い出す。

 けど、これはなんだ。この前の動画は普通に怪談を語っていたけど、今回のはまるで怪しい宗教の演説じゃないか。


 唖然としながら画面を見ていたけど、動画はそこで唐突に終わってしまった。


 え、これで終わり? 

 結局、具体的に何がどうなるのかは、何も語られていなかった。

 分かったのと言えばマカリちゃんってのが茅野町の中学校に出て、悪魔を狩るってこと。だけどそもそも悪魔がうようよいる中学校なんて、聞いたことがない。

 もしそんなのがあれば、とっくに祓い屋協会が出向いているだろう。


「いったい何なんでしょうね。それにしても、『マカリちゃん』って、もしかして『魔狩り』にちゃん付けをしたから『マカリちゃん』なんでしょうか? うわー、センス悪ー」


 前園ちゃんが、どうでも良いことを突っ込んでくる。まああたしも、ちょっとどうかと思ったけどね。


 コメント欄には『頭いっちゃってる』、『ワラタ』等、バカにするような言葉が数件あったけど、あたしは笑う気にはなれなかった。


「火村さん、今のどう思います?」

「そうだねえ。今回の動画は前と違って、見た人が呪われるような仕掛けもなかった。普通に考えたら、オカルトマニアがおかしな配信をしただけなんだろうけど」

『今回は呪いはないのですか? けど僕はこの前の配信よりも、今回の方が不気味に思えました。上手くは言えないのですけど、前よりももっと良くないことが起きるんじゃないかって気がするんです』


 嫌な予感なら、あたしも感じている。だいたい、少し前に呪いの動画を配信していたやつが、こんな動画を意味なく投稿するとは思えない。

 もしもこの動画に、何か意味があるとするなら。


「ねえ、茅野町の中学校にマカリちゃんってのが現れて、悪魔を狩るって言ってたよね。てことは中学校で、何か事件を起こす気なのかも」

「あり得ない話じゃないかもしれませんけど、だとしたらいったい、何をする気なんでしょう?」

「その辺のことはわからないけど。前園ちゃん、中学校に電話して、変わったことがないか調べてみて。あたしは直接、現地に行ってみるよ」


 どうにも胸騒ぎがするんだよね。

 杞憂で終わればその方がいいけど、何かあってからじゃ遅いんだ。


 するとスマホから、御堂君の声が聞こえてくる。


『僕も行きます。僕には霊感はありませんけど、あの町なら土地勘はありますし、学校側に説明が必要になったら、役に立てると思います。話し合いには、慣れているんです』

「行ってくれるんですか? 是非お願いします。火村さんだけだと、胡散臭く思われちゃいそうですもの」

「おいっ!」


 さらっとディスるな! さすがに傷つくわ!


 まあ今までも上手く話せずにトラブルになって、怪しまれて警察を呼ばれた事はあるから、反論しにくいけど。


『今から車を飛ばして、着くのは夕方になりそうですね。とにかく、すぐに向かいましょう。待ち合わせ場所は……』


 結局御堂君も行く方向で、話が進んで行く。

 まあいいや。彼がいたら頼りになりそうなのは、事実だしね。


 さあ、そうと決まれば行くよ!

 茅野町に向かうべく、あたしは勢いよく席を立った。

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