小さな騎士 後編

カリムの言葉にウルクの両目から大きな涙が溢れ、声を上げて泣き出した。


 友を守れなかった悔しさと、初めて目のあたりにした人間の魔族に対する嫌悪の恐ろしさ。いろいろな感情がないまぜになり嗚咽に変わる。


「……ごめん、なさいっ……イアンナ……助け、れなかっ……ごめ……」


 しゃくりあげながら謝罪をするウルクを抱き上げてベッドに寝かせると、頭を撫でる。


「謝ることはない、そなたは良くやった。勇敢な友がいて彼女も心強く思っている筈だ。今はゆっくり休め、騎士たる者は、休息を軽んじてはならん。早く傷を癒し、またイアンナの良き遊び相手になってくれ。よいな?」


 諭すようにゆっくりと落ち着いた声音で語りかけると、泣き疲れと安心したのか、ウルクは寝息を立て始めた。


「後を頼む」

「はっ!」


 医療班の兵士に声をかけ、ウルクのベッドから離れると、兵士が手際良く治療の続きにかかる。


 ウルクの無事は確認出来た。これ以上留まっても、邪魔になりかねないので、カリムは診療所を後にする。



「……何か、言いたげだな? 将軍」


 カリムの後に続いて診療所を出てきたベルゼブブは、苦い顔のままだった。


「陛下。不敬を承知で申し上げますぞ。とんでもない事をしてくださいましたな!」

「……何のことだか皆目見当もつかんな」

「惚けるのも大概になされよ! 未成年者を騎士と認めるなんぞ前代未聞ですぞ!」


 ベルゼブブの怒号に、門兵が再び縮こまるが、怒鳴られているカリムはどこ吹く風だ。軽く肩をすくめて振り返る。


「騎士になる資格を成年に限るなどと定めた覚えはない。才ある者を引き立てて何が悪い? 決めるのはウルク本人だ。お前、過保護が過ぎるぞ」


 守るべき者の為に立ち向かう勇気、傷を負って尚、知らせに走った体力と判断力。未熟であるが故の無鉄砲さはあるものの、ウルクの騎士としての素質には、ベルゼブブも目を見張るものがあった。


「しかし……ですな」


 主君から過保護と言われ、思いあたる節があるのか、ベルゼブブの勢いは衰え深くため息を吐いた。


「……部下の、忘れ形見でしてな……。申し訳ございません。この様な問答をしている場合ではございませんな……どうか、ご容赦を」

「構わん」


 情に厚いお前らしい。と、カリムは笑った。


 ベルゼブブは、気持ちを切り替えるためか、両手で両頬をぱちんと叩く。豪胆さと生真面目さがアンバランスだが、そこが彼の良いところでもある。


「陛下。これからプリムスへ?」

「いや、そちらはベリアルに任せた。私は彼女を迎えに行く」

「なるほど……ウルクが、妙なことを申しておりました」


 カリムの返事に頷いたベルゼブブは、眉を寄せ訝しむような口ぶりで続ける。


「人間の兵士は、イシュタル様を勇者と、呼んでいたとか……勇者を王宮に招く……とも申しておったそうです」

「ゆうしゃ?……何だ、それは」


 確かに彼女は勇ましくはあったが……。英雄視をされ、二つ名が間違って伝わっているのか?


 妙な言い回しにカリムは首をひねる。何にせよ、イアンナが人間から危害を加えられる心配はなさそうだ。


「儂はベリアルを手伝いましょう。プリムスの領主は元を辿れば魔族ですからな。まだ話の分かるやつです」


 ロストリアとの境界付近の村は、迫害を免れた魔族との混血の子孫がひっそりと暮らしていることも多く、プリムス領主もその一族の一つであった。


「あぁ、頼む」


 カリムが頷くと、ベルゼブブは一礼をし、移動魔法でプリムスへ向かった。

 部下を見送ったカリムは、イアンナの魔力を導に彼女を辿る。魂がイアンナと対であるカリムは、魔力と一緒に感情もある程度は受け取れる。


「……まあ、そうなるか」


 魔力の波と一緒に流れ込んできたイアンナの感情に苦笑いが浮かぶ。



 イアンナは、怒っていた。

 それはもう、怒り狂っていた。



「あまり悠長に構えている時間はなかったな」


 カリムの結界に護られているイアンナに危険はないが、周りの人間が吹き飛びかねない。


 怒りの感情により、彼女の力は暴走しかけていた。

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