あぁ、武蔵野

@junt98

第1話

 通った大学が武蔵野にあった。

 世間一般に武蔵野というと東京の西郊に広がる500平方キロメートル超の武蔵野台地を指すのだろうか。ひとこと武蔵野と言ってもその範囲は広く、そこにある街並みや生活を一概に定義することは出来ないだろう。

 しかし、もっと漠然と考えてみてはどうだろうか。位置や範囲、武蔵野の歴史に関する知識など全て一度忘れ、ただ武蔵野と聞いてどんな景色を思い浮かべるだろう。都会ではきっとない、かと言って田舎でもない。人はそこそこ行き交っているだろうか。自然が豊かなわけでも貧しいわけでもなく、華やかなお店はないが昔なじみのお店にぽつんぽつんとコンビニ。


 そこはまさに、武蔵野であった。


 大学の向かいには小さな喫茶店があった。ドアを開けるとチリンチリンとベルの音。座席はカウンターにテーブル、合わせても5、6席だったろうか。焦げた茶色のテーブルにねぼけ赤のカウンターチェアが、どこか気取っている様で気取りきれていない。テーブルの上にちょこんと乗ったパンダの置物が笑顔で客を出迎える。悩んで頼んだナポリタンは意外にもあっさりで、気付かぬうちにぺろりと平らげてしまう。決して独創的ではないが、しばらくすると恋しく感じる、そんな味。

「疲れてるのね。きっと。」

食後に頼んだフレンチトーストはそう出てきた。四角い黄色の真ん中に、白く輝くホイップクリーム。しっかりと卵液が染み込んだ黄色は、ナイフの通りがとても良い。口に運ぶとふわっととろけ、それをホイップクリームが柔らかく包み込む。それ以上でも以下でもない、程よい甘さのフレンチトースト。口数は決して多くない、愛想の良い店主は、ここで長く営んでいるのだろうか。

 お腹も心も満たされて温かな気持ちでお店を出た。目の前には自動車が走り交う大通りが広がる。私はふと、思った。

「あぁ、武蔵野。」

 どっちつかずだなんて言葉があるけれど、どっちにもつかない心地良さ、それこそが私にとって武蔵野の魅力だ。きっと。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

あぁ、武蔵野 @junt98

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る