『初秋の夜の会話』
さくらぎ(仮名)
瀬をはやみ
――崇徳院
(『小倉百人一首』七七/『詞花集』恋・二二八)
*
「……なぁ、……起きとる?」
「…ふん゛〜〜〜〜〜〜ん……寝とるゥ……」
「いや……なぁ、お前さぁ、実際どない考えとん。このままやったら俺らほんまに……燃やされてまうで」
「んム〜〜まだそんなこと
「…………せやけどさぁ…」
「だいたい前からもう分かっとったやろ……ふぁ〜ぁ…俺ら今度は定価で買われんかったんやから…
「…ごめんて。……でもやっぱ怖いやろ」
「ん〜もぉ何回も言うとるやろ……あのなー…俺らはもぉ、ご主人からしたら無用の、ただの紙束やねんて……最早『本』として扱われてない…ただそう呼ぶんがいちばん楽で手っ取り早いから、とりあえず『本』て呼ばれとるだけやん…。まぁご主人はそんなこと全く考えてへんやろけどな……あーもー、起きてもたやんけ…」
「ふふ…そんな奴をまだ律儀に『ご主人』て呼んどるお前もどうかと思うけどな。ホンマはお前がいっちゃん燃やされんの怖いんちゃぁん? 人のこと言えんな」
「ん〜マジでどーでもえーわ…だいたい燃やされるとか都市伝説ですよ……なんぼ人間様でも流石にそんなことしませんよ…」
「でもこの前あいつが言うとったで。いろんな森とか、山とかがさぁ、人間のエゴでめっちゃ燃やされとるって」
「…………」
「あとあれ。『火は人を狂わせる』とか? ……やっぱ俺らもそうなんかなぁ…他に処理のしようが無いもんな…」
「………もうええて。くどいでお前」
「だってこの前――」
「ちょっと一回黙れ。…あのな。俺らを生み出すんは人間やねんで。売るんも買うんも読むんも読まんのも破るんも汚すんも捨てるんも燃やすんも全部人間や。思い出してみ。最初はあんな楽しそうな嬉しそうな顔で俺らのこと見とったくせに、一瞬でも『あ、もうええかな』てなったらもう終わりや。狭い暗い埃被った袋にうま〜いこと詰められて、運ばれながらごっつい揺られて吐きそうなって……実際おったわそんな奴。それでも図書館とか古本屋に持って行かれる奴はまだラッキーなほうやで。図書館組なんか見てみ、ちょっと息苦しいけど綺麗なフィルム着してもらって、貸出番号付けられて……まぁこれも人間社会で言う『囚人』みたいであんま笑えんけど、でも『公共のモノ』として施設の生命線になるんやから、少なくとも最低限の安全は保障されるやん。古本屋組は……これは俺も経験あるけど、台の上に雑に置かれて、『百円か、数百円か、論外か』――これも教わったやろ。『悪いことしたら論外にされる』て――それで選別されて剥がれにくい値札勝手に付けられて、ほんでまた棚に、雑に並べられる。前まで誰がおったか分からんような、臭い、汚い、埃まみれな棚の、全然知らん奴の隣に、いちおう五十音順で並べられる。これはせめてもの気遣いとかそんな綺麗ごとちゃうで。人間が探しやすくするための、これもエゴや。ほんでそっからは当分ずっとそのままや。そら図書館組より多少扱いは雑やけど、ほんでも古本屋組は、またいつかどっかの誰かに買ってもらえるかもしれん。『希望に満ちた第二の
「…………」
「……まぁだから、そんなこと考えとる暇あるんやったらもう
「…………はぁ…なんでこんなことなったんやろ。俺らなんも悪いことしてへんのにな」
「だいたい俺らを捨てるような人間は俺らの気持ちなんか一秒も考えへんで。そら『事情があってどうしても』みたいなことはあるかもしれんけど、それだって結局向こうの一方的な理屈やし、俺らがどうこう言えるようなことちゃうからな。考えるだけ無駄や」
「……………………」
「…………」
「せやな」
「せや。背ぇ括ったか」
「おん。括った」
「ん。ほなもう寝よーや……たぶん明日いっぱいで最後やで」
「え……? 分かるんか」
「なんて言うたらええんやろなぁ……いきなり『あ、そろそろ来るかな』みたいな、そんな気がすんねんな」
「そーなんや……すげぇな」
「まぁ、ホンマになんとな〜くやけどな笑」
「……なぁ、俺もし今度生まれ変わったら、人間になりたいわ。ほんなら俺らを捨てる奴らの――人間の気持ちとか、もしかしたら……それこそなんとなくやけど、分かるかもしれんやん」
「まぁ……じゃあ、もしホンマにそうなったら、俺ら、友達なろな」
「は? なんやそれ……。恥ずいわなんか…」
「なにがやねん。真面目に言うとんねんぞ。な、絶対やで。どんだけ離れたとこおっても。人間の寿命がどんくらいなんか知らんけど、まぁ『前世からの因縁』とかもあるみたいやし、だから今から約束しとったら、絶対なんとかなるって」
「……せやな。絶対、会える。絶対なんとかなる」
「お〜よっしゃ…。じゃあ俺もうホンマに寝るわ……お前も早よ寝ぇや」
「んん……おやすみ。また明日」
「ん〜。おやすみ〜………」
『初秋の夜の会話』 さくらぎ(仮名) @sakuragi_43
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