僕らの上着は煙草臭い

御厨カイト

僕らの上着は煙草臭い



「そんなへったくそな腕だといつまで経っても戦場で活躍できないぞ!」


今日もこの訓練場では上官の怒声が響く。


「お、お前中々良い腕前だ。だが少し右に逸れる癖があるな。そういう時はこうやって的の中心より少し左を狙うんだ。」


そう言いながら、上官は左手を僕の肩に置いて、右手で僕の使っている銃を支える。

そのままでバンッと撃つがまた少し右に逸れてしまった。


「違うそうじゃない。もう少し左だ。」


そう言うと上官は顔をもっと近づけてくる。

そして耳元で囁くように指示を出す。


「もう少し、もう少し左だ。よぅし、そこだ。撃て。」


バンッ


うん、案の定ブレてしまった。


「ブレたな、どうした?調子が悪いのか?」


「い、いや、上官が耳元で囁くから、ちょっと落ち着かなくて。」


「はぁ?何をバカなことを言ってんだ。大体なぁ、お前はそう言うがオレはそんなに女らしくないだろう。背も高けりゃあ、目つきも悪い、声も低いし体は傷だらけだ。こんなオレに女らしさを感じるなんてな。」


「だって、すぐ近くに綺麗で可愛い上官の顔があったから。」


僕がそう言うと上官は顔を赤らめて動揺する。


「っっっ!!お、お前は一体何を言ってんだ!はぁー、まったく。とにかく訓練には集中しろ。この訓練が終わったらいつもの場所な。」


そう恥じらいの残っている顔で言い残すと上官は他の人のところに行った。


うん、相変わらず可愛い。














「いやー、すまない。待たせたな。」


彼女はそう言いながら、いつもの場所に現れる。


「あの後、少し上司に捕まってしまってね。君を待たせてしまった。」


「いえいえ、大丈夫ですよ。僕はいつまでも待ってますから。」


「うぐっ、またしても君はそんなことを言う。というかさっきのは何だ!あんな恥ずかしいことを言い放ちおって!」


「恥ずかしいことも何も事実ですから。本当のことを言って何が悪いんですか。」


「オレがこういう事に弱いのを君はよく知っているだろう。だからせめてこういうリラックスできるときにそういう事を言ってくれ。訓練中はよしてくれ。」


「はぁーい。」


「なんでそんなに不満げなんだ。」


「だってホントのことなのに。」


「・・・そういうことを仕事モードの時に言われたら死にたくなるから本当にやめてくれ。」


「分かったよ。」


僕はそう言うと胸ポケットから煙草を取り出して火をつける。


「吸うのか。じゃあオレにも1本くれ。」


「いいけど、やめたんじゃなかったの?」


「別にやめたわけじゃない、自分が買う煙草が販売終了してしまったから成り行きだ。だが君が吸うのならオレも吸いたい。」


「また、ヤニ臭くなるよ。」


「君と同じ匂いじゃないか。君の上着は煙草臭いからな。」


「嫌なの?」


「いや、全然。」


「分かった、はい。」


「ありがとう。あと火もくれ。・・・ライターじゃない、君が今咥えている奴だ。」


彼女はそう言うと僕の煙草に煙草を当てて火をつける。

だけど、これって・・・


「こういうのを世間ではシガーキスというらしいな。」


こういうことを不意にしてくるからドキッとする。


「なんだ、どうした?顔が赤いぞ?」


「い、いやなんでもない。」


それも無自覚ときた。


「だが、こう考えると不思議なもんだな。」


「なにが?」


「いや前まではただ上司と下っ端という関係だったのに今ではこんなプライベートな関係になったからな。」


「確かにいくつ共に夜を過ごしたか分からないほどの仲ですからね。」


「・・・ま、まぁ、確かにそうなんだが、も、もうちょっと別の言い方があるだろう。」


「うん?どうしたんですか?昨日の夜のことでも思い出しましたか?」


僕がそう言うと彼女はプシューと蒸気が出るほど顔を真っ赤にさせる。


「も、もう!オレが言いたいのはそういう事じゃない!時が流れるのは早いということだ。」


「それは確かにそうですね。出会った頃なんてまるで氷の女王みたいに冷たかったですもんね。」


「あれはこの国が危機に迫っていた時期だったからだ。だが、今では君とここでゆっくり煙草を吸えるぐらいには平和になったからなこの世は。」


「ホントですね。僕はもうあんな悲惨な戦場には行きたくありませんから平和が一番です。」


「オレもそう思う。君と手を繋いで家に帰るのも、デートに出かけたりできるのもこの世が平和だからできることだ。」


「この世の平和と僕らの仲がこれからも続くように願わないとですね。」


「ホントだな。・・・うん?お前今なんて言った?」


「えっ?この世の平和がこれからも続くように願わないとですねって言いました。」


「いやいやなんか抜けてないか!僕らの仲って言うのもあった気が。」


「気のせいじゃないですか?」


「いやいやいやそんな訳がない!ちゃんとこの耳で聞いた。」


「じゃあ耳鼻科に行きましょうか。」


「ぬぅー、認めないつもりか。まぁいい。今日の訓練はもうない。夕食の買い物をして帰ることにしよう。」


「そうしましょう。」


僕はそう言うと彼女に向かって手を差し出す。

彼女はその手を見てニッコリと微笑んで握る。



そして、お互いに手を繋ぎながら買い物へと向かう。




消した煙草の匂いはまだそこに漂っていた。





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僕らの上着は煙草臭い 御厨カイト @mikuriya777

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