月を撮る

 4限を終えて、今日の夜ご飯の材料を買いに近所のスーパーへと出掛けていた。近頃急に秋が深まってきた。ほんの3分の道のりでも身体は完全に冷えていたし、17時すぎの空は夕暮に呑まれ始めていた。私はお惣菜のコロッケや付け合わせの野菜、安くなっていた鮭をバッグに入れて、急ぎ足で家路を辿った。下宿まであと数十メートル、というところで、道の先の踏切の向こう、建物の先の山の向こうに、丸い月が浮かんでいた。確か明日が満月なので、正確にはまんまるではない。しかしそんなことは関係ない。私は下宿の前を通り過ぎ、月に少しでも近づこうとした。

 下宿から百メートルほど行くと、ちょうど視界が開け、月がよく見えた。藍とも紫ともつかない微妙な色の空を背景にして、月はじっと私を見つめていた。周りにも人影はなく、琵琶湖疏水の流音だけが聞こえた。私はグッドタイミングだと思い、スマホを取り出してカメラを向ける。カシャリと音を立てて撮影し、スマホ画面を覗き込む。狭い画面に押し込められた月はただひたすらに発光していて、元の月の良さを1/10も写していない。私はこの写真をみて、とても陰鬱な気分になった。私は何をしているんだ?何で写真なんか撮っているんだ?月はお前を見ている。お前は月を見ないといけない。見るべきは像なんかじゃないんだ。それぐらい分かるだろ。私は写真を消して、10秒ほどじっと月を見つめた。脳裏にその光景を焼き付けることさえ野暮に感じた。私は月とすれ違わないといけない。出会うことは無粋だ。私は月に背を向け、日常へと帰っていった。

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