ひとりごと

橘暮四

連想

 「淋」という字を思い浮かべる。さんずいに林。目を瞑ると、私は林の中にいた。針葉樹の木々が競うように並び立っていて、その葉が作り出す陰が視界全体を暗くさせていた。その隙間から零れ出た初夏の陽射しが、羊歯植物の地面に豹のようなまだら模様を織りなしている。地面に目を向けると、細やかな小川が流れていた。ちょろちょろと静かな音だけ聞こえてくる。私は再び顔を上げ、ぐるりと周囲に目線を飛ばしてみるが、見渡す限り誰も居ない。人影どころか、動物さえも確認できない。目の前の清流に至っては、余りに澄んでいる所為か、魚の一匹も居やしない。遠くで虫の鳴く声が聞こえたけれど、それがどこで鳴いているのか皆目見当が付かない。私は何だか怖ろしくなり、大声で何か叫んでみた。まるで言葉とは呼べないような、獣みたいな大声で。この音は次第に林の中を残響して広がっていくと、薄くなって消えていった。私はついにしゃがみ込む。自身の心臓の音さえ大きく聞こえるこの静寂の中で、絶えず流れる小川の流音だけ私を安心させた。それは同時に、とても怖ろしい音でもある。私は目を開けた。この漢字は、「さびしい」と読む。

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