第2節(その3)

「何を見間違えたにせよ、その廃墟に何かしら危険な生き物がいるのは確かなようだ。行って確かめてみようじゃないか」

 村人の話では、竜は夜に来るという。廃墟までは徒歩で小一時間ほどという話だったから、今すぐ向かえば丁度夕刻にさしかかろうという頃合いだった。

 だがこの村までの行軍で兵士たちにも疲労はあったし、日が落ちてから勝手の分からぬ土地で竜のような怪異と相対するのは出来れば避けたいところであった。

 であれば、夜のうちは村に野営して守りを固めた方が得策とベオナードは判断した。それを悠長に構えていると受け止めたのか近衛騎士ルーファスは少し苛立っているようだったが、あくまでも部隊の責任者はベオナードであるから、決定には諾々と従うまでだった。

 先の調査団についても村人の話を聞いてみたが、やはり二月ほど前にこの村にやってきて、同じように竜の消息を尋ね、しばらくは廃墟と村とを往復していたが、ある日を境に誰も戻っては来なくなってしまったという。その後も何度か竜の姿は村からも目撃されており、村人も彼らの安否を案じているという次第のようだった。

 だがその晩のうちに竜が村に来ることは無かった。翌朝、早朝の薄闇のうちに一行は廃墟を目指し出立した。

 日がどれほども高くならないうちに、突き刺さるような砂漠の日差しが照りつけてきた。軍装に身を固めた兵士達には過酷な旅程だった。

 やがて、話に聞いた廃墟が視界に入ってくる。堅牢な城壁が広がるその雄壮な外観は、辺境の薄ら寂しい物見やぐらのようなものを想像していた一行を圧倒はしたが、竜の根城という前触れからすれば、べつだん変わったところの無い単なる廃墟のように見えた。

 一行はただ粛々と、城壁へと近づいて行くのだった。

「竜はどこに潜んでいるのであろう」

「ルーファス卿、焦る気持ちは分からぬでもないが、まずは先の調査団の行方を探索するのが先だ。これだけ広い廃墟なら、竜を警戒してどこかに隠れているのかも知れぬ」

「村人の話では廃墟から戻らぬようになってから一月あまりになるというではないか」

「それであっても、だ」

 石の門を潜り、部隊は城壁の内側に進入していく。砂塵に半ば埋もれるかのように、石造りの建屋がいくつも立ち並ぶ目抜き通りが、真っ直ぐに伸びている。その先に、いかにも堅固な佇まいの城塞本体が、威風堂々とそびえ立っているのが見えた。

 見渡した限りに人の気配はどこにも無かった。

「それで、どこから手をつけるのだ?」

 ルーファスの言葉に、困った様子で思案顔になるベオナードだった。部下たちの誰かしらに意見はないものかと振り仰いだが、応えたのは疲れた顔の魔道士アドニスだった。

「やはり、まずはあの城塞に行ってみた方がいいのではないかしら」

 彼女はまっすぐに正面を指し示した。そこに、ひときわ背の高い建物がそびえたっていた。

 見れば城塞は石造りの二階建て、だがさらにその上に三層ほどの高さの尖塔が築かれていた。見張りの台として使われていたのであろうか。

「あそこに登ればこのあたりの様子も見渡せるし、私達がそこに登っているのが見えたら、生存者の方で私達を見つけて出てきてくれるかも知れないし」

「生存者に見つけられればいいが、竜に見つかるかもしれないぞ」

「そう……仮にこの廃墟のどこかを竜が根城にしているとしたら、あの廃墟がそうなのではないかと私は思うのだけど。竜は空を飛んで村を襲いに来るという話だから、そういった翼のある生き物は、やはり高さのある場所で翼を休めるものではないかと思うし」

「根城に乗り込んでいくのか……?」

「今その場所にいるのであればここからでもすでに見えているはず。いないのならば、行って見てくるのであれば今のうちという事になるわね」

 アドニスとルーファスのそんなやり取りを踏まえ、ベオナードは決心した。

「では、あの塔まで行ってみよう」

 取り敢えずは城塞のすぐ足元まで部隊を進め、ベオナード他数名が実際の城塞の建屋の中へと足を踏み入れる。何がいるのかは分からないから警戒は必要だったが、廃墟の街に人の気配がまるでなかったように、その城塞にも結局は生きて動く物の姿は見つからなかった。

 石積みの二階建ての建屋に、さらに物見台のような塔の部分があり、その一番上階が壁が崩れ去って野ざらしになっているのが分かった。そんな塔の上まで兵士達がくまなく見て回ったが、竜も人間も、どちらかの姿も見出す事は出来なかった。

「アドニス殿。ここが竜の根城というが、本当にそうなのか……?」

 苛立たしげにそう問いただすルーファスの言い分も分からなくはない。家畜の小屋とまではいかぬまでも、獣の住処であれば何かしら寝床のようなものがあったり臭いが籠っていたりしそうなものだ。竜をそのような畜生と同列視するのもどうかと思うが、確かに他と比べても何かありありとした痕跡があるようにも見えなかった。

 問われたアドニスも、推論を語ってはみるが自信はなさげであった。

「村人の話ではこの廃城が根城だというけど、彼らだって竜の同行をつぶさに観察しているというわけでもないのでしょう。単にこちらの方から飛来するから、私達の質問にそう答えたまでの事ではないかしら。実際のねぐらは他にあって、ここでは単に翼を休めているだけかもしれないし」

「では真に竜の根城というのはどこにあるのだ!?」

 声を荒げる近衛騎士を、ベオナードが諭すように制した。

「よせ。他にねぐらがあったとしてアドニスに責任のある話ではない。ここが危険ではないと分かったならそれでいい」

 やや強い口調でそう諌められて、ルーファスは渋々といった様子で引き下がった。

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