第2節(その2)

「倒す自信のあるものはいるかね。我こそは竜と相対して、一撃で倒せるというものは?」

「……」

 ヘンドリクス卿の何かを推し量るような物言いに、居合わせた三名はお互い無言のままにちらちらと視線を交し合い、お互いの返答を推し量るのだった。そんな中率先して口を開いたのは、近衛騎士のルーファスだった。

「私は大いに興味がありますな。そもそも竜とやらを見たこともないので迂闊なことは申し上げられませんが、そのような脅威から人々を守るために、我らはこの剣を預かっているのですから」

 その口上には、ふむ、と短く相槌を打っただけのヘンドリクス卿であった。そなたはどのように思うか、とおもむろに水を向けられて、ベオナードは渋面を作らざるを得なかった。

「ご安心下さい、竜など物の数ではありません……と言いたいところですが、それはさすがに。近衛騎士殿のように恐れ知らずというわけにはさすがにいきませんな。俺はまだまだ未熟者ゆえ、どうにか出来るなどとそれこそ迂闊に安請け合い出来るわけもない」

「顔に似合わず慎重な男だな、ベオナード卿よ」

 ヘンドリクス卿は声を上げて笑う。ひとしきり笑った後で、ふいに真顔に立ち戻り、三名に告げる。

「任務はあくまでも先の調査団の捜索だ。可能な限り、余計な戦いは避けるのだ」

「はっ!」

「何が起きるとも言えたものではない。誰かが臆病とそしろうとも知ったことではない。おのが身を大事とし、誰かしらかが必ず生還して、辺境域で何が起こっているのかをわしにあますところなく報告するのだ。わかったな?」

 話が決まってしまえばあとは早かった。そのようなやり取りののち、その日のうちに慌ただしく出立の準備が整えられ、翌朝には探索隊は西へ向けて旅立っていった。

 ベオナードも近衛騎士も所属こそ異なるが結局は軍人であるから、たとえばこれがどこか他国の無法な兵隊どもに国境を侵犯されたとかいう話であればその日のうちにでも出撃しなければならず、朝まで待ってというのはまだ余裕のある話だったが、アドニスにしてみたら昨日の今日でもあり慌ただしい事この上なかった。

 そもそも王国では、正式に軍人として王国軍なり近衛師団なりに籍を置く魔道士は一人もいない。魔道士が軍隊に組み入れられれば、その魔導の技で際限のない虐殺が行われたり、あるいは魔道を扱うものが野心を持って権力を手にしようとしたりといった事が無いとは言えない。

 そのような事があってはならない、という考えから、魔道士とはすなわち学徒であり、学問の府として魔道士や魔道の在り方を律するのが魔道士の塔という組織のそもそもの由来である。軍に出向していたとはいえ、そんなアドニスに兵士の真似はやはり少々酷ではあった。

 それでもぶつぶつ文句を言いながらでも遅れもとらずへそを曲げて座り込む事もなく、行軍に粛々と付いて来てくれるだけでも立派なものだ、とベオナードなどは思うのだった。むろん兵士ではないアドニスが同行するのは織り込んでの余裕を持った旅程ではあったし、一刻を争うというよりは現地で何があってもいいように各員の士気や英気は充分に保っておく必要はあった。

 そんなこんなで王都を出立して十日ほどで、一行は竜が出没するという報告のあった、辺境域の村にたどり着いた。怪異から人々を守る救い主の出現にせいぜい盛大に歓迎されるのでは、ともくろむ向きも無いではなかったが、実際には一行を出迎えた村人たちは一様に不安そうな表情を見せるばかりだった。

「助けが来たというのに、なぜ連中は浮かない顔なのだ?」

 ルーファスの不機嫌そうな問いに、旅に疲れたアドニスがぞんざいに答える。

「前にも同じような助けが来て、それが戻って来なかったからでしょう……?」

 あてずっぽうだったが、結局のところそれが正解でもあった。別に彼ら探索隊が疎んじられているということではなく、それだけ村人たちは竜によって不安な日々を過ごしていたという事であり、探索隊と自身の村の行く末についてどうしても悲観視せざるを得ないのが彼らの心情だったのだ。

 農地開墾のために近年新しく入植者が増えてはいたが、元々この渇いたやせた土地に細々と人が暮らしていた村落であった。周囲はと言えば、どこまでも砂漠といってよいくらいの荒れ地の続く平野であった。

 そのほど近くに、打ち捨てられた城塞がある。かつてはこのあたりが国境地帯で、侵攻してくる蛮族を食い止めるための砦があったのだという。だがそれも百何十年も前の話、砂塵に没したまま遺棄されて久しかった。

 何でも、村人の話では竜はその城塞をねぐらにしているのだという。

 とはいえ、にわかには信じがたい話はあった。近衛騎士ルーファスは訝しむように、村人に対し声を荒げた。

「本当に竜なのか。何かの見間違いではないのか」

 詰問されて怯える村人を庇うように、ベオナードが答える。

「何を見間違えたにせよ、その廃墟に何かしら危険な生き物がいるのは確かなようだ。行って確かめてみようじゃないか」

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