あたしと右腕の魔法 第5話

 その後、いろんな人からめちゃくちゃ怒られた。

 騙されたからと言っても、その時あたしはれっきとした魔法使いだったし、であればどんな理由があったってうっかりこそしてはいけないのだから。

 結局、未熟だったあたしの犯した罪に、ダブルイの姿は重なってる。

 そうしてポリスへ話したのは、ほとんど全て。ダブルイがなぜこんなことをしたのか、あたしが知らず協力したことでタイソン女史はさらわれて、授賞式を台無しにしてしまったことを。そこにマイクロマシン・ジェネレーターが関わっていることを。これが一番、説明に困った話かもしれない。

 唯一、嘘をついたことがあるとすればダブルイの探していた呪文の行方で、もうどこにあるのか、組んだ魔法使いは誰なのかはさっぱり分からない、とあたしは口にしていた。それはタイソン女史も同じ。示し合わさなくても食い違うことのない事情聴衆の内容にポリスも信じてくれている。

 飲み込むことなくマイクロマシン・ジェネレーターの存在に大騒ぎしたのは世の中だったけど、実現にはまだ遠い夢物語のようなものだから日を追うごとにおまってゆくだろうと思えてた。

 つまりタイソン女史の研究が盗作ってこともバレてしまって、誘拐から救出までのニュースにもまして事実は大きく報道された。サイエンチスト協会も大騒ぎ。でもタイソン女史があたしを責めたかっていうと、そんなことは起きてない。きっとドラゴンに襲われた時から後悔していたんだろうと思う。むしろこうなってスッキリした、なんて少し疲れた顔で笑ってくれた。本当はなにもかもメチャクチャなハズなのに、あたしも同じ気持ちなのだからほっとして、ごめんなさい、と謝っただけで終わっている。もちろんいつか埋め合わせはするつもり。

 地球のパパとママの所へポリスから連絡が入ったのは、あたしもダブルイも同じ頃合いだったみたい。バツが悪いっていうか、ポリスのお世話になっているなんてどれだけ驚かせてしまったろうって罪悪感は何より辛かった。そのうえ魔法もなくなしてしまったのだから、知れば悲しむだろう二人のことを思えば憂鬱は止まらない。

 でもそれは血を引かない二人だから、って思えたのはずいぶん冷たい言い分かしら。だってもし、もしもここにおばあちゃんがいたら、そんな風に嘆いたりしないだろうってあたしには言い切れる。そう、きっとおばあちゃんなら「また別の魔法を使うため技を磨けばよいことです」、そんな風に言ってくれるハズだと思えていた。それがサバサンドを作る事でも、ただ誰かをほっ、とさせるように振る舞う事でも、もしかしたらこんな具合にあたし以外の全ての魔法使いを実は助けちゃったかもしれないって大胆な事でも、なんだってかまわないからそれを「あなた」がおやりなさいって。背中を押してくれるに違いないって思えてた。

 魔法を使う、ってそういうことなんだと思う。

 「魔法」だけが魔法じゃない。

 いくつもあるうちの、血に縛られたひとつに過ぎない。

 けどあたしはもうその血から解き放たれて、使えなくなった魔法は言葉通り使えない魔法アイボウとしてあたしの隣で勝手なことをしてる。

 ダブルイもいつか気づいてくれたらいいな。

 思っていた。

 ならその「いつか」は案外、早く訪れた様子。

 パパにママが、ダブルイのご両親と共にアルテミスシティのポリスステーションに到着した後のこと。噓みたいなことは起きてダブルイへ見せつけてる。

 ふるったのはダブルイのお父様で、うんとダブルイを叱るどころかとても優しく抱きしめると出迎えてくれていた。お父様はダブルイがそんなに思い詰めていたなんて想像にもしてなかったみたいで、むしろ謝っていたくらいに。

 そりゃあもしかすると事故のせいでこの世を去ってしまうかもしれないと一度は覚悟したろうから、こうして元気でいてくれたならそれだけで十分だったんだろうと思える。ともかくそんな風にダブルイを思いやる姿は、そんな風にかけることのできる魔法があることをダブルイへ十分、教えた様子だった。

 あたしが最後に見かけたときダブルイは、別の誰かみたいになんだかすっかり穏やかな顔をしていて、憑きものが落ちたよう。本当に魔法は人を幸せにするだ、って思わされる。

 のみならずさすがアフトワブ社の社長さんよね。ザルの抜けた天井や、ホテルの割れた窓に荒らされた部屋の修繕を、二つ返事で約束してた。盗作のせいでタイソン女史がサイエンス協会から追放されることが決まった時なんて、女史のおじい様と同じ部門へ招待したいと申し出てもいる。

 つまり、って想像してしまうのはマイクロマシン・ジェネレーターの実用化よね。なにしろ詳細を記したノートは空に散ってしまったのだから、記されていた中身はもうタイソン女史の頭の中にしかない。だからかダブルイのお父様は、本当に呪文も、それを組み上げた魔法使いも見つかってはいないんだね、と最後、あたしに確かめた。

 はい。

 あたしは答えかけて、待って、と自分を押し止めている。

 だってそれはずいぶんおかしい。

 お父様は元々、研究の出資者だったんですもの。あたしのおばあちゃんが女史のおじい様と一緒に研究してたって事、気付かないはずがない。でもわざわざ確かめるのは呪文の行方を知りたいからじゃなくて……。

 気づいたあたしは、返す「はい」に別の気持ちを込める。

 きっとこれはこの先もずっと続く、二人だけの秘密だ。

 ダブルイのお父様もおかげで満足そうな微笑みを残すと、ダブルイを連れて地球へと帰っていった。

 きっとこの先、市販されるマイクロマシン・ジェネレーターはどれだけ改良されても、魔法を吹き込んだならそれきりと使い捨てのタイプだと思える。それでいいと思うし、それぐらいがちょうどいいに決まっていた。


 あたしがポリスステーションから解放されたのは、捕獲されたドラゴンの残留呪文とあたしの呪文の照合鑑定が終わってから。

 ところが実際はすっかり疲れて溶けかかっていたドラゴンからもう十分な魔法は採取できず、当のあたしも魔法をなくして採れなかったなら、証拠不十分っていう顛末だった。一致していればあたしこそキブツハソンとか、イリョクギョウムボウガイとか、罪を負わなきゃならないところだったけど、ダブルイのお父様が壊れたあれやこれやを全て補償することになっていたこともあって、全ては口頭での厳重注意。解放されることになっていた。

 ダブルイとお父様がステーションの外へ出た時は、それはもうものすごい記者さんたちが詰めかけていてフラッシュの嵐。けれどお世話になったお巡りさんへ頭を下げてあたしとパパにママが通りへ出た時は、ウソみたいにひっそり誰もいやしなかった。

 とにかく、シャトルステーションまでのタクシーを呼びに離れたパパはもう怒るとかがっかりするとか通り越してぶっきらぼうで、ママは放心しきるとあたしみたいに地球までパパに連れて帰ってもらうつもりでいる具合。あたしはと言えばそんな二人に慣れてしまっていて、ぼんやり見ていた通り向かいのバス停でチラチラこちらうかがい揺れる頭に目を見開いていた。

「あっ」

 声は上がる。

「オーキュ、どこ行くの」

 言うママを背に、それきり通りへ駆け出していた。

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