若き科学者と魔女 第1話

「かさぶた? 本当の名前は?」

「知らないままだわ」

「あのな」

 呆れ顔のアッシュへあたしは口を尖らせる。

「自分は魔法使いじゃないとも言ってたわ」

「あと、アリョーカという名前でアフトワブ社、最新式のアンドロイドをお持ちでございました」

 ロボも隣から添えた。

「そいつも魔法じゃなければ、ね」

 疑うアッシュは鋭くて、連絡を取るために使っていたSNSのアカウントもまた見ておきたいって言う。

「では、どうぞわたくしからご閲覧下さい」

 なんて頭を振ったのはロボ。耳の奥から端子の先端は覗いて、あたしだってそんな造りになっていたなんて初めて知ったのだからアッシュこそ怪訝な顔でつまむと引っ張り出した。自身の端末へ差し込めば有線完了ってところ。最後のサバサンドを口への中へ放り込んでアッシュは画面を突っつき始める。

「この、パふワードはおよー、さんの誕よー日かな」

「ご想像におまかせします」

 サイトへ目を通して、あたしが最後に送ったメッセージもまた確かめた。

「未読、か。他には?」

 端末から抜き去った端子がロボの中へ巻き戻されてく。

「いいえ。あの家が消えて、あとはみんな嘘だって分かったからこれで全部よ」

 その頃、辺りはもう背の高い建物ばかりが窓一つなく並ぶ場所になっていた。隙間を縫うようにアッシュは道を選ぶと先を急ぐ。その顔つきが苦いのは、きっとあたしがシーの住んでいる場所を知っていて、SNSで連絡だってすぐ取れると思ってたからだと思えてた。それくらいあたしの仕事ぶりはいい加減で、それはあたしだって今さら感じてるんだから文句こそいえやしない。

 ということはもしかして期待ハズレの内容に取引は中止、ってことで、こんな場所を歩いているのかしらと思わされる。なにしろどう考えてもこんな所にタイソン女史がいるとは思えなかったし、すでに一度、アッシュはあたしを騙してた。

 ならアッシュの足は鉛筆みたいに背の高い建物の前で止まる。窓一つない、けれど唯一、建てつけられていたドアへ手を押し当てた。そこに登録されているのは魔法なのか指紋なのかはわからない。読み取り開いたドアの向こうは、やっぱり、なんてあたしの身を強張らせるほど真っ暗。

「こっ、こんなところにタイソン女史が?」

「まさか。ジュナーはハイヤーエリアのホテルだ。そこに泊まってる」

 それってますます騙されてるってこと? 

 勘繰るけれどそんなあたしごと、ロボはもうアッシュの魔法に引っ張られて中へと入ってく。

「ちょっと、待ちなさっ……」

「寄り道するにもブイトールが必要なんでね」

「え」

 逃げなきゃって身をよじったところで聞かされていた。同時に人影を感知して明かりは灯ると、目を瞬かせるあたしの周りにブイトールの立体駐機場は浮かび上がった。

「……わ」

 初めて見るそれは、がらんどうがシーの家を思い出させるような空間。建物は筒のような造りになっていて、ない天井から昼の光は投げ込まれてた。

「立駐は初めてかな」

 見上げるあたしの様子に尋ねられて、あたしはただうなずき返す。

「ええ、まぁ」

「ボルシェブニキー卒の優等生さんなら小型船よりも、大型を学ぶだろうからね」

 その通り。本当に世の中は学校じゃ教わらないことであふれてる。それはタイソン女史のいる「ハイヤーエリア」も間違いなかった。

 たとえばあたしが知っているハイヤーエリアのことと言えば、公共施設を避けたいVIPの方々がプライバシーや身の安全を守るため、シャトルステーション代わりに使う場所だってことと、つまり「ハイヤー」っていうのはステイタスだけじゃなく、月面に並ぶドームの上に積み上げられた高層にあるからでだってことくらい。だから保安上、誰でも自由に出入りできない造りにされていて、なおさらあたしには縁もゆかりもなくなる。

「昨日はそこからジュナーを追ってザルへ辿り着いた。だから帰りも必ずジュナーはホテルに立ち寄るはずだ。行けば会える」

 うちにも呼び出されたブイトールが、レールに乗って壁の向こうから押し出されてきた。助けてもらった時もこうして放り込まれていたのよね、きっと。操縦席の後ろはずいぶん狭い作りで、あたしはロボと一緒に肩を寄せ合い腰掛ける。

 その四方でプロペラが回り出すまでは、ほんのわずかのこと。紙切れを出した時もそうだったけれど、アッシュは自分用に呪文を短く組み替えているみたい。リズムを取るような手振りでひとつ、放ったなら、ブイトールは筒の中をまっすぐ空へ昇り始めた。やがてその先端からドームの空へと飛び立ってゆく。

 揺れることなく滑るように飛ぶブイトールの乗り心地は悪くないと思う。あたしたちはしばらくのあいだ、泡のドームすれすれを、空と宇宙の境目をなぞるようにして移動した。やがてホバリングさせてアッシュは無線で誰かと話し終える。掛けていた安全ベルトを外すとあたしへ振り返った。

「ちょい、お嬢さんはここで待っていてもらおうかな」

「寄り道の場所?」

 確かめれば「まあね」なんてアッシュはもったいぶる。

「あの、ご迷惑でなければ、あたしもロボとご一緒したいのだけど」

 申し出たのは、今、あたしは魔法が使えないせい。信用してないわけじゃないけれど、空に放り出されたままっていうのは正直、落ち着かない。

「そりゃまぁ、かまわないが」

 歯切れ悪く返すアッシュはあんまり乗り気じゃないみたい。それでも断ることなくブイトールのハッチを開くと、とたん吹き込んでくる風もなんのその、真下をのぞいて合図を送り、誰かへ向かい手を振ってみせた。

 まもなく足元からブウン、と音は近づいてくる。

 何の変哲もない、いいえ、むしろガラクタにだって見える鉄製の円盤はやがて、ブイトールの真横へ一枚、姿を現してた。

「最新作の実験らしくてね。協力が、こっちの要件の条件になってる」

 言い残してブイトールを蹴りつけたアッシュに迷う様子なんてない。それきりひと思いと円盤の上へ飛び乗った。衝撃に揺れる円盤はご愛嬌じゃすまないほどで、もちろん落ちても魔法があるから大丈夫だろうけど、両手を振り回すアッシュにあたしは髪を逆立てる。どうにか揺れがおさまったなら、その手はあたしへ差し出されてた。

「来るなら受け止めてやる」

 もちろんロボがあたしから離れるはずない。だから乗った円盤の上は、三人には窮屈すぎで、あたしたちはおしくらまんじゅうしながら地上へ降りてく。アルテミスシティの町並は風切るあたしの目の中で見る間に大きくはっきりと近づいてきて、通りに面した敷地の片隅で、小屋を傍らにこちらを見上げ機械を操作する誰かの姿も見えてきた。それはあたしの記憶をくすぐる。うちにもアッシュが先に円盤から飛び降りていた。

「上でずいぶん揺れたぞ、ハップ」

「魔法つかった? 干渉したのかも」

 なんて聞えてきた声に、あたしこそ息をのんでた。

「まさか。そこんところは信用してるっての」

「ああっ」

 その声はあたしに向かって叫びもする。

 やっぱりだわ。間違っていない。

「魔女だっ」

 目の前にいたのはあの重たい真鍮コイルを届けたお客様。変わらず蝶ネクタイなんていっちょう前に結ぶと、憎たらしい顔で立ってた。その背にはまぎれもない。あたしが運んだ真鍮が何重にも巻かれてコイルになると置かれてる。どうやらその磁力で円盤はブイトールの高さまで浮かび上がってきたみたいで、だとすれば研究も発明も遊びじゃなかったのねと思うけれど、感心するのはちょっとシャクに障るから今はなし。

「知り合いなのか、二人とも」

 挟まれたアッシュが素っ頓狂な顔をしてた。

「まさかね。ボクは魔法使いが嫌いなんだ。特に気が利かない魔法使いはね」

 「特に」にやたら力が入ってるのはどういうことかしら。

「こちらこそ、先日はご利用いただき誠にありがとうございました。お届けにあがったお荷物がお役に立っているようでうれしい限りです」

 それでもあたしが小さくヒザを折って頭を下げたのは、魔法使いはどんな時でも、誰に対しても、礼儀正しいってことを証明するためよ。お子様なんかと一緒にされたくない。

「でもこの人だって魔法使いじゃないの」

 教えてアッシュへ目をやった。なのにその子、ハップは本当に素直じゃない。

「一緒にしちゃうなんて図々しくて、やっぱり魔法使いはやになっちゃうね」

 怒りのあまりすぐにも魔法が戻ってきそう。

「まあまあ。だからお嬢さんは待ってろ、って言ったんだけどね。とにかく紹介する手間は省けたらしい。色々あってね。ついてきてる」

 なだめて話を逸らすアッシュは、ポケットから取り出したものをとにかくハップへ渡していた。

「こいつを頼みたい」

 見えたチリ紙に、廃墟で削り取った塗料だ、ってあたしは気づく。 

「オッケイ」

 受け取ったハップは一人前にふうん、なんて眺ると、その目をすかさずロボへも向けた。

「これじゃなかったんだ」

 ままに、いぶかしげな面持ちで歩み寄れば、食い入るような視線に跳ね上がったロボこそ姿勢を正していた。

「はっ。これは申し遅れました。わたくしは将来、偉大なる魔法使いになられますオーキュ・ハンドレッド様のお世話を担当しておりますディスポロボでございます。このたびはお目にかかれて光栄でございます。どうぞロボとお呼びくださいませ」

 聞きながらぐるり、ロボのまわりを回って観察するハップの目はとにかく鋭い。最後、ロボの顔を見上げると、ひとこと放った。

「どうやって動いてるのか、ぜんぜん分かんないや」

「もちろんでございます。わたくしはさらに偉大なる魔法使い、オーキュ様のおばあ様、カイロ・ハンドレッド様の素晴らしい魔法で動いておるのでございますから」

「……ふうん」

 なんて顔は全然信用してなさそうで、それきり興味も尽きたみたい。

「ま、いいや。分かった、調べておくよ」

 アッシュへ返す。

 ブイトールへ戻るため乗った円盤は浮き上がった時こそまたグラグラ揺れたけれど、あとは順調そのもの。スルスルと空を目指す。落ち着いたそこで下を見ればやっぱりハップはあたしへあっかんべー、していて、もうお客様じゃないんだからあたしも遠慮なくあっかんべー、でさよならしてあげた。

「じゃあ、あの子もサイエンス協会の会員なのかしら」

 近くを飛ぶ魔法使いが、円盤に乗るあたしたちの姿にびっくりしてる。

「ああ、それはハップに言わない方がいい。言ったら殴りかかられる」

「あら」

 ほんと、色々な人がいるのね。

「いったいあの子とはどういうご関係なの?」

 魔法使い嫌いのくせに特別扱いなんて、なんだか納得できない。なら振り返ったアッシュは風に髪を揺らしてとびきり爽やかに笑ってみせていた。

「まあ仕事は一人ではできない、ってことさ。お嬢さん」

 ものすごい嫌味だわ。

 あたしは目をすわらせる。

 同時に円盤は操縦席の真横へ辿り着いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る