18*点になる
「どうしたの?」
気がつくと茜がすぐそばまで来ており、永瀬の顔を覗き込んで見ていた。 肩がビクッと跳ね、思わず動揺を表に出してしまった。 それを見た茜もまた表情を強張らせた。
永瀬は悩んだ末、素早くメモに『立花 空さん 例のイヤリングの子』とだけ書き、茜に見せた。
〈あの……永瀬さん?〉
電話口からは、不安そうな空の声が聞こえた。 永瀬は慌ててスマートフォンを耳に近づけた。
「────っ、すみません。 聞こえてます。 『黒木さんが事件に巻き込まれてないか』ですか?」
空の言葉を復唱しながら ちらりと茜に視線を送った。 茜は大きく目を見開き、永瀬が持っていたペンを奪い取った。 そして、永瀬が書いた文字の下に『スピーカーにして』と書いた。
永瀬は素早くスピーカーモードにして、スマホを机の上に置いた。
〈実は私、ちょっと前まで黒木さんと電話でお話していたんです〉
「それは本当ですか?」
思わず上擦った声になってしまった。 だが、隣にいる茜も両手で口を押え、驚いた表情を浮かべている。 その様子から見て、茜も知らなかったようだ。
もしかしたら黒木は捕まる前、空に何かメッセージを残していたかもしれない。 そうすれば、この状況を打開する事に繋がるかもしれない。
〈はい。 黒木さんは今日の事情聴取で、私に ある人を知っているか聞いてきましたよね?〉
「写真の女性のことですか?」
〈そうです。 聞かれた時は分からなかったんですが、後になって知っている子だと思い出して黒木さんに連絡を取ったんです〉
永瀬は、黒木が用意した女性の資料を思い出した。 永瀬は詳しく見ていないから分からないが、写真の中の女性は空と同年代か、まだ若い女の子のように見えた。
「あの女性とは、どういった関係なんですか?」
〈私は顔を見たことがあるだけなんです。 でも、麻美ちゃんの友達にいたんです。 あの子が〉
「麻美さんの友人────もしかして若葉大の学生ですか?」
〈元学生……だと思います。 彼女はもう、亡くなってしまっているらしくて……〉
既に亡くなっている────永瀬はその事実に驚く事はなかった。
黒木の資料は、過去の事件データからの物だったので、女性の正体は
永瀬は茜からペンを返してもらい、メモに『4人目の
〈黒木さんに そのことを伝えて、電話は終わりました。 でもその後、『新宿で現職刑事が市民に暴行』っていうニュースをテレビで見たんです。 何だか嫌な予感がして、再度電話をしたんですけど、全然繋がらなくて……〉
「空さん……」
「ただの勘違いだ」と言って穏便に済ませればいいのだが、永瀬は口ごもってしまった。
どうにも、写真の女性の事が引っかかってしょうがない。 ここで空との話を終わらせてしまえば、黒木が掴んだであろう『何か』を知る機会を逃してしまうような予感がした。 だが、今隣には茜がいる。 一般市民である空に、事件の状況を漏らす訳にはいかない。
永瀬が何も言えずにいると、突然茜が前のめりになって口を開いた。
「黒木さんは今、新たな『突然死事件』の殺人容疑が掛けられていて、身柄を拘束されてる」
「ちょっ……茜さん!?」
既に手遅れなのは分かっていても、無意識に声を潜めて「静かにしててください」と注意した。 だが茜は、永瀬を無視して話し続けた。
「もちろん冤罪よ。 黒木さんは新たな被害者を予知して先回りして、現場に居合わせてしまった。 そしてその手掛かりとなったのが、恐らくその“写真の彼女”の事件……」
そう言いながら、茜は1枚の紙切れを机に広げた。
そこに書かれていた内容に、永瀬は見覚えがあった。 警視庁の過去のデータベースにアクセスする際に必要なIDだ。 そしてメモに書かれた手書きの字は、黒木特有の角張った筆圧の濃い字だった。
────まさか、黒木さんが……?
〈あの、あなたは……?〉
「あたしは九条茜。 黒木さんやヨルと同じ特捜室の刑事。 事後報告で申し訳ないけど、今までの会話は聞かせてもらってた」
「茜さん! ────すみません、空さん。 別にコソコソ企んでいた訳ではなくて────」
〈大丈夫ですよ。 ……茜さん、教えてくれてありがとうございます。 私は立花 空と申します〉
「空ちゃんね。 よろしく」
一瞬ヒヤリとしたが、取りあえず一安心して胸をなでおろした。
「茜さん、急に割り込むのはやめてください」
「ヨルが何も言わないからでしょ? 空ちゃんには事実を伝えても大丈夫だと 私は思ったけど?」
「でも、一般市民に事件のことは────」
「空ちゃんのことは、黒木さんから聞いてる。 ────彼女、この事件と関係あるんでしょ? もう『一般市民』じゃないんじゃない?」
「でも、」と反論しかけたが、茜の意見も一理ある。 三嶋の遺体から例のイヤリングが発見されてしまった以上、空は『当事者』になってしまったのだ。
「……空さん。 それと、茜さんも」
「あたし?」
「皆さんの知っている情報を共有したい。 そして、捜査に協力してほしい」
そう頭を下げたが、2人からの反応は返ってこなかった。 だがそれは、ほんの一瞬の出来事だった。
「何 当たり前のことを言ってるのよ。 当然でしょ?」
「────痛ってぇ!?」
茜は永瀬の背中をドンドンッと叩き、頼もしく笑って見せた。
〈私も……! 私にできることなら、全力でお手伝いします〉
スピーカー越しに、力強い空の声が聞こえた。 胸の奥で何かが湧き上がってくるような、温かな気持ちに包まれた。
「2人とも、ありがとうございます」
・・・******・・・
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