8.国王アメル・ドランジ54世


『………えて……るか……われ……こえが……』


 その映像は暫くの間ノイズがかかったように乱れていたが、やがて一人の髭面をした男の姿が、深色とクロムの前に鮮明な立体映像となって現れた。


『――お前たちがこの部屋に立っているということは、「選別の目」が部屋へ通すことを認めてくれた証であろう。このような辺境の地まで、よくぞ足を運んでくれた。我がアテルリア王国全国民に代わって礼を言おう。歓迎するぞ』


 映像の男は、裾が地面に付くくらい丈の長いマントを身に着け、胴は重厚な金属製の鎧で覆われていた。そして腰に回したベルトには、柄に宝石のはめ込まれた大剣と小剣がさやに入れて吊るされている。


 その恰好や衣装から見ても、いかにも上流階級らしい身分の男であるようだった。


 けれども深色とクロムは、映像に映った男から歓迎の言葉を受けても尚、互いに抱き合ったまま離れようとしない。


「……誰? このおじさん」


「……ゆ、幽霊とかじゃないの?」


『ん? 幽霊?……我がか? そんな……』


 深色とクロムは、映像に映った男をまだ幽霊と勘違いしているらしい。映像の男は自分の姿をお化けだと言われて少しばかりショックを受けていたが、すぐに「コホン!」と大袈裟おおげさに咳を一つしてその場を仕切り直し、改めて名乗りを上げた。


『……いや、失礼。初対面では、まずはこちらから名乗るのが礼儀であった。――我の名は、アメルと申す』


 すると、男の名を聞いたクロムが唐突に「えっ!」と驚きの声を上げた。


「アメルって……確か、このアテルリア王国を統治している王様の名前じゃなかったっけ⁉」


『うむ、いかにも。このアテルリアを建国し、七つの海の中で最も強大な超大国にまで成長させた王族ドランジ家の末裔まつえいであり、第五十四代目アテルリア国王、アメル・ドランジとは我のことだ』


 その言葉を聞いたクロムは、途端にパァッと目を輝かせる。


「凄い! アテルリアの王様が直々にボクらの前にやって来てくれるなんて、夢みたいだ!」


 目の前に映っている人物が自分の国の王様だと分かって大はしゃぎするクロム。しかし、一方で深色はというと、相変わらず恐怖に顔を引きつらせたままだ。


 彼女は震えた手で国王の映像を指差し、おずおずと尋ねる。


「ってことは……お、王様の……幽霊?」


「ちょっと深色、軽々しく指差したら失礼だよ! 今君の前に立ってられるのは、アテルリアで一番偉い王様なんだから!」


「で、でもでも、体が透けてるから幽霊だよね? きっと大昔の王様の怨念おんねんが亡霊としてよみがえったりとか……」


「だから違うって!」


『う〜む、どうやらこの娘は立体映像投影装置ホログラムというものを見たことがないらしいな』


 勘違いをしたままの深色を見て、アメル国王は困ったように腕を組み、眉間にしわを寄せる。


「ほ、ほら! とりあえず王様の前なんだからさ、ここは行儀良くしないと!」


「あ、うん………ど、ども。こんちは……」


 とがめられて深色は居住まいを正すものの、その挨拶があまりにぎこちなくて、傍から見ていたクロムは呆れたように溜め息を吐いた。


「はぁ……ごめんなさい国王様、このお馬鹿さんは地上からやって来た人間だから、あなたの偉大さをよく分かっていないんです」


「むぅ! ちょっと馬鹿にしないでよ! クロちゃんだってさっき、王様を初めて見た時『誰このおじさん?』って平気で尋ねてたくせに!」


「そっ、それは……王様をこの目で見るのは初めてだったから、その時は王様だって分からなかったんだよ。仕方ないじゃないか!」


「自分の国の王様の顔くらいきちんと覚えておきなさいよ! それこそ王様に失礼でしょ。王様悲しくて泣いちゃうよ」


「そんなこと言ったって、知らないものは知らないんだもん!」


 国王様の前で言い争いを始めてしまう二人。自分たちの放つ言葉がアメル国王の心を知らず知らずのうちに傷付けてしまっていることも知らずに、二人は互いに顔を向けあって言葉を投げ合い、国王の存在など端から眼中にないようだ。国王はチクチク痛む胸の内を押さえながらも苦笑し、『いやいや、まま二人とも抑えて抑えて……』と間に割り込んだ。


『べ、別に我は構わぬぞ。王の心は何時だって寛大であるものだ。そのくらいの無礼で怒ったりはせん。――はて、それにしても、言葉を話すシャチに、海底人の娘が一人……む? お前が頭に被っておるのは、オキシクラゲではないか。……ということはまさか、お前は地上に住む人間なのか⁉』


「は、はい……」


 驚いて目を丸くしている国王に対し、深色は恥ずかし気に目を逸らしながらも小さく頷いて見せた。


『いやはや、これは驚いた。確かに海底人ならば、本来青系の髪色に黄味がかった色の瞳をしているのだが、お前のように黒い髪に茶色の瞳という組み合わせは人間にしか見られない特徴だ。我も地上には滅多に顔を出さぬものだから、人間の娘を近くで見るのは本当に久しい』


 どうやらアメル国王の話によれば、海底人は人間と違って、青色の髪に黄色の瞳を持っているらしい。今目の前に居る国王は、立体映像だから全身が青く映ってしまっているが、実際に会えばきっと、彼も青い髪に黄色の瞳をしているのだろう。


『地上より遠路遥々、よくぞ我が国まで参ってくれた。お前は扉の前に設置された「選別の目」の検閲けんもんを通って来たのであろう? そうでなければ、この「神聖なる鍜治場」には一歩たりとも入ることを許されぬはず。――つまり、それすなはち、お前が我が王国の至宝である三叉槍トライデントに選ばれたということ。そして、アテルリア王国を脅威から守ることのできる勇敢な戦士であることの証明に他ならないのだ!』


 アメル国王は興奮して声高々にそう打ち明けるが、そもそも深色は初めから全く彼の話に付いて行けず、終始ぽかんとした表情のまま話を聞いていた。


「凄いね深色。なんか、君は選ばれたらしいよ」


 クロムが深色の耳元で密かにそうささやいてくる。


「へぇ~そうなんだ………何に?」


「だから、トライデントっていう人が君を選んだのさ」


『いやいや、トライデントは人ではない。武器の名だ。説明するよりも見た方が早かろう。我に付いて来たまえ』


 アメル国王がそう訂正を入れると、それまで国王の映像を投影していたカニのカラクリが、カタカタと音を立てて横歩きし始めた。それに合わせて、国王の立体映像も移動してゆく。


三叉槍トライデントは、この国に古くから代々伝わる至宝であり、アテルリアの領海はおろか、七つの海を統一させる程の強大な力を秘めているとさえ言われる黄金の槍だ。この槍を持つ者にはその特別な力が分け与えられ、持ち主は王国の守護神となってその槍を振るい、襲い来る厄災から長年にかけてこの国を守ってきた』


 国王の映像を投影するカニは、一つの扉の前までやって来て足を止めた。その扉は金庫のように重厚な金属でできており、長い間海の中に放置されていたにもかかわらず、傷やさび一つすら付いていなかった。


 カニのカラクリは鋼鉄の扉によじ登り、扉の中央に空いている小さな穴の前まで来ると、目の下に付いた口から凹凸おうとつのある細長い金属棒を吐き出し、両手のはさみを使ってその棒を器用に穴の中へ差し込んだ。


 ガコン! と何かが噛み合う音がして、鋼鉄の扉を押さえていた四方の留め金が外れ、ゆっくりと扉が外側へ開いてゆく。それまで内側に封じ込められていた金色こんじきの光が、扉の外へあふれ出る。


 深色はその眩い光に目を細めた。


 ――そして、扉が完全に開いた時、部屋の中央にある突出した岩に深く突き刺さったまま、眩い光を放ち続ける一本の黄金の槍が、二人の前にその姿を見せたのだった。

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