第2話 プール

「これはね、北アメリカ原産のひまわりで、丈も二十五センチにしかならないの。日本では小夏って言うのよ」

「へぇ。かわいいですね」

「ひとつ、あげようか」

「え、いいんですか?」

 突然のラッキーなできごとと、キレイな女の人と話している緊張とのせいで、思わず声が裏返ってしまった。お姉さんはクククと笑ってわたしの顔を見ていた。

「あっ!」

しかし、わたしは思い出してしまった。

「どうしたの?」

「プールに行かなくちゃ」

「あら、まだ間に合う?」

「今、何時ですか?」

「もうすぐ、十一時よ」

「やばいっ。終わったらまた来てもいいですか?」

「いいよ」

 お姉さんは絶えずほほ笑みを浮かべている。

 わたしはペコリと頭を下げると、学校へ向かって猛ダッシュした。プールを遅刻したらやばいってことも確かだったけれど、一番には気恥ずかしさからだった。

 振り向くと、お姉さんは変わらず優しそうに笑って手を小さく振っていた。


 プールにはギリギリ間に合い、プールカードのシールが五つに増えた。

「よし、これでこの後何回か来れば記録更新だ」

 にやにやしながらプールにつかった。担当の先生が面倒くさがりやだったので、最初の体操以外はほとんど自由時間にしてくれた。私は友達とバジャバジャ騒いだり、のんびり水面に浮んだりして過ごした。休憩時間にプールサイドでうつぶせにさせられるのは湿ったコンクリートの臭いがきつくて嫌だったが、それなりに楽しいひとときだった。

 わたしの肌は日焼けに向いていない。すぐに水ぶくれができてずり剥ける。ぼろぼろの背中は汚くてかっこう悪かった。その水ぶくれがいずれやぶけてふやけてくる。その薄皮をむくのが密かな楽しみではあった。

 新学期には、先生たちは黒々と日焼けした子たちばかりを健康的だと褒めていた。このごろでは、日焼けは体に良くないと言われるようになってきたから、学校の先生たちもそうしたことは言わなくなったようだけれど、わたしの子どものころの時代はそうだった。

 わたしだって海にもプールにも行っていたし、健康的に泳いだり遊んだりしていたっていうのに。

 先生が黒い子ばかりを褒めることに、私はいつもむかついてた。

プールの後は必ず友達とアイスを食べに行っていたのだけれど、今日は断った。


 わたしは水着の入ったバッグをぐるんぐるん振り回しながら、花屋に向かった。

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