僕は君が好きだけど、君は私が好きだった。

@kokokorokke

第1話【完結】

「I was bornさ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられたんだ。自分の意志ではないんだね___」

この文章を読んだとき、僕はすごく理にかなっていると思ったんだ。僕にとってこの文章は時計が電池を切らすまで永遠に時を刻むように、僕の命尽きるまで永遠に僕の胸に刻み込まれた。誰しもが自分の意志で生まれてはないのだと、それを知ったと同時にほっとしたのと謎の不安が僕を襲った。


トランスジェンダー。耳にしたことはあるだろうか。心と体の性が一致していないこと。……僕がそうである。僕は生物学上は女の子で心は男の子なのだ。でもこれだけは言える。好きでそうなったわけではないということを。

___これは僕にとって前代未聞の恋の話だ。



3年前の4月、中学校に進学した。心の中に抱えた自分の違和感を隠すように髪を伸ばしていた。着たくもない制服を着せられた。正直、僕はズボンがはきたかった。無論そんなことはできずに、毎日スカートをはいた。人と話すときに使う主語にも気をつけた。中学校に入学してから半年くらい経って、なんと、僕に好きな人ができた。女の子を好きになった。友達には言えなかった。言えないよ、同性が好きになんだとか。僕が心は男の子だと友達は知らないから。僕が男の子を好きになることがあれば、きっと友達と恋バナで盛り上がれたのかな、そう思うと少し悲しかった。この感情を誰かと共有したいものの、そんなとこはできなかった。怖いから。


変えられないものがある。何かしら変えられないものは確かに、この世に存在している。その1つに僕の気持ちが含まれている。その僕が好きになった子は僕の仲の良い友達で、とても可愛い子である。居なくなりそうなほど透き通った白い肌に赤みがかかった茶色のストレートの髪。後ろを振り向く度に髪の毛がふわっとなってパラパラと重力に従って落ちていく姿に見とれた。僕の気持ちもストレートに、あの子に伝えられたらなと何度思ったことだろうか。叶わない恋。この恋が叶うなんて、0に近い。いやむしろマイナスかもしれない。そんなこと、1番自分が分かってる。けど諦められないのもまた恋だ。恋とは時に、麻薬になる。相手を想っている時間が1番充実しているから。ああ、恋が「異性を好きになる」という認識じゃなくて、「人を好きになる」だったら…まだ中学生だった僕たちは「恋」とはそういう認識だった。


あれから約2年半経ったある日、とある出来事が起きた。僕らが高校受験を終え、残すは卒業式だけだとみんな安堵していた頃。その日の夕方。

「れーちゃんっ!」

好きな子に話しかけられた。れーちゃんというのは僕のニックネームだ。急に話しかけられ、僕の鼓動はメトロノームのように大きな音をたてて、速くなっていく。いつも話すときも僕はどきどきしているけれど、このときだけは別だ。透き通った白い肌にスポットライトを当てるかのように太陽の光がその子の肌を照らし、反射してきらきらしていた。僕の目にはまるで妖精のように見えた。今日の君はいつもよりも綺麗だったのを今でも覚えている。

「××!どしたの?」

いつも通りに。少し声が震えてしまったように思えた。

「れーちゃんと卒業前に遊びに行きたいんだけど、遊びに行かない?映画とか」

…ゆめ?いや、夢じゃない。現実だ。現実である。……現実でなければ泣くぞ…。答えはもちろん、YESだ。行くに決まってる。この誘いはYESか、はいのどちらかだ。

「まじ!?私も××と遊びに行きたかった!行こいこ!」

「ほんと!?んじゃあ、今週の日曜日でいい?来週はもう卒業式だし。」

「おっけー!ほんと楽しみ!!」

そんな会話を交わして、僕は昇降口へ向かった。夕日が綺麗だ。あの光が××を照らしていた。目を瞑り、その光を感じる。そして目を開ける。光が僕の体を貫通しているかのように差し込み、僕の影をつくる。深い闇の色。長くなった髪、風になびくスカート。今となってはスカートをはくことで、××の友達として、近くにいられた。それでも嬉しかったんだ、近くにいられることが。

誘われた日の夜、僕は地球にヒビが入りそうなほどに飛び跳ねた。好きな子と遊びに行ける。傍から見たら、女の子同士で遊んでいるんだなと目に映るだろう。しかし、僕にとっては紛れもなくデートだ。この気持ちを打ち明けられずにした暗闇の3年間が、たった1日のデートで(一方的に思ってるけれど)報われる気がした。一緒に居られるだけでいい。それでいいんだ。僕たちの進学する高校はバラバラで、自分の道をそれぞれ進む。逆にこれは気持ちを伝えるチャンスなのだけれど、僕は気持ちを伝えないことにした。もう、一緒に居られるだけで幸せだったから。好きな子が幸せならそれでいい。喜んで僕はこの気持ちに蓋をするよ。



待ち遠しかった日も必ず過ぎていくもので、その日はやってきた。ついに今日、××と遊ぶんだ。映画を見ることになっていた。

「れーちゃんおはよ!」

「おはよ、××」

何気ない会話を交わして、映画館の中へ入って、映画を見た。


「れーちゃん映画面白かったね!」

「それな!どきどきしたよ…ほんと」

「でも主人公が幸せになったから良かったあ」

…僕たちが見たのは恋愛映画、王道のハッピーエンド。キラキラしていた青春。最後は主人公の女の子と主人公の好きな人である男の子が結ばれた。悔しいけど、羨ましく思った。気持ちに蓋をした僕の人生の主人公、実高 麗。気持ちを伝えた映画の中の主人公。何が違うのかと考えなくても分かることだった。

それから、僕は××とクレープを食べに行って、店を回って…そしてプリクラを撮った。楽しかった。この時間がいつまでも続けばいい。でも時の流れには逆らえなくて、1日の終盤に差し掛かった。僕たちは近くにあった小さな公園のベンチに座った。座ってから少しの沈黙のあと、××は口を開いた。

「れーちゃん、実は…私ね、好きな人いるんだ」

やっぱりいるものか。好きな人に好きな人がいる。それが僕じゃないだけ。僕にも好きな子がいるように。でも心做しか××が震えているように見えた。

「そっか、もうすぐ卒業だもんね…。××は告白とかしようと思ってるの?」

言った、言ったぞ。告白するのか、と。1番聞にくいことを聞いてしまった。聞いてしまったのは自分なのだけれどやっぱり聞かなければ良かったな、って思う自分もそこにいた。

「そのつもり。…いや、決めた。する。後悔…したくないし…卒業したらばらばらになっちゃうし…。」

…まじか、と僕は心で呟いた。"後悔するかもしれない"その言葉が僕の胸に引っかかっている。でも僕は決めたんだ、蓋をすると。そう思っていた瞬間、僕の耳を疑う言葉が聞こえた。

「私、れーちゃんが好きなんだよ…、友達としてじゃない。恋愛感情で。」

???…頭の中が真っ白になるということはこういうことなのだと初めて体感した。××が僕を恋愛感情として、スキ?何も言えないで固まっていた僕に××はさらに言葉を重ねた。

「初めて、初めて言うんだけど、私は女の子を好きになるんだ。つまりね、異性じゃなくて同性を好きになるの。へ、変だよね。ごめんね急にこんなこと言って。今の忘れて。」

ベンチから立ち上がって足早に帰りそうになる××を脳内処理が追いついた僕が××の腕をつかんだ。

「ま、待って…!、ぼ…わ、私っ、××の気持ちを知れて嬉しい、嬉しいからっ…」

こういうときに限って上手く言葉がでてこないのは何故だろう。僕が高鳴る鼓動を抑えようと必死だったからだろうか。


××の気持ちが本当に嬉しかった。こんなことはないと思っていたから。叶わない恋だと思っていたから。でも…。

「わ、私も××のこと好き。好きだよ、好きだけど…」

最後の方の言葉はごにょごにょと小さくなっていき、××に聞こえてたのかは僕が知る由もなかった。

「ほ、ほんと、?れーちゃんも私のこと…恋愛感情としての"好き"なの…?」

「そ、そうだよ、そうだけど…」

それからの言葉は言えなかった。怖くて。私の体は女の子だけど、心は男の子なんだ、って。僕は…臆病者だ。一時の間、両思いなんだ、と勘違いしたけれど僕はこのとき、違うことに気がついた。


その日は何もなかったことのようにお互いに足早で家へ帰った。それから卒業式までは軽く言葉を交わすくらいだけで、僕たちはそれぞれ高校に進学した。僕はそれまで伸ばしていた長く、重たかった髪をばっさり切った。今までのことを忘れようとしたのもあったけれど、自分は「僕」なんだ、と目で分かるようにしたかったから。



そして今、僕は××の前に立っている。あのときの僕の面影はほとんど消えていた。軽くなった短い髪にスラックスをはいている。そんな僕を見て少し驚いた表情を見せたが、

「…そっか」

××はただ一言そう放って笑顔を見せた。それは今までに見たことのないようなスッキリしたような笑顔だった。

××は気づいたようだった。僕が「私」ではなく「僕」だということに。だから僕は××にこう言ってやった。

「新手の三角関係ってやつ?笑」



────そう。彼女は「僕」じゃない、「僕」を隠そうとしていたあの頃の「私」を好きになったのだ。

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