第2話 ボランティアじゃない。ビジネスだ
その人物を一言で表すなら「白黒」だった。
服装は明るい緑色のタンクトップと黒いハーフパンツ。病的とも言える白い肌に、顎辺りまで伸ばしたボサボサの白髪。眠たそうな赤い三白眼の周りには非常に濃いクマがある。
右の腕にはPANDA MANの文字のタトゥーを彫っていて、左手にはベコベコになった金属バットを持っていた。
荒くれパンダと一部で称される彼、ジョニーはずかずかと事務所の中に踏み込んでくると、色々台無しになったテーブルに乱暴に腰掛けて言う。
「もう昼メシ食った?」
先程行った蛮行など欠片も気にした風のない彼に、淡々と散らかった物を片付けながらダニエルは押し殺した声で返す。
「人の事務所のドアをぶっ壊して最初の一言がそれか? お前これで何回目だと思ってる?」
「いいじゃねえか。換気だよ換気。タバコくせー部屋を換気してやってんだ」
確かに古びた換気扇では排気できなかったタバコの煙はすっかり薄れて匂いもしない。しかし。
「たかが換気でドアぶっ壊されちゃたまんねぇっつってんだよ! 弁償できんのかテメー!?」
「んな金はねェ!」
額に青筋を立てて怒鳴るダニエルにんべ〜っと舌を出して堂々と言い放つジョニー。
無言でダニエルはジョニーに殴りかかった。とても洗練され訓練された動きで責め立てるが軽業師のようなジョニーの身のこなしにことごとく拳は空を切る。
1分ほどそれを続けた結果、事務所内は突風が吹き荒れたような有り様になった。
攻防が途切れて睨み合うこと十数秒。ダニエルは深い溜息と共に構えを解く。ジョニーは何が面白いのか子供みたいにウキウキした顔をしていた。
「それで? お前は昼メシをたかりにきたのか?」
凪の海のように静かになったダニエルが問うと、ジョニーは金属バットを肩にかけ、ポケットからチューインガムを取り出して口にする。
「まぁそうなんだけど」
プクーっとガムを膨らまして荒れた室内を見渡すジョニー。
「もしかして客でも来てた?」
破裂したガムを口に含み直し、ポケットに片手を突っ込む。どうしてそういう勘は鋭いのだこの男は、とダニエルは舌打ちをした。
「ちょうど依頼人をお前から避難させたところだ。まったく、お前が来なかったらもっとゆっくり話ができたものを」
多少乱れたオールバックをダニエルは撫で付け直す。
「依頼人ねぇ。いつものボランティアですかー?」
「ボランティアじゃない! ビジネスだ。……今回はな」
わざと語尾を上げて煽るジョニーに言い返しながら、この後の展開がたやすく予想できるダニエルは眉間に深い皺を作った。
「それ、俺にも一枚噛ませろよ」
そら来たと苦い顔をするダニエル。経験上こういう時、ジョニーはいくら断っても折れない上に無視すると勝手に付いてきて物事を引っ掻き回しややこしくしてしまう。
「遊びじゃないんだぞ? 分かってるのか?」
「分かってますよー。お仕事なんでしょー?」
何が楽しいのかジョニーの口元は嬉しそうに弧を描いている。
「荒事になる可能性もある」
「上等!」
何故そこでもっと嬉しそうな顔になるんだ。ダニエルは頭痛を堪えるようにこめかみを抑えた。こいつにとってスリルは娯楽のようなものなのか?
理解しがたい思考回路に思いを馳せるが、こいつの考えが理解できたら人としてどうなのかと思わなくもない。
深い深い溜息を吐いて、ダニエルはジョニーに二本指を立てて見せた。
「2割」
端的に言うとジョニーは少し不満そうな顔をした。
「4割!」
「ふざけるな。2割5分!」
「3割5分!」
「……3割」
ジョニーはむむむ、と考える素振りをする。演技だろ? 分かってるんだよ早く首を縦に振れ! とダニエルはやきもきしたが、ここで下手につつくとヘソを曲げる可能性がある。つくづく面倒くさい男である。
「うむ! 3割!」
晴れやかな顔でジョニーは親指を立てる。交渉成立だ。報酬の取り分はダニエルが7割、ジョニーが3割という契約になった。
ジョニーはやり遂げたような表情をしているが、このやり取り自体もう蜘蛛の脚の数くらいは繰り返している。ジョニーが4割以上の報酬を受け取ったことは一度もない。多分交渉っぽいことをしたいだけなのだろうとダニエルは考えている。
「よっしゃー! で? まずはどこに行くんだ?」
意気揚々と聞いてくるジョニーにダニエルは冷たい視線を向けた。
「その前にお前が壊したドアを直せ」
「えー!? 後でいいじゃん!」
ジョニーは口を尖らせて抗議する。
「いいからやれ」
感情を乗せずに言うとジョニーの頬はリスの様に膨らんだ。
結局ジョニーが折れて扉の応急処置を済ませてから2人は事務所を出た。
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