荒くれ紳士パンダマン

海月大和

第1話 ダニエル&ジョニー

「それで? そのデータの入ったパソコンを取り返して欲しいと?」


 紫煙がけぶる応接室で、二人の男性がテーブル越しに向かい合っていた。


 一人は20後半〜30半ばといった年齢に見える黒スーツの男性。ここダニエル探偵事務所の主である。


 糊の効いたシャツにスーツ、黒い髪はオールバックにまとめ、意思の強そうな目で対面の男性を胡乱げに睨んでいる。


 対するもう一方の男性は多少乱れた七三分けで眼鏡をかけ、皺の入った紺色のスーツを着ていた。困ったように眉尻を下げ、ひたすら湧いてくる額や頬の汗をハンカチで拭っている。相当に焦っていることが一目で分かる。


 カーテンの閉められた仄暗い室内。さほど広くはない部屋の壁に据え付けられた換気扇がのろのろと回る音がどこか間抜けに響く。


「お客さん、言っちゃなんですがそれは探偵の仕事じゃぁありませんよね?」


 探偵の仕事と言ったら主に調査だ。調べることだ。交渉も仕事の一部に含まれるがそれは話が通じる相手であればこそ。ダニエルはテーブルの上に乗った一枚の写真を手に取り、萎縮している様子の男性に見せる。


 写真に写っているのは若い男で、今まさにひったくったパソコンを抱えて逃げ去っていくところを捉えられている。ダニエルはひったくり犯の肩のところを指差した。チンピラ風のその男の肩には2匹の蛇が絡み合っているタトゥーが彫られている。


「ツインスネークのタトゥーです。ツインスネークと言えばここらの人間は極力関わるのを避けるし、目を合わせることも恐れる危ない集団なんです。当然ご存知ですよね?」


 問われた男性は恐縮した様子で弱々しく頷いた。


「あのねぇ、そんな物騒な輩の所に訪ねるにしろ忍び込むにしろ、無事に済む可能性が低いことくらい分かるでしょう?」


 テーブルに写真を置き、灰皿にタバコを押し付け、ダニエルはスーツの胸ポケットから新しいタバコを取り出して火を着ける。


 気まずい沈黙が数秒。しかし依頼人は折れなかった。


「その、ここの探偵事務所はそういった事案にも対処できると……」

「聞いてきた?」


 男性の言葉を引き取って、ダニエルは中空を流れる煙を目で追った。そして深い溜息をひとつ。


「間違いなくアイツのせいだな」


 彼はここにいない1人の男を思い浮かべてとても不本意そうな顔をする。


「ま、いいでしょう。非常に不本意ではありますが? 受けさせてもらいますよその仕事」

「ほ、本当ですか!?」


 依頼人の表情が瞬く間に明るくなる。地獄に仏を見たといった顔だった。


「ただし! 危険なぶん報酬は弾んでいただきますよ?」

「それはもう! 相場の倍以上はお約束いたします!」


 打って変わって軽やかな口調になった男性は緊張の残る笑みを見せて断言する。それを見てほんの少し口角を上げたダニエルは一枚の紙とペンを彼に差し出した。


「契約書です。ここにサインを」


 契約書を受け取り精査した男性は素直に署名欄に自分の名前を書いた。契約書のサインを確認したダニエルは事務所のコピー機で控えを印刷し男性に渡す。


 その時だった。


 扉の外からカラカラカラと金属を地面に引き摺るような音が聞こえてきたのだ。さながら金属バットをコンクリート上で滑らすかのような。


「あ〜……」


 それを聞いたダニエルは手のひらで顔を覆って天を仰いだ。そして強引に依頼人を椅子から立たせると有無を言わさず裏口に押し出していく。


「え? あの……」

「細かいことはまた後で伺います。とにかく今はお引き取り下さい」


 平静を装いつつもダニエルの顔の端々からは苦々しいものが滲み出ている。そこに危険の影を見てとった男性は押されるがまま裏口の扉をくぐった。


「ではまた後日お会いしましょう」


 そう言って裏口を閉めた途端、バガァンと盛大な音を立てて正面入り口のドアが吹っ飛んだ。椅子やテーブルにぶつかって様々なものを撒き散らす。


 扉があった場所には、今まさに邪魔な物があったので蹴り飛ばしました、といった風に右足を上げた体勢の1人の人物が、逆光に照らされて立っていた。


「よう、ダニー。クソダルい昼だな。まだ生きてるか?」


 彼はそう言ってヘラヘラと笑った。

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