犬も歩けば・ミュージカル・山本

 犬も歩けば人に当たる。そう思うほどに人があふれかえる中でその少年はフラフラとそれこそ本当に人にぶつかり続けていた。先程氷姫ひめが当たったのは大人だったので睨まれたり舌打ちされたくらいで済んだが彼の場合、相手はおんなじ子ども。ぶつかった相手は怒り始めるし、泣き始める。


 それに気がついた親たちも慌てふためき始めてあたりは騒然とし始める。そんな喧騒に気がつく様子もなくてその姿は異様に見える。それはなにかに引き寄せられているようにもみえる。


「どこかを目指している?」


 それは先程みた園外にある物語の拠点の方向。それが何を意味しているのか情報が少なすぎる。近くに永遠とわさんの姿を探したけれど、バラバラに探したのだからそう都合よくこの場にいるはずもない。


 さながらミュージカルの悲壮なシーンのようになったこの場を収めることができるだろうかと氷姫は一瞬だけ思案する。原因を取り除くのが一番だと考えを導き出したのはすぐのことだ。目くらましのために空中に氷の塊を形成してそれを爆ぜさせる。

 騒然としていたその場は、舞い落ちる氷の欠片に目を奪われた。その隙きに少年の元へ駆け寄ると少年を抱えてその場から離れる。


 同じくらいの体格の彼を抱えるのは骨が折れたがそこは語り部の能力を使えばなんとでもなる。きになったのは、氷の力を使っているのにも関わらず少年の表情が揺らぐことがなかったところだ。


「君、名前は?話せる?」


 ブルドーザーの影に隠れた氷姫は少年に話し掛ける。


山本巧樹やまもとこうき


 話して入るがどこかぼんやりと遠くを見つめている。自分のことを話しているのに虚ろ気なその様子はやはり物語に取り憑かれているようにも思えた。

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